2011年5月12日 (木)

松山・道後のんびり旅(7)


      釣 島

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松山空港に着陸する直前、この島がくっきり見えた

あとで気になって地図で確かめてみると
どうやらこの島は「釣島(つるしま)」というらしい

後の島は「興居島」です

空からこの小さな島を肉眼で見るのは初めてのこと

空港に向かって下降中なので手に取るように見える

人家は左の海岸線に少し見える程度
他は畑と山の斜面に木々が島全体を覆っている

島の高台まで道が伸びて畑が開かれている

愛媛県に属するからやはり柑橘類が栽培されている
果樹園だろうか

温暖な瀬戸内海の島ですが、この平和そうな景色を
眺めていると、ある映画のワンシーンが浮かんでくる

あの「裸の島」という映画である

新藤兼人監督、殿山泰司、乙羽信子の二人の夫婦が
毎日毎日舟で水を運び山頂まで担いで運び畑に水をやる

セリフもなく淡々と過酷な労働を無言で繰り返す生活

日本人の勤勉さ、が瀬戸内海の小さな貧しい島を舞台に
物語られている

今から50年ほど前に製作された作品である

映画の内容は忘れてしまったが、夫婦が汗を流し黙々と
働き続けるシーンばかりが深く刻まれている

この釣島には灯台がある

明治6年から照らし続けている、というからかなり歴史的なものだ

海、波、島、船、灯台、風、砂浜、漁火、網…

ロマンチックな響きがあるんだな

ぼんやりと海を見ていたい

でも、あの日(3.11)以来
大半の日本人は海が合わせ持つ残酷さといったものに
気がついて畏怖するようになったかもしれない

しかし、やはり憎い自然の脅威ではあるが住めばミヤコ、
長年住み慣れた故郷を今さら離れたくない

空の上から山や島、町、村を見ていると
何と人間はちっぽけな存在だろうか、なんて思う

     旅の宿

前回の旅は、朝食付の高級旅館での2泊だった
そして夕食は松山市内の繁華街で郷土食かお好みの料理店で
とるという予定だった

しかし、大街道付近の街を歩いたが
お目当ての店がひとつも見つからない
ガイドブックとは違ったりしていたので
そのうち、疲れてしまいごく普通の店に入ってしまった

その点で残念で心残りがあった

今回の旅の宿の選択は
道後温泉の中にあり本館が近いこと
食事が少量で旨そうなところだった

これまでたびたび温泉旅館へ宿泊したが
たいてい食べきれないほどの品数が並んで
手をつけないままに残してしまうことがあった

私たちは日頃から小食なので
旅行だからといってどんと食べられない

それより自分たちの好きなものを少しずつ
食べれたら十分満足なんだ

でも、どの旅館も豪華な夕食を準備しております
まるで宴会のような料理がズラリ

かといって朝食のみではまた前回の二の舞
温泉はホテルよりもやはり和室でくつろぎたい

そこで今回ネットから選んだ旅館は
食事が二つから選択できる軽めの夕食が
ついた○○ホテルだ

でもそれが大失敗だった

施設がかなり老朽化している
部屋の造りがかなり昔風
例えばトイレは和式便器にシャワートイレをくっつけたもの

壁は一部すき間があったり隣室の扉の開閉がよく聞こえたりと
快適空間には程遠い

だから比較的安価なんだ

肝心の食事も予想していたより悪い
応対する従業員が少ないうえ
料理が全体的に冷たくて

割子弁当のようにいろいろ並べて
見かけは一見良いが
味がさえない

でも、鯛飯や鯛の刺身などはさすがに美味い
瀬戸内の魚のおかげだろう

そういうわけで今回の旅は宿でガッカリだった

いつも思うのだが旅館は食事を
選択制にできないのだろうか

多くのメニューを準備する必要があることや
板前の人手不足もあり
けっこう難しいことかもしれないけどね

シティホテルの良さは、
宿泊と食事が別々になっていることだ

鞄を置いて気軽に街歩きし
素敵なレストランに入り
好きなものを好きなだけ注文する

贅沢も、質素も自分の体調、懐具合で何とでもなる
それがいいんだ


でも松山とは違い、一般的な温泉町となると
それほど街に食事処があるわけではない

最近はどこの温泉街も寂れてしまって、
外食するのは相当不便だ

大規模な温泉旅館では
土産から夜食まで全部旅館内で済むように
売店からカラオケ、喫茶、夜食コーナーまである

そうなると食事抜きの宿泊はとても苦労する

場合によってはコンビニ弁当で繋ぐことになり
トホホな旅になる

誰も日本のこういうシステムになぜノーと言わないのか

テレビの旅番組じゃないが
豪華ですばらしい宿ばかりじゃありません



ちょっと、「旅の宿」について考えてしまった

                 
       「松山・道後のんびり旅」 おわり

2011年5月 6日 (金)

松山・道後のんびり旅(6)

