父の日に思うこと

きのうは、6月の第三日曜日で「父の日」であった
折り込み広告には「父の日」特集のオン・パレードだ
『お父さんに贈りたい「ありがとうの」の気持ち』
『父の日は癒しのプレゼント「一生懸命働いてくれるお父さんに
ありがとうの気持ちを送ろう』
『1000円以上お買い上げで箱代ラッピング無料サービス』
『大好きなお父さんに贈るプレゼントが勢揃い』
『大好きなお父さんに日頃の感謝の心を込めてー父の日ギフト』
要するにどれもこれも金を使わせようというのだ
父の日はいつからできたのか
どうやら発端はアメリカで母の日があるのに父の日がないのはおかしい
ということで決められたとか
でも正式にアメリカで祝日になったのは1972年と遅かった
確かに、昔は父の日もなかったし誕生日なんかも
わざわざ祝うようなことはしなかった
また父親もそんなことをされても嬉しくもない
子供にとってもそんな余裕はなかった
貧しかったからでもある
第一、父親は子供たちからお祝いを貰うなんていう
考えがなかった
今のように優しくて、お友達的父親は珍しかった
それだけに威厳というか、尊敬できる父親像が消えてしまって
実に物分りがよいお父さんばかりになった
しかし、いまさら威張ってみても「張子の虎」現象で通用しない
お母さんの方が偉いことは、子供が見抜いている
私が学生だった頃、父が私宛にくれた手紙だ
関西に下宿住まいで、私自身が病弱で、将来不安な日々を送っていた頃だ。
「新緑の候となって生活の最も楽な季節となった。元気でいるとの事
何よりと喜んでいる。当方も元気で暮らしている
昨日の日曜は久しぶりの百姓で大いにつかれた。苗場を作り、もみまきと
あぜ草刈で一日中忙しかった。
手紙によれば悲観的な文章であるが心を大きく持つことだ。
俺だって小学校を出ただけで今の今まで苦しみながら頑張ってきたのだ
そんなことでへこたれてはいけない。社会人として誰にも負けない根性が必要だ。…(略)
散髪後の気分も又格別だ。あまりくよくよせず大いに胸を張って荒波を切り抜けることだ。
くれぐれも体に注意して勉学に励んでください。
父より
○○君へ
二伸 別の1000円は床屋代」
筆まめだった父から送られた手紙は私にとって何よりの励ましだった。
「父の日」にふと思い出した。
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