2009年3月15日 (日)

西美濃の早春とゆううつ

やっと、西美濃地方にも春らしくなってきた

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田んぼの畦にはつくしがいたるところで芽を出してきた

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風はまだ冷たく、強いが確実に春の陽気が伝わってくる
地中に静かに眠っていた虫たちもそろそろ這い出してくる

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黄色い花が咲いた
菜の花ではない
放置した白菜に花がついたのだ

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ぼんやり眺めていると春の香りがする
四季のある日本の良さをこんな些細なことで実感している

私の田舎では今日は農排水路の清掃日だった
地区総出でスコップを持って排水路の土砂をかきあげるのだ
昔と違い、今ではほとんどの農排水路は三面コンクリート張りで
それほど土砂は積もらない

組ごとに別れ区域を分担しての清掃作業である
最近は一段と高齢化が進み、若者の参加率が低下
年配の女性も多い

今テレビ番組で定年後、田舎で暮らすことを理想的に映像化されているけれど、
農村地帯にはこうした集団での作業や行事がまだまだ多いのだが、手作り蕎麦やパン工房、無農薬野菜作りなんていっても
そう簡単にできるものではないし
田舎に暮らすということはこうした集団に入り
義務も果たすことも大変だと思うが
そういった部分は隠されている
挫折する人は案外こうした部分を甘く見ているのではないだろうか

さて、午前の作業が終わると午後には地区の総会がある
20年度行事と決算報告、承認、21年度行事計画、予算案の審議
、それに各役員の選出である

そして最後に懇親会があり、つまみ、酒が出て、人参とかしわの混ぜご飯を食べて解散するのである

行事計画や予算案をみると驚くほど行事が多い
都会では全く考えられない

都会では行政が予算を使ってやることも
田舎では少ない予算で、住民が自分たちでやるのだ
そういうことを嫌って田舎を離れていく人もいる

組織、役員も目白押しで
氏子総代、区長、評議員、隣保班長(組長のようなもの)
改良組合、消防団員、防火クラブ、青年会、老人会などなど
だからほとんどの家でなにかの役があるくらいなんです


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         (菜の花と養老鉄道)

私の住む地区はまだ大垣に近いのでまだまだ
荒れた農地は少ないが、山村に行くほど離村農家が増えている
医療や教育、など最低の社会生活が成り立たないのだ

私の地区でも少子高齢化が進み、伝統的な祭や神社の例祭や村の行事などの実施が悩ましく困難な状況なのである

若い人は、止めればいい、という意見だし年寄は伝統を守らなアカンと言うしでなかなか良い案もなし、もめてまとまらないこともある

地方の疲弊は行財政的な面で相当不利な状況にあるし、地方を重視なんて政治的な掛け声ばかりで、本当にその気はあるのかと言いたい

そんなこんなで春と言っても、なにやらゆううつで気分です

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2008年2月29日 (金)

こんなものがあった!

今日は2月29日です
皆さん、ご存知のとおり特殊な日ですね

オリンピックと同じ4年に1度の閏年で2月が29日まであります
今日生まれた人は4年に1回しか誕生日がないのです
かわいそうです

ところで、今日わが家の掃除をしていて面白いものがありました

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これです
ご存知ですかね~

これは、足踏み式脱穀機です
つまり、稲を手で刈った後に稲穂から籾をこの機械で引きちぎるものです
江戸時代なんかは、「千歯」といういわば櫛のような道具で稲から
漉き取っていましたがその8倍程度の能率ある機械とでもいうのでしょうか

名前がまたいいですね~
「農林省推奨品 カワベ式義士号」
兵庫県姫路市青山 河部農具株式会社製とあります
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脱穀機が何で「義士号」なの?
そいでもってマークも稲穂に大石蔵之助の「右二つ巴」が組み込んで
まさに赤穂義士です