海が見てみたい

そう思っていた

海のない所で生まれ育った者にとって海はあこがれ

旅行先でも海が見えると「わー、海だ」と
素直に感激しちゃうのだ

松山も海がある
瀬戸内海だ

今回はのんびり旅だから
観光地らしくないごく普通の場所へも行ってみたい

路面電車の伊予鉄道は市内電車のほかに
高浜線という普通の路線もある

これに乗れば海岸線を走るから海が見えるぞ

というわけで大手町から乗り換えた

大手町は市内電車と高浜線が交差する珍しいところだ

線路がクロスしている
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電車同士でどちらが優先するか?
高浜線が走る時は遮断機が下りて
路面電車が待機して通過を待つのであります

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高浜行き電車の乗客は、ごく普段着の人がほとんどだった
すでに通勤時間が過ぎていたので車内は空いていた

三津駅を過ぎたあたりから海が見えてきた
終着駅の高浜駅で下車する
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木造の古い駅舎や駅名の文字がレトロで懐かしい

乗客はさっさとどこかにいってしまい
私とツレアイのみが残された

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これが高浜駅舎外観である

横断歩道を渡るとフェリー乗り場があり
2,3人が釣りを楽しんでいる
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何が釣れるのか
どことなくのんびりムードである

いいなあ、こういう風景
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桟橋から興居島(ごごしま)という比較的大きな島が見える

高浜港からフェリーで15分と近い

今横断しているフェリーは松山観光港から
九州へでも行くのだろうか

この左の方向に有名なターナー島が見えるはずだが
見逃してしまった
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夏目漱石の「坊っちゃん」にこの島、というか岩礁というか
がターナー島として登場する
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伊予鉄道に沿うように海岸線を県道19号線が走る
そこをしばらく歩いてみることにした

車は頻繁に通るが、トラックなどの大型は少なく
ほとんどが乗用車か軽トラ、など地元の車ですね

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高浜港の開港記念碑を見つけた

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山頭火の
「秋晴れ ひょいと四国へ渡って来た」の碑

そういえば放浪の俳人、種田山頭火も
晩年は松山で暮らしたんだ

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正岡子規の句碑もあった
「興居島へ 魚舟いそぐ 吹雪哉」

ちょっと歩いただけでいろいろありますね

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電車が時折走り抜けていきます

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次の駅に着きました
「梅津寺駅」です
ここは以前「梅津寺パークという遊園地があったそうである
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この駅のホームの後ろはすぐ海なんですね
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ホームに何やら看板が書いてありました
それにハンカチが数枚括りつけてあります
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近づいてみるとこうでした
平成3年フジテレビで放映された「東京ラブストーリー」の
ロケ地なんだって、知りませんでした

そういや、私このドラマ観てませんが
織田裕二と鈴木保奈美の
二人が主演して大ヒットしたとか

まあ、確かに人が少なくちょっとロマンティックといえば
言えなくもないが…

ハンカチを結ぶのは恋の絆?

ちなみに今日は誰もいませんでしたよ

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あの秋山兄弟の銅像が建っているんだって

そういや、松山を離れ東京に勉学に出る時
この松山港から出て行ったんだ

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近くの砂浜に降りてみる

砂がギュ、ギュと靴に食い込む
こういう感じが海を実感させるんだ

大きく深呼吸をしたくなる

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こんな海の見える踏切も絵になるし
ドラマのワンシーンによく出てきそうだ

結局、次の港山駅まで歩き再び電車に乗った

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知らない土地を歩くとすっかり異邦人の気分だ

どこか見たような風景に出くわすこともある
しかしちょっと変わっているところもある

どこも一緒かと思うと全く違う習慣もある

狭い日本とはいいつつ、多様な生活様式がある

歩いて、見て、聞いて、それを感じる

だから、
ぶらぶら気軽に歩くのも良いもんだ

                      もうちょっとつづく

2011年5月 2日 (月)

松山・道後のんびり旅(5)

 松山城に行ってみる

松山の街の魅力のひとつに
小高い山にそびえる松山城が見えることだ

路面電車からふと目を上にあげると
朝日に光る城郭が目に入る

前にも来たが時間がなくて
大慌てで天守を見て回った記憶がある

今回も城へ行ってみるか
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大街道で下車してロープウェイ乗り場まで歩く

最近「松山ロープウェイ街」としていろいろ店が増えてきた

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途中、東雲高校があった
どうやら女子高らしい

奥の方を見ると石垣の城門風で
いかにもお城下の学校といった趣がして面白い

ロープウェイで2分ちょっとで長者ケ平駅だ
マドンナファッションのガイド嬢が簡単な説明をする

女子大生のバイトだろうか

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松山城は昔のまま現存する天守がある12城のひとつ
しかも連立式天守は姫路城とこの松山城

それに石垣の美しさは見事だ

私の住む西美濃地方の近くにも立派な城が多い

とくに国宝の犬山城、彦根城は近いし
松本城は名古屋から中央線で
姫路城は東海道線で
すぐ行ってこられるから
天下の国宝4名城はたびたび
訪れている
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どこの城も石垣や天守、それにお堀、庭園など
いつの季節もそれぞれの魅力がある

