2009年12月 8日 (火)

平山郁夫さんの絵

平山郁夫さんが亡くなった

今年の夏、琵琶湖畔にある「佐川美術館」に行った

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やっとETCを取り付け、初めてのドライブ
名神高速に乗って琵琶湖周遊に来て
偶然にこの美術館を見つけた

あの佐川急便が創業40周年を記念して
建てた美術館があることは多少聞いてはいたが、
平山郁夫の作品があるなんてことは全く知らなかった

駐車場に車を止め中に入る

周囲を広い人工的な池で囲ったユニークな建築は、
非日常的な世界へ誘うかのようだ
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平山郁夫館に入ると
広い空間にシルクロードの風景の大作が展示されている
薄暗いなかで、やわらかな光が作品をあたたかく包んでいる

はるか遠い異国の大地、シルクロード
静寂の世界がどこまでも続く

息もつけず、しばし無言である
圧倒的な迫力

登場する人物のどの顔にも、
どこか哀しみがある

一人ひとり、内にひめた力強さがある
しかし、何かに対する強い信念がある

そんな男女の姿が描かれている

シルクロードの風景は時を超越した存在感がある
人の生きる時間は風のごとくあっという間に過ぎる

…作品の前では、なぜか私自身を見つめさせる
今の私は何者?

平山郁夫が昭和20年広島で被爆していることを
ここで始めて知った

そのことが平山の人生の原点であったかもしれない
仏というものを、生きるということをどう思い描いたのだろうか

来訪客は多くないのでゆったりした気分で鑑賞できる
絵をぼんやりながめていると、いろいろなことが思い浮かぶ

いつまでも去りがたい気分である

まあ、難しいことは知らないけど、日本画っていいよな!

日本の風土から生まれた日本画は
日本人の感性にピッタリくる

つまり油絵のギラギラ感とは違い
何か落ち着くのだ

うまく表現できないけど、何となく疲れたり
気分が萎えたりしたときに、こうした絵画の前にいると
ほっとした気持ちになってくる

平山さんの絵には、人を包み込むやさしい温かさがある

そうしたことを平山郁夫さんの訃報を聞いて思い浮かべている

平山さんのご冥福を祈る












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2009年12月 2日 (水)

今年もタワーズライツだ!

師走になりました

それほど寒くもないですが
何となく
今年もあと少しで終わりという雰囲気です
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(大垣駅北口・アクアブリッジ上の月)

12月2日は満月です
一段と空の高い所で照らしている
ひんやりとした空に輝く今日の月

年末の、クリスマス商戦も、いまひとつ盛り上がりに欠ける

あれほど「元気な名古屋」なんて言われたけど
この不況風が吹きまくって、気持ちまでもが寒いほどだ

何とか元気になりたいものだ

そんな中、
恒例のJR名古屋駅ビルのイベント
タワーズライツ、が始まっている

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ことしは、ちょっとした花鳥風月、春夏秋冬の物語的なイルミネーション

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冬から春へ

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桜が咲いて

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夏が来て入道雲がモクモクと

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やがて、紅葉の秋が訪れ

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キラキラ光る天の川

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そしてクリスマス、サンタのソリがかけめぐる

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ここだけは賑わってましたね
恋人二人、ファミリー、老夫婦、若い女の子たち、が盛んにケータイで
パチパチ、とやってました
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ドーモくんやら

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あのクレヨンしんちゃんも登場して

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少しは心が和みましたでしょうか

今年の流行語大賞は「政権交代」だとか
ともかく「派遣切り」やら「ぼやき」やら「新型インフル」やらで
国も個人も大変な年でありました

戦後の大きな変革の年でもあったようです

でも、天下り、密約など今まで隠されていたものが、
少し明らかになったのは
なんか愉快な気分がします

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2009年11月26日 (木)

なつかしい瓶入り牛乳

最近、見かけなくなったものに「瓶入り牛乳」がある

食品スーパーでは紙製のいわゆる牛乳パックがほぼ100%だ
さまざまなメーカーから販売されている


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育ち盛りの子供がいる家庭なんか大きな1000ミリリットルを何本も買っている

じゃあ、瓶入り牛乳は消滅したのか!
どっこい、まだ生きている

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これ、職場で飲んでいる、瓶入り牛乳です
宅配用で牛乳屋さんが毎日運んでくる
鉄、カルシウム入りの牛乳です
1本確か110円だった

ほぼ、毎日飲んでいる
夏など冷たく冷やしたのを10時頃持ってくるから
一気に飲んでしまう
うまい!