この足踏み式脱穀機は昭和20~30年代に使用されていたものです
使い方はペダルに足をかけて踏みますとドラム式になっているイガイガのついた前の部分が回転しますと
「ギータンコ、ギータンコ」というような音がします

どういうわけか子供だった私には「テンノウ コウゴウ テンノウ コウゴウ」と聞こえてましたね

そこへ束ねた稲を乗せますと勢いよくバラバラと籾が離れて落ちます

飛び散らないように、これを使うときは幌馬車のように上に幌をセットします
家族中が総出でこの作業をします
もちろん子供も老人も役割があり、稲の束を運んだり藁を片付けたり忙しいんですよ

あれから30~40年もず~と小屋の横に放置されておりました
木の部分はかなり朽ち果てて年月を感じます

今や食料自給率が39%らしいですが、あの頃は食べるものがなくてとにかく何でも自分で作って大切に食べていましたな~

モッタイナイ!精神や食べることが単純に楽しみだった
今、飽食時代で世の中グルメ、グルメばかり

食べ残しを平気で捨ててしまう、
一方で賞味期限がどうだとか農薬がどうたらとか
いやにせせこましく過剰に神経質になったりしています

久しぶりに私も昔に戻り
なつかしい時代を思い浮かべておりました

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2008年1月12日 (土)

正月気分が抜けて感じること

平成20年
仕事が始まって初めての休みでしかも三連休

家の中や街の商店街でもようやく正月気分がとれてきた
注連飾りや鏡モチも姿を消した

モールやスーパーの折込広告はあいも変わらずで
歳末から新春そして成人祝いと金太郎飴現象が続き、
バーゲンだのナントカセールでにぎやかなもんだ

その割りには実際、売れていないような気もするけどね!

昨日、めずらしいものを見たよ
頭にお飾りをつけて走っている車を見たんだ

ここ数年前から車にしめ飾りをしなくなった
今年あたり正月3が日100%見なかったよ

以前はわが家でも車、自動車に限らず自転車までも
車用しめ飾りをヘッドに取り付けていた
どの家でも当然のようにそうしていたのに!

交通安全を祈ってつけたのだがその効果は見られず
徐々に廃れてきたのだが、ものの見事に姿を消した

ちょうど二千円札のような運命だったかもね

もったいない、
面倒くさい!
意味ないよ!
飾らなくったってどっちでもいいんじゃないの?

そういう感じでだんだん正月を楽しむことや
新しい年を迎えられたことに感謝します!
なんていう雰囲気も薄れてしまっているようですね

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お正月のしめ縄やしめ飾り、古くなった神社のお札さまを
焼却してもらうために、近くの神社に行った

山のように集められたこうした縁起物は
どんど焼きや左義長といった行事で
燃やされる
これも正月の行事のひとつとして昔から行われてきた

しかしここで困ったことがでてきた
あの、しめ飾りですが
今年買ったものですが飾りの「みかん」が人工物だった
ホンモノのおみかんじゃなかったのです

スーパーで購入するとき気がついて
買う気が薄れたのですが
縁起物ですので、ないのも変ですので買っちゃいました

そして今度は神社へ持っていってまた気がつきました
これって、燃やしていいの?

不燃物に仕分けして出すべきじゃないのかな?

そんなことを考えているとしめ飾りがニセモノに思えてきます
自然の材料を利用して作られたものだからこそ、
燃やして自然に帰す。
それが自然に優しかったはずなのに。

いくら安く上げるためといってニセみかんやらのマガイ品が横行しては
ささやかな庶民の神への感謝の行事もニセっぽくなってきて
気分が乗らなくなります

だんだん形骸化していく年中行事を垣間見たようで
なんだかとても残念です

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2008年1月 1日 (火)

2008年 明けましておめでとう!