また城にまつわる歴史ロマンなど分るとさらに楽しい
特に城は戦に対する防備、戦略を考えた設計、縄張りに
工夫をこらしているか想像しながら歩くのもよい

今回は天守に登るのはパスした


松山市立子規記念博物館


道後温泉にある子規記念博物館へ行く
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正岡子規を知るならここが1番だろう

館内はわりに空いていてゆっくり見ることができる
各コーナーにビデオがあり生い立ち、俳句、人間性など
分かりやすく紹介している

なかでも面白いのは
ペンネーム「子規」のひみつ

子規はホトトギスとも読むがホトトギスという鳥は
口の中が赤く鳴くと血を吐いているように見える

そこから肺結核で血を吐く自分のペンネームを
子規、を使ったの

また他にも
四国仙人、冷笑居士、野暮流、野球(のぼーる)
漱石、真棹家(まさおか)始め42個も考えたんだとか

圧巻は
絶筆三句で亡くなる直前に書いた句
「糸瓜咲て 痰のつまりし仏かな」など三句を妹や碧梧桐などの
助けをかりて描いた直筆(複製だけど)など

すさまじい俳句に対する執念というか熱意は
ど迫力で迫る

すさまじい、といえば
子規は最後まで大食漢で
食い意地のはった人だったようだ

それに金には随分むとんちゃくだったようだ

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愚陀仏庵(復元)

ここは夏目漱石が松山に居住していた家で、
子規もしばらく居候していた

ウナギを勝手に自分で注文して食い
漱石に払わせていた

こんなことはよくあったようだ

嵐山光三郎著「文人悪食(ぶんじんあくじき)」新潮文庫
が面白い
『…
随筆集「病床六尺」を表舞台とすれば、
公開するつもりもない秘密日記「仰臥漫録」は裏の告白である

この2冊を合わせて読むことによって死ぬ寸前の子規の
すさまじい苦痛、煩悶を知るのである…』

俳句など文学における子規の業績ももちろんだが
子規の人生が詰まっている博物館である

                     まだ つづくよ




2011年4月30日 (土)

松山・道後のんびり旅(4)

  道後温泉だ!
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ここがご存じ道後温泉駅です

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路面電車(伊予鉄道)が頻繁に出たり入ったりする

JR松山駅、伊予鉄道・松山市駅、繁華街の大街道へ
何本も出ているから、時刻表はいらないね

電車も懐かしい木製から最新式まである
いろいろ乗ってみるのも楽しい
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坊っちゃん列車がいました

ずっとここにいるんじゃなくて、これが街を走るんです
記念写真の定番です

商店街を歩くこと5分かな?

ここが道後温泉のメインスポットです


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道後温泉本館前はいつも観光客がゾロゾロ

たいていの人は、記念写真を撮るね

そしておなじみの風景になった人力車だ

今じゃ、京都でも飛騨高山でも奈良でもいるんだ
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でも余り乗りませんね

たいてい二人だから恋人、夫婦、友達かな?
男二人はまずいないね(笑)

私もツレアイと乗ったことはない
ちょっと恥ずかしい、気がするな

商店街は「道後ハイカラ通り」と呼ばれている
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土産物屋と飲食店が並ぶ

玉泉堂本舗というせんべい屋さん
ムチャ地味な店構えでちょっと入りにくい

戸が閉まっているんだ
でも入ってみよう

にこやかに奥様?が応対してくださる

あとで食べてみたんだが
潮煎餅はちょっと塩味が効いていてうまい
炭酸煎餅のような軽くてサクサクだ

あの正岡子規も食べた

絶対あとを引くので食べ過ぎに要注意
この煎餅ここでしか買えないようだ

今治タオルのお店や
湯籠という竹製品を扱う竹屋
坊っちゃん団子のつぼや、
その他いろいろある

ブラブラ歩きは楽しい

   1番乗りで朝湯だ!

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夜は宿のお風呂(もちろん温泉だが水が加わり循環式)で我慢しておこう