さすがにこの頃になると冷え過ぎて
少したってから飲むことにしている

紙パック製の牛乳より美味い、とおもう
口にあたる感じがよいからか微妙にうまい
紙パックにつているストローで飲むと何かまずいな

やっぱり牛乳は瓶入りだ

ずいぶん昔、TVドラマで「傷だらけの天使」を毎週やってましたが
主演の萩原健一が朝起きて冷蔵庫から瓶入り牛乳を取りだし
フタを無造作に開けて、クイッと飲みパンか何かを食べる
いつもオープニングはこれでしたね
あの軽快なテーマソングとともに思い出します
カッコよかったですわ

ワイルドな感じで、生きてる若者の実感が実にリアルでよかった

私は子供の頃、牛乳が大嫌いでしたね
あのころ学校給食での脱脂粉乳が不味くてね
独特の臭いがイヤでした
それに牛乳を飲むとよく下痢をしました

あれは体質らしいんですが、体の弱かった私でしたので
牛乳は体に良いからと母が宅配を取ってくれたんですが
すぐ止めてしまいました

ですから、あのドラマのシーンを見ると羨ましいやら
カッコイイやら、そんな気持ちでしたね

でも、いつ頃からか大人になって牛乳が飲めるようになりました
下痢もしなくなりました
体質って変わるんでしょうか

たまに銭湯に行ったとき「コーヒー牛乳」やら「フルーツ牛乳」など
飲みましたが、やはり瓶入りでした
あの味、何かなつかしいですね
今でも銭湯においてあるんでしょうか

駅の売店でも冬の寒い日にお湯の中に牛乳が入れてあり
温かい牛乳を飲んだこともありますが、
体があたたまりやさしい味でした

今は牛乳自体がほとんど置いてありません
自販機が街中にあふれてますが
牛乳はないですね

瓶入り牛乳ってなんとなく昭和の面影があるで
なつかしい味がしますね

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2009年11月21日 (土)

お取り越し

今日、「お取り越し」でした
ム?おトリコシ?
何ですか、それ!

はあ、ご存じないかもしれませんが
これはわが家の毎年の行事のひとつなんですね。

うちは浄土真宗で、そのうち高田派なんです
本山は、三重県の津市、一身田の専修寺
まあ、本願寺派(お西)や大谷派(お東)の比べればこじんまりしてます
でも、歴史的には高田派はけっこう古いんだそうです

「お取り越し」っていうのは、
本当の意味も分からずに使ってますが、
広辞苑やら仏教の本などによりますと
親鸞聖人の御命日が11月28日なんだそうで、

まあ、その法事が「報恩講」といいまして
命日の1週間前から始まり
命日に当る日が最終日になりますが、
本山での最大の行事として毎年行われております

門徒であればこれにお参りするわけですから
末寺や自宅のお仏壇(お内仏)での同じ行事をそれより先に取り行うわけです
つまり、繰り上げて先に行うことを「お取り越し」っていうんだそうです

11月28日が親鸞聖人の御命日なんですが
これは旧暦ですので明治時代からの新暦では1月16日にあたります
なので、高田派や本願寺はこの日前1週間が報恩講になります

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それで、毎年早めにお寺に連絡してこの「お取り越し」の日程を決めます
わが家の場合、近所の門徒さんと3軒まとめて同じ日にお願いしています
今年は、11月21日の土曜日、すなわち今日になりました

毎年のこととはいえ、「お取り越し」の準備がけっこう大変なんですね
まず、お掃除です
座敷、玄関などや床の間、仏壇など周囲をきれいにします

仏具の「お磨き」もします
仏壇の飾りに使う五具足なんかピカピカに磨いたり
打ち敷きという飾りをセットします
でも今年は、仏壇を買い換えましたので楽でした
古い仏壇は、なんと灯明に油を使ってましたので
すすが出てよく汚れたんです

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昨日は、仏花やお華束(おけそく、という小さな丸いお餅)を買ってきました
床の間の掛け軸は「六字名号」(つまり南無阿弥陀仏)にします

ロウソクは赤
ご円さん(このあたりでは坊さんのことをこう呼ぶ)の座布団の準備
紫(青?)は仏壇の前、赤は床の間の前にセットする
お華束のほかにもお仏飯もお供えします

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あわただしく時間が過ぎていく
そして予定の時間どおりご円さんが登場となります

