美濃路(垂井~大垣)を歩いた
さわやかウォーキングに参加した
何年ぶりだろう
最近とみに加齢ということを痛切に意識するようになった
五感から五臓六腑、体のあらゆる部分、そして頭
ひしひしと老化の波がやってきた
これまでのツケが一気に来たようだ
足腰もそのひとつ
左腰が痛い、しびれる
運動不足なのだ
そこで久し振りに
JR東海の「さわやかウォ-キング」だ
今日は幸い場所も近場でグー
天気も良い
8時31分大垣発に乗る
どこ見てもほとんどが元気そうな中高年で満席状態だ
みんなやること無いんかいな、と思うほどだ
5.6分で垂井駅到着
この辺りは、よく訪れているので見学はパスする
中山道・垂井宿だけでも1日過ごせる
この矢印がいたるところに張り付けてある
これを目印にすれば地図はいらない
ただし、今日一日に限られるが…
相川の橋を渡る
晴れわたる空が目映い
ここに毎年鯉のぼりがずらりと並ぶ様は壮観だ
中山道と美濃路との追分である
美濃路は中山道と東海道とをつなぐ街道として
大名や朝鮮通信使に利用された
ここから大垣、羽島、尾西、枇杷島を通って
名古屋の熱田の宮の宿まで結んでいる
松並木が珍しく残っている
多くは切られるか松くい虫で全滅しているところが多い
貴重な風景だ
東海道線を渡り
のどかな田園風景を見ながら歩く
東海道線の電車がカタカタを走っていく
遠くに金生山など見える
いかにも西美濃らしい
田んぼには大豆が作ってある
軽トラが農作業にはよくマッチする
秋とはいえ今日は汗ばむような日差しで風が心地よい
こうした田舎道を歩くのも悪くない
新興住宅が立ち並ぶ狭い道だが
矢印があるから迷うことはない
八幡神社でちょっと休憩
この辺りから、かつての美濃路が分からなくなる
農地や道路が廃止されたり新設されたためだ
国道21号線の地下道をくぐって南に出る
平林荘跡だ
飯沼慾斎が晩年過ごした別荘だ
江戸後期に草木の植物図鑑を作った人だ
屋敷内に数千種の草木を育て、今でいう植物園を作り
研究したという
大垣はこういう賢人を多く輩出している
大谷川を渡る
この川はかつて河川が決壊し付近の住宅が浸水
訴訟騒ぎになったところだ
しばらくは旧国道21号線沿いを歩く
静里小学校側の北に一本入った静かな道が旧美濃路だ
久徳一里塚がある
南だけが残っている
養老街道との交差点を渡ると再び旧街道の面影が残る道になる
杭瀬川の橋のたもとにあるのが塩田の常夜灯だ
高さが4.3mもある
さすがでかいなあ
旧国道に再び戻って真っ直ぐ東に進む
養老鉄道の踏切を渡るともう船町だ
芭蕉と木因のわかれの場面の像に到着しました
おなじみ「奥の細道結びの地到着」である
今日のために特別に休憩所が設けられていた
「芭蕉葉の風」という大垣の水と
「奥の細道紀行320年記念バッジ」をもらった
ありがとう
なかなかかわいらしいデザインの記念バッジだ
柿羊羹、味噌せんべい、金蝶まんじゅうなど大垣の銘菓や
お弁当などが販売されていた
栗おこわを買って昼食だ
秋の味覚、栗が美味いよ
あちこちに俳句がある
まさに大垣は俳句の街ですねぇ
水門川沿いの遊歩道には芭蕉の奥の細道の代表的な句碑が立っている
地元なので今回はそれもパスします
大垣駅へは12時40分到着
約13キロのウォーキングでした
心地よい疲れで今夜はバタンキューでしょう
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