翌朝、午前5時30分起床する

浴衣に羽織を着て
フロントで借りた湯かごにタオルを入れて
宿からちょっと寒い温泉商店街を歩く

道後温泉本館前には既に5,6人がいる
観光客もいるし地元の常連らしい連中もいる

だんだん人が増えてきた
タクシーで乗り付けた老夫婦もいた

午前6時になった

「ドン、ドン、ドン…」と太鼓の音が響く
日本の音風景100選に選ばれた音だ

想像していたよりは小さな音だった
1日3回この太鼓で時を告げると言う

玄関の扉が開かれ「いらっしゃいませ」の声

お客がいっせいに入っていく
私たちも入る

下足箱に下駄を入れて木造の建屋の廊下を歩く

400円の入浴券は宿で既に買った
入浴コースが4つある

1500円だと個室の休憩室、お茶、お菓子つきだ
浴室も霊の湯となる

前回は神の湯2階席だったが、
今日は神の湯階下コースだ

つまり常連客が利用する銭湯並みの入り方だ

1階の脱衣場で裸になり湯船に入る
常連客はさすが動きが早い

世間話をしながら気持ちよさそうにしている

少し熱めだがなぜかあたりが心地よい
朝1番の鈍った体にじわじわ効いてくるようだ

常連客は頭や顔、体を洗っているが
せっかくの源泉かけ流しの湯だ

洗い流してしまうのはもったいない
体に吸収させよう、と思い
洗わなかった

「坊っちゃん、泳ぐべからず」というようなことが
壁に書いてあった

夏目漱石の小説「坊っちゃん」に出てくる話だ

ともかく最高のお湯だね

なにせ古事記にも出ているし、
天皇もたびたびこの湯を利用したという
歴史ある温泉だ

今日まで豊富なお湯が湧き出ているのだ

風呂上りに昔懐かしいフルーツ牛乳を飲んだ

いやいや、なかなか結構な朝湯体験でした

                     つづく



2011年4月28日 (木)

松山・道後のんびり旅(3)

道後の街

松山空港から松山駅前まではリムジンバスで約15分
さらに道後温泉へ15分と便利だ

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春や昔 15万石の城下哉(子規)

駅前広場にある石碑だ
松山といえば「子規」だ、というくらい有名だ

それにしても松山の街は懐かしい
4年ぶりの再訪だ

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街が何となく賑やかなので
前回と同様に今回も街歩きが楽しみだ

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名物「坊っちゃん列車」が通り抜けて行く

道後温泉の宿に荷物を預けて今日はどこへ行こうか!

まずは「坂の上の雲ミュージアム」だな
4年前はちょうど建設中だったと思う

市内電車「大街道」駅下車する

通りから少し入り込んでいるので見つけにくい
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ガラス張りでコンクリート打ちっぱなしの三角形の建物だ

有名な建築家・安藤忠雄氏の作品だ

スロープ状に上がっていきながら展示をみていく仕組みだ
まるで小説「坂の上の雲」状態?

NHKが3年間にわたって放送する年末の大型ドラマ
今年が最終年であるし、司馬遼ファンも多いから
賑わうだろう

まだGWの前、しかも大震災後とあって日本全体が自粛ムード
おまけに寒い日で時折小雨も降るという、不安定な天気だったせいか
入場者はホントに少なかった

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唯一の団体客も集合時間になればドヤドヤと退散
あとは閑散とした館内であった
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圧巻は産経新聞に連載されたときの新聞小説のコピー
1968年から4年間1296回分がずらり

もちろん上の方は読めない
私も随分前に「坂の上の雲」を読んだ

秋山好古、真之兄弟、正岡子規という人物や
明治という時代がどんな時代だったのか
大変興味を持って読んだ

このミュージアムは特別な貴重品があるわけではない

時代やそこに生きた人々を
歴史や時代の背景やらその空気を感じ取り
同時代を体験して私たちの今にどう結び付けていくか

だから、小説を読んでいない人には分りにくいかもね

ちょっと疲れたら、外に目を移そう
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萬翠荘が見える
旧松山藩主の子孫久松伯爵の別邸だ

緑の中に浮かぶ姿がちょっとロマンティックだ

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ところで、この原付のナンバー、アレレ?

形が何か違う、まるで雲のようだ

実は。このナンバープレートは平成19年に全国初に
オリジナルデザインされたものだそうですね

「坂の上の雲」の町のイメージアップ、でしょうか

松山市は、
坊っちゃんから散々けなされたってわけではないでしょうけど
坂の上の雲へシフトしはじめてるんでしょうか

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マンホール蓋は市の花「ヤブツバキ」?でちょっと地味

でも、松山の街は何か楽しいよね


天下の道後温泉があり、美しい松山城、子規や漱石
文化の香りもするし、繁華街・大街道もある

三越、高島屋などのデパートもある

路面電車も街に彩りを添え賑わいを創り出している
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温暖な気候で、瀬戸内海の鯛など魚がうまい

伊予柑、清見タンゴールなどかんきつ類も美味しい

ふらっ、訪れて自分の足で見て回れるくらいの
大きさがちょうどいい

心地良いんだ

そう言う点で岐阜もいい街なんだけど、
路面電車をめくってしまったのがホントに残念だよ

岐阜の街の寂れようは如何ともしがたい

「岐阜は名古屋の植民地だ」って誰かが言ってたけど
松山は四国では中心都市で求心力もある

今夜の道後温泉の湯が楽しみだな

                          つづく

2011年4月25日 (月)

松山・道後のんびり旅(2)

中部国際空港(セントレア)は
初めての私にとっては戸惑いの連続だった

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予約をネットでしているので
自動チェックイン機を探す

そこで「チケット」に引き換える

手荷物を預ける

保安検査場で機内持ち込み検査
およびボディチェックを受ける

難しい手続きじゃないけどね
勝手が解らないから不安だよ

空港内の配置や手続きの流れが
分らず疲れるんだ

以前なら、こんなこと何でもないことだったのに
なぜか、こういう細かいことが面倒というか
覚えるのが鬱陶しいっていうか

やっぱ、年とったんでしょうかね
すぐ忘れるし、全く!