季節のごあいさつやら終わると早速ローソクや線香に火をつける
そして読経が始まります

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念仏正信偈(文類)から始まりました
我々もお経の本を手に一緒に詠む
独特の節回しはなかなか覚えられない
でも、なんか大きな声を出すことは気持ちがよいですね
「ナマンダブ、ナマンダブ」とお数珠を手に合わせます

そして30分ほどで終わります
お茶を飲んでもらい雑談をして、次のお宅に向かわれる
土日はご円さんも大忙しです

ヤレヤレ。
終わった。

取り越し苦労、って言葉があるけど
これは、この「お取り越し」からでているらしい
つまり先のことを今からあれこれ考えてクヨクヨすること
転じてムダな苦労をこういうらしい
ナルホド!

まあ、どちらにしてもこの「お取り越し」が終わると
いよいよ年末年始が近い、という実感がわいてくる

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2009年11月19日 (木)

私の手帳

11月も半ば過ぎると、何となくあわただしい
もう今年も終わるし、来年の準備もしなきゃ

本屋に行くと来年2010年のカレンダーや手帳がずらり並んでいる

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「超整理手帳2010」
「夢をかなえる人の手帳2010」
「夢が勝手にかなう手帳2010」
「ほぼ日手帳公式ガイドブック」
「陰山手帳」
「勝間和代の人生戦略手帳」
「小室淑恵のライフバランス手帳」
なんじゃ これは?
どれもカラフルで夢や希望で一杯!

でも、多分すぐ挫折!だろうな、と思う
正月の初夢みたいなもんだ
三日坊主!

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で、普通のビジネスマン向きはこっちのほうだ
能率手帳やビジネス手帳

内容も様式もサイズもいろいろある
スケジュールを重視するものから、記録中心なもの
自由度が高いもの、年齢早見表や路線図が充実したもの
千差万別で選ぶのも困るほど並んでいる

で、私の場合はこれを買いました

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高橋書店発行の№103です
もう、毎年これに決めてます
といってもここ6年くらいですがこれを使ってます

特にこれに決めた理由は私にとって使いやすいということですね
左に1週間の予定もしくは記録、右のページは自由に使える罫線
たったそれだけのこと
まあ、シンプルですね

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で、この過去の手帳がこうして残してあります
2004年まであります
これ以前は、特にいろんな手帳を使っていたようです
頂きモノやらが多いんですが、
残っているのをみるとあまり記録してません

№103になってから何かと記録するようになりました
仕事のこと、失敗したこと
土日は遊びに行ったこと、家族の旅行
映画や読んだ本のこと、短い感想やら内容

親戚関係の祝い事、弔事なんかのこと
時々ウォーキングの記録
健康のこと、体調、病院、検査など
食べたもの、天候、台風、雪
社会の衝撃的事件、
ご近所の参加した行事
まあ、何でもありです。

でも、こうして振り返ってみると
1年が一冊に収まってしまうんですね
10年でもたった10冊
生まれてから死ぬまで記録しても
せいぜい100冊です
段ボール1箱もありません

そんな人生って、いったい!

昨日のことは覚えていても、二日前のことはもうはっきりしない
そうして毎日が過ぎて行ってしまう

まるで車窓から眺めている間に人生が終わってしまう
それほどに短いと感じてしまいます

でも、そうは言いつつ
2010年の手帳をまた買ってしまったのです!

なんて愚かな自分なんだ、と
また手帳にこんな感想を書いてしまいました。

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2009年11月15日 (日)

その本、手にとってみませんか!(1)

トウトツですが本屋へ行くとなぜかトイレに行きたくなりませんか
図書館でもそうなんです
これって、私だけなんでしょうかね
どういうわけか、わかりませんが、とにかくそうなるんです

いつも行くのは、大垣駅アピオの三省堂かアクアウォークのアカデミアです
通勤帰りには、たいがい寄り道します
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毎月買う本は、最近では「文藝春秋」以前は「サライ」だった
時々買うのは、パソコン関係の雑誌たとえば「日経PC21」や「PCビギナーズ」
「アスキードットPC]なんか、以前は「YOMIURIPC](今は廃刊)もね

