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2012年10月27日 (土)

メナード美術館「舟越 桂2012」展に行った

小牧市にあるメナード美術館

開館25周年記念展として
「舟越 桂2012」が開催中だ

Img_2256

正直言って
彫刻はよくわからないし
あまり関心もない

でも、舟越桂さんは別だ

初めて興味を持ったのは
天童荒太の「永遠の仔」の表紙だった

Img_3977

どう、表現すればいいのか
わからないけど
とにかく強烈な印象を受けた

遠くを見ているのか
あるいは何も見ていないのか
分からないような
焦点が定まらない目

それでいて
何か深い心の闇を
持っているような

いったい何を
考え込んでるんだろうか

ともかく不思議な感じがした

そういうことがあったので
今回の展覧会は
ぜひ見ておきたかった

Img_2255

平日だったので、
来場者は少ない

それだけに
ゆっくり鑑賞することができた

展示室1
スフィンクスをテーマにした裸像
から始まり
展示室5まで

展示室2
扉を開ける

「妻の肖像」以外は
どれも普段着の肖像が
並んでいる

特に配列は
無造作のようでもあり
向きも別々で
どこから見てもよさそうだ

あ、そうそう
これらの作品はすべて木彫りで
楠の木を利用されているとか

衣服部分は彩色され
部分的に革などが使ってある

眼は大理石が埋め込まれて

等身大の、あるいは上半身の
一見、平凡そうな男と女である

つまり
どこにでもいそうな人
身に着けているのも
ごく普段着に近い

Img_2281

だから
友達に話しかけるように
すぐそばに寄っていくと

木肌の柔らかで温かい感触や
衣服の肌触りなどホンモノかと
思わせるほどリアルだ

ちょっと傾けた長い首、
肩から流れる左右不揃いなライン

ごく自然だ

この人はいったい
どこを見つめているんだろうか

遠くの方を見ているようだが
景色や人を見ているのではない

自分自身について考えているんだ
無言で、
重く、そして深く

ぼくらがそうするように

哀しみだろうか
悩みだろうか

希望だろうか
それとも絶望かな

あきらめや怒りも
あるかもしれない

普段の何気ない日常で
ふとした空白の時間

微動だにせず
遠くを見るでもなく
ただ想いにふける瞬間

この作品それぞれが
すごく個性的だ

そして
思うことも
悩みや哀しみも
一人ひとり違うのだ

作品1つひとつに
意味深なタイトルが付いている

たとえば
「静かな鏡」
「長い休止符」
「言葉の降る森」など

しかし
そこまでの想像力は
なかなか難しい

自分の持つありったけのイメージで
作品と対峙するだけ

それでいい

最新作「月の降る森」

狭い個室に単独で展示されている
全体が青い月光色の中にある

森の教会の上に立つ女性
ちょっぴり頬が赤い

クールで静寂
神秘的なムードが漂う

そして展示室4

2000年以降の作品

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   (森の奥の水のほとり)

長い首
ふくよかなおっぱい
水の精のように

後ろに生えた手

生きている生身の温かさと
永遠の中の静かな水

何かいいな

作品を
一つひとつ言葉で
言い表すことのむずかしさ

でも舟越さんの彫刻は
確実に見る人に
インパクトを与える

自分自身を見つめることの
大切さ

これが伝わってくる

やっぱ、見に来て良かったな

そういえば
今図書館で借りている本
外山滋比古 著
「自分の頭で考える」の表紙

Img_2277
舟越 桂
「銀の扉に触れる」だった

どこまで偶然
不思議なことだ

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