1時間以上前に空港に到着していたから
余裕はあったけど、
電車が遅れたりするとあわてるよなあ

それにしても「2次元バーコード」は便利だね
その部分をかざすだけで瞬時に読み取ってしまうんだからね

ホント、何でも経験してみないと
わからんもんだ

聞くとやるのと大違いだよ

でも、便利になればなるほど基本的なことが
ブラックボックス化してしまうから
システムが壊れたら大いに困ると思うな

そう簡単に人の手に戻せないからね


プロペラ機だった!

スタバで簡単に軽食を取ってから
早めに搭乗待合室に入る

搭乗案内から
我々は「プロペラ機」に乗るらしいことがわかった

エ!
何と言うことだ!
聞いてないよオ~

飛行機までバスに乗って行くんだって!
なぜ?

20分前になるといよいよ搭乗ゲートへ

階段を降りるとバスが待機中

バスが一杯になると発車する

ジェット機の駐機場からどんどん離れて行くぞ!

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ゆっくり走るけど一体どこに行くのかな
かなり端っこに進んでいく

小さな機体が見えた
「ア、あれか!」

ジャンボジェットばかり見慣れているせいか
とてもかわいらしくてチョット頼りなさそうだ

後で調べて分ったことだが
このプロペラ機の機種は
「ボンバルディアDHC8-Q300」ということだ

カナダ製?

あのYS-11の後継機種として
ANAなどが地方路線に投入し活躍しているとか

定員は56席でオーディオやビデオ設備はない

並びは両側2名ずつで14列か
通路も狭いし、座席も窮屈だ

しかし、飛行時間は1時間と少しだから我慢するしかないね

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座席はほぼ満席、大半がビジネス客だ

東日本大震災の影響も大きいのだろう
団体観光客がほとんど見かけない

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ドアが閉まり機体が動き出す
私らの座席はまん中より少し後ろで主翼下あたりだ

滑走路に出るとエンジンが最大限に唸る
ごうごうと騒音がひどい

やがて機体が地上から離れ上昇していく
ジェット機と違いヨイショ、ヨイショって感じだな

チョット人間的

窓をのぞくと
車輪が真横に見え
折れて格納されていく

こんなのはプロペラ機でしか見られないぞ

グングン上昇していく
もう真下は海(伊勢湾)が広がっている

ときどきフワッ、となったりする

嫌だなあ、少しドキッとしたり。

やがて水平に安定した形になる

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ジェット機と違い、プロペラの羽根が回転していることで
無事飛んでいるのが実感できる

しかし、怖い

もともと私は飛行機が苦手
特にジェット機の離陸時や着陸時など
体が緊張で強張ってしまい
手を思わず握りしめている

「頼むぞ!」心の中で祈る心境だ
以前、海外旅行や北海道旅行でも
ほんとに緊張した

その時と変わっていない

飛行機の事故は少ないから
本当は安全な乗り物なんだろう

でも、墜落事故の報道のことばかり記憶にあるから
運悪く私の乗った飛行機がひょっとして「アタリ!」かもしれないぞ

変なことを考えてしまう

後でわかったことだが、
このボンバルディア機も2007年に高知空港に着陸するとき
前輪が降りないトラブルが発生した

結局、後輪だけで半分胴体着陸状態だったが
幸いにも大きな惨事にならず無事着陸できた

そんな話を聞くと「オイオイ、ホントに大丈夫か!」と
ますます心配になる

まるで福島原発と同じで
安全神話なんてウソだと
疑いたくなる

でも、便利には違いないから
搭乗するときは「神頼み」するしかない?

ともかくも、こうして不安ながらも
無事、松山空港に到着したのでした

                   ー つづく ー








2011年4月23日 (土)

松山・道後のんびり旅(1)

道後温泉に出かけました

今回で2回目、
07年に行ったから4年ぶりです

連れ合いの還暦祝い(?)が目的なんですけど

何も別の土地でもよかったのですが、
どういうわけか道後温泉に決めたのです
しかも連泊です

いろんなところを巡る旅もありますが、
連泊する良さは、
その土地にゆっくりと滞在しておられるから
落ち着くということですね

それに、たとえ1日であっても
その土地の住民感覚で行動できます
それが実に魅力的です

4年前は内子や大洲にまで足を伸ばしましたが
体力的に衰えもあって
決定的に行くべき観光地は決めず
なりゆき任せ、
その時の気分、体調しだい、という
やんわりしたスケジュールで出かけました