最近は「野菜だより」「やさい畑」を時々買ったりする
家庭菜園を少し前からやりだして、興味がわいてきたから
というより、わからないことが多すぎて勉強のためかな

ときどき、ふっとした思いつきで買ってしまう本がある
「衝動買い」っていうやつです

その中では、当たりもあればはずれもある
少し読んでそれっきりだったり、
ひどい時には買ったことさえ忘れてしまっていることがある

ずっとたって後に、また買ってしまったこともまれにある
赤瀬川原平「路上観察学入門」や
「古事記」
「日本史探訪20」など
今でも私の本棚に仲良く2冊ずつ鎮座してます

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私のブログの売りのひとつでもある「路上観察・街角のトマソン」
その師匠ともいえる赤瀬川さんの本を買ったのを忘れていたなんて

人間の記憶なんてそれくらい曖昧なんです
もっとも私は特に忘れっぽいタチなんですからしょうがないですが

ところで、本を買う場合にはきっかけがあります
ひとつは、何かで紹介なりされていて読んでみたいとおもった
もうひとつは、さきほどの「衝動買い」ですね

たとえば「文藝春秋」で半藤一利の「昭和史」がたびたび登場して
読みたいと思った
これは図書館で読みましたが
続編「昭和史・戦後編」(平凡社ライブラリー)は買いました

今度は「幕末史」が出ましたので図書館で借りました
この3冊を読み今までの歴史観が変わりましたね
日本の現代史なんて案外、みんな知らないんですよ

最近ではヒットです
つまり、私の硬直化しつつある脳を大いに刺激しましたし
眼が洗われたようで、
今の政治状況がずっとひとつに繋がったように思いましたね

衝動買いでは、やはり「路上観察学入門」ですね
本屋の立ち読みでなんとなく手に取った本であります
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赤瀬川原平、という名前はよく知ってました
この本を手にしたら何というか
こんな奇抜なこと思いつく奴は、よっぽど暇人か、酔狂か
奇人変人の類かなんて思いつつ、読んでいくほど
面白いのなんのって…

とくに後半、
実際に街を歩き、見つけたいわゆる「トマソン」といわれる物件の解説が
メチャ面白くてはまってしまったのです

それ以来、私は町を歩くときは絶えずデジカメを持ち、
裏道を抜け、古い建物や何でもない壊れた廃棄物なんかにも目を配って
トマソン探しをするようになりました

新しい未知の扉を開けてしまったのです
あのとき、1冊の本を手に取ったために

本屋や図書館は未知の世界への入口なのです
本棚にぎっしり並んであなたを待っているのです

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手にとって読んでみても何の興味もない本もあります
そもそも手に取りたくもない本も一杯あります

その中で、ホンの少しが、あなたの琴線に触れ
赤い糸で結ばれるのです

そして、未知の扉を開けて心ふるわせ進んでいく

明日は、どんな扉をあけるのかな?

                        (つづく)

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2009年11月11日 (水)

暗い通勤

よく雨が降った
昨日、夕方から西濃地方では雨になった
夜中もけっこう雨足が強かった

朝、自宅を出る午前6時30分はまだ暗い
特に今日のような雨降りの朝は最悪だ
しっかりライトも点灯して走る
まるで夜と一緒だ
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雨がフロントガラスにあたり音がする
対向車もほとんどがライトを点けている

今日の日の出は6時24分
12月になれば、もっと遅くなる
朝の出勤も帰りの帰宅の時もライト点灯だ

名古屋までの出勤は辛いものがある
しかし、これまで続けてきた

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マックはこうこうと灯りまばゆい
もう働いているんだ
毎日大変だ

大垣駅に着くとあちこちから人が集まってくる
スーツのビジネスマンがダントツだが学生、女性も混じる
始発の快速電車は発車5分前にはすでに満席だ

ほとんどが名古屋までの人だ
座りたいので早めの出勤する人が多い

出勤時間が遅くなると人も増えるし、車も増えてくる
岐阜や大垣近辺の職場はやはり車通勤が多い

国道21号線の交差点では渋滞が始まる
イライラすることが多くなるのでつい早めの出勤になる

毎日この朝晩の通勤時間を合計すると
人生の相当部分を使っていることになる

名古屋駅から改札をぬけて地下鉄へ向かうとき
不思議な思いがする

ああ、今日も一日が始まったのだなあ
昨日もここを歩いたが
昨日とは別の日なのだ
時間は何かクルクル回転しているようにみえる
しかし、本当はまっすぐ進んでいるのだ

そうやって確実に年月が過ぎてきた
妙なさみしさのようなものを感じる

そんな思いがするのも時はずれの雨のせいでしょうかね

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2009年11月 4日 (水)

寒くなりました!