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2008年 が来ました
ともかく、新年あけましておめでとう ございます

今年もできる限り、西美濃で起きたこと、話題
そして西美濃というローカルなところから世相を考える
あるいは感じとることができるようなものを発信していきたい

それに、ごく個人的な趣味としてのトマソン的事物、
路上観察、旅日記、などもブログで出していきます

この2本立てが私の楽しみですわ
つまらん記事も駄作も多いけど
気楽に見てもらえると嬉しいですね

ときどき遊びにきてください

あいさつはコレくらいで

今年の元旦は、雪模様になった
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特に午後になって、道路にも雪が真っ白
この分では今夜は積もるだろう
明日の朝、ビックリ!になるかも

雪が降ると、寒さは急激に下がる
初詣や新年初売りで当て込んでいた客足も落ちてしまうだろう
もっとも、私は12月に入ってすぐスタッドレスタイヤに履き替えて
準備万端だが、道路が渋滞し小さな事故が頻繁に起こるから
なるべく運転はしないのが得策

こんなとき活躍するのが、鉄道だ
養老鉄道サマサマになるだろう
普段ガラガラの車内も超満員の状態になるはず

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今年は平成20年、西暦2008年、皇紀2668年
明治以来141年、大正以来97年、昭和以来83年

これは、毎年新聞販売店から配られる
東京・神正館蔵版「高島暦」の1ページに出ているもの

平成20年は閏年でもある
一般的な知識として、
今の暦は太陽暦で1年は365日で
4年に1度の閏年には2月が1日多い29日となる、ということですね

そこで、月の満ち欠けで計算する太陰暦や
旧正月、冬至、節分、立春などにみる旧暦という暦のからくり、しくみなんか
興味があって図書館で岡田芳朗著「暦のからくり」はまの出版など2~3冊
借りてきました

それによると
今私らが使っている暦は地球が太陽の周りを1週する日数を1年とする太陽暦で詳しくはグレゴリオ暦といい
ローマ法王グレゴリオが改暦案をまとめさせ1582年10月5日から実施
されたもので、1年365日で4年ごとに閏日を設けるが400年間で3回閏日を省略する、
などによりこの暦だと約3000年間で1日の誤差が生じるだけだという正確さらしい

地球が太陽の周りを1周するのに365.2422日かかるという。
だから1年を365日とするとズレが生じて、長い間に大きな季節との差がでてしまう。
それを修正するのに閏日という奥の手を使うのだ

ところで、2月29日生まれの人って平年の年は誕生日が来ないわけです。
4年に1度の誕生祝いなんて、オリンピック並みだね、などという悲喜劇もある。

太陽暦に対して太陰暦というものはどういうものか。
月の満ち欠けだけをもとにした暦法で古代から世界中で使われていた

月の周期、つまり新月から新月、あるいは満月から満月までの日にちを一月として数えるもので、月の周期は29.53日であり太陰暦での1年は約354日となり太陽暦とは約11日短くなる。

純粋にこの太陰暦を今でも使っているのがイスラム暦である。ラマダンに断食するのも夏になったり冬になったりするとのこと。

この太陰暦の誤差は3年で33日も出るが、それを修正したものが太陰太陽暦だ。
この不足する誤差を埋めるため、2~3年に1度閏月を入れるという方法だ

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例えば松尾芭蕉が「奥の細道」の旅を終えて
5年後に亡くなる元禄7年をみてみると
5月11日に江戸を立ち名古屋などを経て
5月28日に伊賀上野に到着している。
そして閏5月16日に伊賀上野を立ち
閏5月22日に京都・落柿舎に着いている。
アレ?ナンだこれ?

5月が終わると次に閏5月がある。これが閏月だ。
だからこの年、元禄7年は1年が13ヶ月あったのだ。
シンジラレナ~イ!でもこれホント!