前回は新幹線と予讃線のJR旅でしたが
今回は中部国際空港からの空路にしてみました

そこで
この旅について数回に渡り
書いていきますが

例によって
理路整然でなく
モグラの頭出しのように
思いつくままに

ダラダラ行きますので
悪しからず

中部国際空港(いわゆるセントレア)は
私にとっては今回が初めてです

セントレア空港は05年の2月にオープンして
もう6年目だが
当初のような期待がもはや崩れ
JAL始め定期路線の撤退が続出し
行け行けどんどんから
かなりトーンダウンしている

何とも先が見えない不安がある

これもローカル空港すべてがそうであるから
羽田・成田のみ栄えるという東京中心主義で

地方切り捨て施策という
悪しき政治の結果じゃないのか

大垣駅からJR東海道線で金山駅へ行く

名鉄電車に乗り換え
空港行き特急「ミュースカイ」に乗る
神宮前からノンストップで28分で到着
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初めて足を踏み入れたセントレアは、確かに広い

でも平日とあって人は少ない
開業当時の空港にある銭湯や
海鮮料理などグルメ目当ての見学客などの賑わいは
もちろん今は無し

おまけに東日本大震災、原発事故の影響で
外国からの観光客が激減して
予想以上に元気がない

謎の旅人「フー」も心なしか
微笑の中にも、ため息がもれる「ふー」
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                               続く

2010年9月20日 (月)

犬山ぶらり散歩

何年か振りに犬山に行った

大垣から国道21号線で40分くらいで行ける
連休だと高速道路はすぐ渋滞するから下道のほうがいい

犬山市は愛知県の北のはずれに位置し
木曽川が県境で北は岐阜県各務原市だ

9月15日にCBCテレビの
名古屋地区限定番組
「特捜・坂東リサーチ」で
「あいち城下町ぶらり旅」で
犬山市が紹介されていた

ずいぶん街が変わったようなので
行ってみることになった

市営駐車場の近くの観光案内所でパンフをもらう
私の旅のスタートは街の概略図を手に入れること

そしてなるべく歩いて回ること
観光スポットだけじゃなく
普通の街並みをそれこそ「ぶらり旅」することが
最高に楽しい

もっとも、ツレアイの気分・体調やら希望もありますので
そのあたりは話合いしながら決めますが…

まずは国宝・犬山城ですな!

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犬山城は国宝だ
彦根城、姫路城のようにとにかく階段が急傾斜だ
ツレアイなど足が上がらないで怖がっている

私なんぞは、
梯子を使って柿の木の剪定、屋根の修理を
したりしてるからそれほど怖くはないんですがね

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犬山城は何といっても、天守からみた風景がすごい
眼下に木曽川の流れが迫り周囲一面遮るものがない
欄干が低いので地面に吸い込まれそうだ
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ツレアイなんか足が震えて壁にへばりついた状態だ
「こわい、こわい」連発です
とにかく圧巻だ

話のネタに
一度上ってみるといいですよ
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犬山城は4年ほどまでは尾張藩の城持ちの家老
成瀬家の個人所有の城で
全国的にも珍しかった
今は寄付されて団体が管理しているようだ

城のふもとにあるのが針綱神社
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こんな張り紙があった
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確かに若い人しかこんなのは買いませんが…
こんなのも見つけた
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わん丸君は犬山のゆるキャラだが
それにしてもキティやらケロッピやら
笑えるお守りだな

はたしてご利益あるのかな?

お城から南に延びた本町通り
犬山市文化史料館がある

展示の目玉は、何といっても
3層の山車だ
犬山祭りでは、山車の上で
カラクリ人形が披露される
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街を歩いてみる
以前来た時とは様子が違っている

歩行者用の舗装がなされ、新しいお店ができている
ぶらぶらする観光客も多い
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坂東リサーチの五平餅屋さんをのぞいてみた
おお、やってるやってる
賑わってますね

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ものは試しで「五平餅」を注文した
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味はあっさりしたものでした
五平餅にうるさい私としてはちょっと物足りない感じかな!

恵那や中津川あたりの本場にはかないませんな
「坂東リサーチ」では奥さんが見よう見まねで作ったとか

この受け皿は主人の手作りらしく
釘の打ち方、寸法足らずの板など
シロウトっぽくて微笑ましいですね

「野和」という手打ち蕎麦屋さんは超満員でした
あきらめました
みんな『坂東効果』なんでしょうかね?
連休のせいもありますがテレビ見てきた人も多かったようです

こんな変な地蔵さんも見つけました
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そこにあったおみくじです
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300円のガチャポン式の
おみくじ占いですか

引く人もいるんでしょうか
まあ、遊び心としては
文句いうわけじゃないですが
なんか詰まらんと思いますな

本町通りから一歩外れると
まだまだ昔の街がある

観光客はここまでは
ほとんど入って来ません
こういう昔の犬山もまた
いいですよね
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全国の観光地がこの頃
同じ方向に向かって走っているようで
金太郎飴みたいでね