寒くなりましたね 

昨日あたり強い風が吹いてこの秋一番の冷え込みだった
いよいよ冬の到来ですか

伊吹山も昨日、初冠雪で三合目までうっすら雪化粧したとか

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今朝、大垣駅からはよく晴れて伊吹山がきれいに見えた
しかし、雪化粧まではよく見えなかったが…

月が朝日に照らされてほぼ満月で伊吹山の頭上にあった
芭蕉もこの取り合わせをみたらなんと読んだだろうか

我が家も昨日電気ストーブをとりあえず出しました
で、900ワットにして、洗濯機、衣類乾燥機も稼働して
洗面台のライトをつけた途端にブレイカーが飛んだ、というハプニング

そう、こんなこと前にもあったような気がする 

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 寒い中、出勤の車の中でまばゆい朝日を浴びる

日の出の時刻は6時17分
6時半過ぎに家を出ると田んぼの中から太陽が拝める
陽の光は生きるパワーを与えてくれるようだ

毎日、同じような繰り返しの生活をしているようだが、
確実に時は過ぎていく

あさの通勤ラッシュの中に自分も入り込む
騒々しい動きが始まる

これからどんどん冬に近づくと、コート、マフラー、手袋が欠かせない
寒さに弱い私にとって冬は嫌いな季節だ

しかし、寒い冬があるから、春を待つ心がわかるのであって
春夏秋冬の四季の変化は素直に受け入れたい

寒さはマイナスばかりではない
木や土や山や森、そして動物すべてが冬を過ごしまた新たな生を育む

冬はやはり寒いからいいのであって、おでんや鍋物、雪景色、温泉の湯けむりが
様になるのだ

だんだん自然がおかしくなってきている
快適な生活は自然を破壊していく

あまりに便利すぎて、本来人間が持つ動物的感覚を喪失していく

寒さを、目で見、耳で聞き、鼻で感じ、舌で知り、皮膚で知覚する
五感をもっと使い、自然の中で豊かさを感じ、感謝しながら生きていく
そういうこともやっぱり大事だよな、なんて思いました

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2009年9月10日 (木)

秋ですね

秋ですね

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くっきりした空の深みとすじ状の雲
日差しは暑くても、通り抜ける風はすっかり秋そのもの

今年は夏の強い実感もわずかなもので終わった
季節は着実に進んでいる

こんな年にもなってこの時季はいつもどこか寂しい
ほとんど裸に近い服装で過ごしてきたが、
昨夜あたりは薄い毛布はかけ
通勤電車の冷風も肌寒さを感じてきた

「今はもう秋、だれもいない海~」なんて歌が
なぜかいつも想い出させる
開放的な夏が終りを告げ、自然も冬に向かって準備を始める
毎年、同じ繰り返しなのに
心が寂しい

ところで
今日は「世界自殺予防デー」とか
日本は毎年3万人以上自殺者がでている
交通事故死が1万人を切っているからその3倍もの人だ

先の見通しの暗さ、不安、そして苦しみ
高齢者は病苦、中年は生活の、若年層は生きていく将来への展望の暗さ
いずれにしても社会がいかに閉塞状態にあるか

市場原理主義のやり過ぎ
何にもどこにも生きがいを見いだせない現状
特に地方の疲弊しきった現状は政治不信どころではない
戦後、がむしゃらに働きぬいた末に手にしたものは
何だったのか

今回の政権交代は、やり場のない抗議のひとつだろう
そう思う

半藤一利の「日本のいちばん長い日」(文藝春秋社)を読んだ

8月15日の終戦決定まですんなり進むことはなかった
時々刻々、薄氷を踏むような危うげなドラマが繰り広げられていた
天皇を守るべき近衛兵の宮城占拠事件も起きた

あくまで天皇制を維持していくため本土決戦すべし、
敗戦を認めるなどありえない、という軍人らがいた

8月14日にも空襲があった
15日にポツダム宣言を受諾せねば
大編隊の空襲が日本に向けて発進していたから
受諾の電報があと少し遅れたなら
さらに多くの都市が焦土と化し
多くの人が犠牲になっていただろう