この謎?が江戸の歴史など読んでいてもよく分からなかったが、太陰太陽暦のしくみが分かると合点が行く。
ナルホドね~

やっぱし、今の暦に慣れて当たり前になってると、このことが不思議でしょうがないと思う。

明治5年に旧暦つまり太陰太陽暦から太陽暦に切り替えられるときのエピソード、明治政府の思惑、経済社会の大混乱など興味深い
これは、また別のときに。

さて、この1月10日からNHK教育テレビ「歴史に好奇心・古今東西カレンダー物語」が4回シリーズでスタートします
とてもオモシロそうで今から楽しみです。

というわけで、今年366日よろしくネ!
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では!

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2007年8月11日 (土)

ふるさとはどこ?

帰省ラッシュが今年も始まった
東名、名神高速道路、東海道新幹線で一斉にUターン
ふるさとへ、田舎へ

テレビ、新聞などマスコミは当然のことのように
紋切り型の報道をしている
渋滞、満席、おみやげ、親子の楽しそうな映像
インタビュー

だけど、ほんとうはどうなの?

7月から中日新聞朝刊で始まった
ご存知「ちびまる子ちゃん」が
4コママンガで新登場!

7月28日 土曜日の朝刊

1コマ目「あ~あ まる子もふるさとへいきたいな」
   「山や川、古い家…やさしいおじいさん おばあさん」

2コマ目「おとうさん 私もふるさとに連れてって」
     「は?」
     「おまえのふるさとはここだぞ」

3コマ目「えっ?ふるさとって古い家で
      おじいさんやおばあさんがいるんでしょ?」

4コマ目
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イヤ~笑ったね

まる子の思う「ふるさと」のイメージを
このひとことで
完全破壊する父ヒロシである

よく言ってくれましたよ
ホント

帰る田舎などなく、今住んでいるのが
まさに「ふるさと」ですよ

家も狭くてボロく、年寄りもいるイエ
これが「ふるさと」だよ
帰るところなんかないよ
トホホ


「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」
なんていうのは、遠くにいて思うイメージだよ

昔の子供の頃の想い出と、遠い懐かしい田舎のイメージが
都合よく重ねただけの幻想

帰って来る子供らを迎える田舎はどこでも大変だ、
と思うよ


帰る人のことばかり報道してるけど
迎えるほうが本当は大変なの

家やお墓の掃除から、
食事なんか何にするか献立考えたり
結構、負担なんだよね

帰る人からすれば
オフクロの手料理食いたいよね

でもこのあたりは
近くにスーパーは一杯あるから
お惣菜や出来合いの料理なんか売ってるから
昔のように今は作りませんね

普段からお惣菜買ってすましているの
ガッカリ?ですか

この西濃地方も高齢化が進み
年寄りだけの家も増えている

単純に歓迎ばかりできるようでもない

先行き不安を抱えながら、ただ細々と生活やってるだけ
年寄りばかりが増えていく田舎

郵便局や役場は遠くに離れ
ますます不便になる田舎のくらし

スーパー戦争というけど
なけなしの年金が消費されて
都会の資本に吸い込まれていくのだ

そして、ますます格差が広がる

ふるさとは現実に疲弊しきっているんです

東京や名古屋の発展ぶりをみやげ話にするなら
田舎の暮らしをどうするか
真剣に考えたほうがいいのじゃないの?

そんなことを思い起こす「まる子・ヒロシのふるさと」論である

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2006年8月 6日 (日)

怪しいのは誰だ!

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最近、子供が事件に巻き込まれ殺されることが多発している。
そしてそれは都会も田舎もない。

ついに、こんな看板まで表われた。
「不審者出没注意」
不審者は見た目では区別がつかない。

捕らえてみたら隣の奥さんだったり、家族だったりする。
人を信じられない時代。

「こども見守り隊」なんていうのも発足した。
集団登下校しても、そこから自宅までが危険だという。

「子供110番」という看板もある。
危険を感じたら駆け込む地域の拠点だ。

こうまでしても事件は減らない。
ストレス社会というけれど、なぜか誰もがイラついている。

かつては、貧しくても優しさを持っていた時代があった。
もはやそれを望むのは無理だろうか。

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