そりゃ、観光地は、とにかく人が来てくれないと
商売やっていけないんで
気持ちはわかりますけど…

テレビの功罪も大ありです

名古屋地区では
「坂東リサーチ」のほか
「ウドちゃんの旅してゴメン」
「西川きよしのご縁です」
「ホトちゃんの遊びに行こっ!」
「PS愛してる」
などなど
グルメ、旅、街角案内が
ほとんど毎日なんかやってます

こういうの観てるとこれが当たり前のように
なってしまいます

犬山の街もずいぶん変わりました
でも、変わってほしくないところもあります

久し振りの犬山散歩も
楽しい半面ちょっと複雑な気分になりました

2010年7月17日 (土)

松江・出雲の旅(9)

さて、旅の最後は、水木しげるロードだ
駐車場からひとまずJR境港駅に向かう
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ホームには「ねずみ男列車」が到着
子供たちは喜ぶだろうな

さっそく、駅前には執筆中の水木さんを
鬼太郎、ねずみ男、目玉おやじが見ている場面だ

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駅から800メートルの妖怪ロードには
ねこ娘、ぬり壁、こなき爺、砂かけ婆、などなど
妖怪のブロンズ像がなんと134体もあるんだって!
全部見てたら日が暮れますね〈笑)
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私にとっては鬼太郎といえば
テレビ「墓場の鬼太郎」ですねぇ
「ゲゲ、ゲゲゲのゲェ~」という歌いだしは
なつかしいよ

この岩魚坊主は岐阜県の妖怪らしいぞ

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妖怪神社もあります
よくみると鳥居が一反もめんですね
右には、目玉おやじがいる

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絵馬もあります。

どんな願い事すりゃいいのかな?

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下水道マンホールもこんな感じです

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水木しげるロードには妖怪にあやかったお店が
たくさん並んでいます
目玉おやじの看板
これは酒屋ですか?
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これは理髪店
とにかく、あっちにもこっちにも
妖怪一色なんですよ
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もちろん、お土産も妖怪ものがワンサ!

まんじゅう、せんべい、酒、グッズなど

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鬼太郎どらやきとか…
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ロードの先には
「水木しげる記念館」があります
入館料700円で入ります

平日で観光バスでドヤドヤやってきた
パワーあふれるオバサンばかりだ

きっと、夏休みは大勢の子供、家族で賑わうでしょう

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水木さんの経歴から始まって、妖怪のご紹介やら
世界の妖怪やらが登場します

とにかく妖怪ワールドとでも云いましょうか

でも、怖いというより何か楽しいですよ
どこかで人間の習性が出ているようで
親しみを感じますね

ちょっと楽しいのは
「東海道五十三次」ならぬ「妖怪道五十三次」
あの浮世絵の妖怪版である

有名な雨の「庄野」宿はこんな形になっている
よく考えてあると思いますよ

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今、NHKの連続テレビ小説で放送されてます
私も、この旅行のちょっと前に観てから
面白くなりまして観るようになりました

タイトルも「ゲゲゲの女房」なんて

『大切な人と一緒に、人生をゆっくり、
しっかり歩いてゆく。
晴れの日も、雨の日も…
昭和を舞台に、漫画家の夫をひたむきに支える
ヒロイン・布美枝の奮闘と
夫婦のきずなを描いた連続テレビ小説』
なんて書いてありました

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布美枝役の松下奈緒チャン、良いね!

私は今回の旅にするのに
退屈な電車の中での読み物として
「水木サンの幸福論」を買いました

この中には「私の履歴書」とか
幸福論とかありましたが
けっこうオモシロイ

幸福の七カ条で

「しないではいられないことをし続けなさい」
「才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ」
「目に見えない世界を信じる」など

こんなことは子どもには言えないし
教師だって絶対教えないでしょうな

88歳になったから言えることかもしれない

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NHK[ゲゲゲの女房」は今、
少年雑誌に「墓場の鬼太郎」の連載が始めるあたりだ

へこんでは、よみがえる水木漫画は
まるで妖怪たちが応援しているようでもある

「楽しいな、楽しいな、お化けは死なない
仕事も何にもない!」のだ

お昼も過ぎている
妖怪散歩は切り上げて昼飯だ!

モチロン、海鮮丼に決めている

再びレンタカーで漁港方面に走る
すごい数の漁船が港に接岸されている

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「魚山亭」はその目の前にある
お客さんで一杯だったが
少し、昼を過ぎていたので入ることができた

「特上魚山丼」を注文した

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獲れたての刺身がどっさりだ
どの魚もうまい!