8月15日正午、天皇自らの玉音放送により戦争は終わった
そいて、アメリカ占領軍が進攻しマッカーサー元帥が乗り込んできた
そこから戦後が始まった

私の生まれる前の出来事で両親から断片的に聞かされた
多くの人はその裏で何が起こっていたのか知らなかったのだ
多くは口をつむった

今という時代は過去から連綿と続いてきた結果なのだ

沖縄問題、核兵器、二つの朝鮮、北方領土問題、憲法改正問題など
すべての重い課題は、なかなか解決されない

たとえ民主党政権になってもそう簡単にはいかないだろう
国際的な中で日本だけ安閑としていては孤立してしまい
再び日本が非難されるだろう

私自身、生まれる前の日本、そしてその後の日本をよく知らなかった
NHK大河ドラマは戦国時代や幕末時代はよく登場するが
明治以降はあまり出てこない

特に昭和という時代は激動し、まだ隠された部分があるので
ドラマ化が難しいのだろう

今年は特にあの戦争とはいったい何だったのか、を見つめる本が
多く書店に並んだようだ

それは、私のようないわゆる戦後生まれの団塊前後の世代が
次々現役からリタイヤし、ふと我に返ったときに
自分の生きてきた半生を思い起こしてみる、と
どこか「これでよかったのだろうか」という疑問や
がむしゃらに働いた結果が今の現状という寂しさが
遅まきながらの「自分探し」の旅にかりだしたのかもしれない

ああ、
今年も秋が来た






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2009年8月18日 (火)

お盆も過ぎて…

豪雨が来たり地震が襲ったり
ホント今年の夏は異変続きだ

しばらく振りのブログだ

衆議院選挙が今日、やっと公示された
とにかく長すぎる
間延びして緊張感がない
もうどうでもいいや、なんて思っちゃうよね

これまで国会答弁の茶番劇が延々と続いた末での解散
そして、急に出てきたマニフェスト合戦

前回の郵政民営化選挙の結果
衆議院の三分の二という手法で味をしめ、やりたい放題で
何のための二院制度だったのか

話し合いなんて元から考えてない

2兆円もの給付金を使った与党党首が、野党党首に向かってバラマキ政策と批判したり
「責任力」なんて恥ずかしい言葉を国民に向かって堂々とおっしゃってる

まるでマンガだね

半藤一利の「昭和史」を読んでいると
歴史から何も学んでいないことが分かる
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(先日、この昭和史を自分の目で見たくて東京に出かけた
2.26事件の際戒厳司令部が設置された軍人会館で現在は九段会館)

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九段会館に隣接する昭和館で開催中の企画展
(記された想い~手紙と日記にみる戦中・戦後~)

先週は戦後64年目の終戦記念日で新聞、テレビなど特集が組まれ
戦争を知らない人がもはや3分の2もいて
この体験や事実をどうやって次の世代に伝えていくのかが大きな課題となっている

誰が戦争を起こし止めようとしなかったのか
310万人もの戦争犠牲者は無駄死にだったのか
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(戦後、GHQ本部が置かれた丸の内にある第一生命ビル
マッカーサー司令官の部屋は今は非公開であった)

結局、戦争責任は曖昧にされ、玉ねぎをむいていったら
何も残らなかった、という日本人の無責任体質?は
今も全く変わっていない

年金、後期高齢者、医療等々、どれひとつとっても責任をとるものはいない
すべて難しい、厄介な事案は先送りされ
どんどん事態が火ダルマ式に大きくなってどうしようもなくなる

官僚ばかりが悪者扱いされているが、政治家やマスコミだって同じだろう
報道番組なんて芸能ショーと同じ扱いだ
持ち上げてみたり、徹底的にたたいたりの過剰な報道合戦
戦争に加担していた責任は忘却の彼方へ行ってしまったの?

面白おかしく今が楽しければよい、という風潮が蔓延している
今の時代、真面目さが大切にされず、目立つものが、図々しいものが得をする

反社会的なことも平気でやる企業、見つかったら頭を下げれば済むさなんて
偽装表示なんて、ずいぶん昔のことのようだ
忘れっぽい国民性は日本人の特異性だろうか


私はプレ団塊の世代だ
もう現役から離れていく年齢になってしまった

恥ずかしいことに、昭和という時代がどういう時代だったのか
あまり考えもせずここまで来てしまったが、あの戦争とは何だったのか
「昭和史」を読んで、ようやく少しわかりかけてきたような気がする

あの戦争を歴史として誰もが引きずって、今生きていることを知らないでいる
知らないほうが人生楽かもしれないが…

夕方、選挙カーがやってきた
「○○でございます。サイゴのサイゴまでよろしく…」と連呼していった
古い選挙スタイルだなあ、と思う

公選法も改正したほうがいいんじゃない、と正直思ったね

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