私、魚のスジが気になる人なんです
まぐろなんかでもスジだけ残しちゃうんですが
スジがほとんどないんです
とろとろでとにかく文句なし!
これで1050円です

さすが境港で楽しみにしていただけの味でしたね
もっと、お高いメニューもありましたが
私の胃袋はこれくらいがベストです

大満足でした、ハイ

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これで、旅の全日程を終了しました

松江駅のデパートにある書店をのぞいてみました

やっぱり、水木しげるコーナーがありましたね
88歳の喜寿祝い、
NHKテレビドラマ化放映なんかで
いま、注目されているんです

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それに郷土本コーナーにも立ち寄りました
やはり出雲神話が中心で興味深い本もありました

夕方の特急「やくも」に乗って帰路に着きました
缶ビールが疲れた体によく効いて夢心地でした


最後の(9)までトロトロした旅行記におつき合いくださいまして
ありがとうございましたhappy01

感想などございましたらぜひコメントください


                (終わり)

2010年7月16日 (金)

松江・出雲の旅(8)

2日目の夜は玉造温泉です
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素泊まりで予約してあったので、
宿には7時頃到着した

玄関に入って驚いた
誰もいない、この時刻に!

しばらく立っていたが誰も来ない
仕方ない、「スミマセ~ン!」と呼んでみた
やっと、若い娘が出てきた

「いらっしゃいませ」と言いつつ口をモゴモゴ
(多分、何か食べてたんだろうな)

手続きして部屋に案内された
この間、客らしき人も従業員も会わなかった
どうなっているんだろう、この宿は?

早速、風呂だ

アレ!風呂にも誰もいない

いくら平日だといっても人っ子一人いないなんて
あり得な~い

そして、あくる朝
当然、温泉の朝風呂に行くわな
またムジンくんだ

チェックアウトにフロントに行くと
従業員が3人おりました

でも、お客がどこにもいないんです
土産コーナーにもロビーにも

不思議なフシギナ宿でした

この宿だけじゃなく、玉造温泉自体が、
かなりお客が減っているらしい
団体客のバスもあんまりみかけなかった

玉造温泉が危機だ!


というわけで、夢のような体験をしたあと
いよいよ最終日は境港をめざします
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境港は
いま何かと話題のNHK「ゲゲゲの女房」の
舞台でもあります

松江市街地を抜けて国道431号を軽快に走る

朝飯抜きなので何か食べなきゃ
でもね、喫茶店がないですね

東海地方では、
探さなくても、どこにでも喫茶店あるでしょ
コメダとかなんとか…

それにモーニングサービス激戦区で
コーヒーにトースト、卵、サラダとか付いて
大体370円~400円くらいでしょ

それがこの辺り、まずありません
で、やっと「道の駅本庄」に着き
コンビニでおにぎりを買いました

「ケンミンショー」じゃないけど、
当たり前と思っていることが
ゼンゼン違うんだから
ホント戸惑うよね!

腹ごしらえをしてさあ、行こう!
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国引き神話で有名な島根半島を走る
右手には中海が見える

途中から、この中海の中の堤防道路のような
道を走っているようなのだ、
エ~どこなんだ?
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そのうち、巨大な橋を上り始めてまたビックリ
そして右左とカーナビの指示により
やっと境港市に到着だ

でも、なんか変な道だったな

後日、調べてみて分ったことだが
あの道は中海干拓事業により造られた
埋め立て道路だったんだ


50年以上にわたる中海の淡水化・干拓事業が
2000年に県がやっと中止方針をだし、
その負の遺産がこの道だったんだ

「昭和の国引き」と言われた公共事業が迷走して
やっと、中止され、海水を遮断する「中浦水門」も
昨年撤去されたのだとか

イヤ~、ヤンバダムとか今でもあちこちで
こうした問題が出てますが
長い先までみて決めてもらいたいですよね

中海の淡水化事業は
宍道湖も淡水になって、
名物しじみもなくなるわけでしょう!

海水が出たり入ったりしている
いわゆる汽水湖が消滅しちゃうんです

出雲風土記やら
古事記の世界が
昭和・平成時代にぶっ壊してしまった
なんて言われますよ

かけがえのない出雲の風土を
後の世代まで守ってほしいですわ

知らないとはいえ、
こんな道やら橋を通ってきたんだ
あとから感動しちゃいました

境港市は鳥取県だ

この港は
日本でも屈指の水揚げ高を誇る

この港に揚がった魚介類
市場を通して全国の消費者にわたる

そこで基礎知識的なお勉強のため
「海とくらしの史料館」に入りました

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ここの自慢はなんと言っても、魚の「はくせい」です

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「日本一の魚のはく製水族館」
観ているだけで楽しくなります


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なんでも大型の魚類は皮が薄くて弱いので
はく製化するのは不可能とされてきた

しかし、種さんという研究者がある炭素繊維を
使ってこれを可能としたのだそうだ

まあ、とにかく、系列ごと、ちっちゃいのから
大きなものまでこれだけ並べられると
海に生きる自然界の驚異が迫ってきて
いやぁ、圧倒されました

多分、漁師さんも、魚屋さんもこれだけの
種類の見分けはできんでしょう

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ついでに市場にも立ち寄ってみました

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生きの良い魚がありましたが、私は旅人
観るだけに止めておきました

さすが、境港でありますねぇ

次は、いよいよ妖怪の街に行くのであります

         〈続きは最終(9)へ〉

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