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2012年5月27日 (日)

ソラマメだ

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穏やかな良い天気だ

わが家の畑では今、ソラマメが収穫期を迎えている

サヤが空に向かって伸びるので空豆という

このさやに2~3粒の豆が入っておる

身が重くなってくるとだんだん垂れて下に下がってくる

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こうなれば、もう食べ頃だ

でも、これを見て、何かを想像しません
そう、変な話ですが男のアレですよ

若さで元気一杯、天を仰いでおりましたが

よる年波には如何ともしがたく
こうなると、なんか情けない姿ですな

ソラマメみても個人的願望が表れます

話が脱線しましたが

収穫してさやから取り出すと、
中身はほんの少しになってしまう

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砂糖、しょうゆで味付けてさっと煮る

皮の中から取り出したやわらかい豆は
何ともいえぬ食感だ

今日の夕方に収穫してその日の食卓に出る

とれとれのホクホクを味わう

それこそ自家栽培の特権だろうな

でも、小皿一杯のソラマメも作るのは大変なんだ

去年の10月下旬、種をまいて
長い厳しい冬を越し、
暖かくなってくれば
追肥、整枝、摘芯し
5月になれば
今度はアブラムシの総攻撃だ
毎日、観察して、発見すれば手でつぶす

病気で枯れてしまう株もある

手間がかかる割に失敗が多いのだ

それだけに、味わいもまた格別だ
「ソラマメ」くん ありがとう!






2012年5月25日 (金)

「亦奇録」は面白い(2)

大垣藩・家老の小原鉄心御一行が
江戸まで旅をした記録「亦奇録」ですが、
この中には多くの人が登場する

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傍島良仲、千秋老泉という人が出てくる

この二人、御一行を見送るため大垣から木曽川を越え
起(おこし)宿までやってきた

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しかしだ、
ここで「旅への思いとみに湧いて、
ぜひご一緒させていただいて
横浜港をみたい
」と二人が言いだした

「大夫(たいふ、鉄心のこと)が良いと言われたので
連れて行くことになった
これまた奇である」

オイオイ、いいのかい
路銀はどうすんだよ、家の人の了解取らなくていいの
通行手形とかどうするの 
                 moneybag

こっちが心配しちゃうよ

江戸時代は、もっと旅が厳しいかと思っていたんだが
そうでもねぇな

まあ、時は幕末も幕末の1866年だ
幕府にとってそれどこじゃなかったのかもね

一行が3月30日、浜松を出立した
この日の日記に海鴎がこう付記している

「傍島良仲は茶屋に出くわすたびに酒を注文する
この日も5,7回
そのうえ鰻を食い団子を食い
山路のうんと険しいところにくると、
若い連中と走り比べをやって先陣争いをする

すでに齢60を超えているんのだから、
その元気は驚くべきものだ」


道中が嬉しくって、楽しくって仕方がない
その情景が実にリアルで笑える


こういう「年寄り」って今の世の中にもいるよなぁ

この傍島さんの素性は不明だが、
まあそこそこ金持ってるんだろう

毎日が退屈で何か面白いことないかな
好奇心一杯で、あれこれ見ておきたい

この積極的人生は、なかなかですなぁ
Cocolog_oekaki_2012_05_25_21_25
さて、4月3日に三島宿を立って、箱根越えをする
アップダウンできつい道のりだ

箱根駅伝でもその辛さは相当なものだとわかる 
芦ノ湖の箱根の関所を無事通りぬけると

鉄心先生「オイ、みんな、これから温泉に寄るかね!」
全員「行きます、行きます」

本来なら官費で赴任の旅だ、
こんな寄り道はしないはずだ
しかし、
今回は文人らを引き連れての旅だ

こんな心遣いも見せております
      
 
 

で、温泉につかり酒を飲んで、
それから、また急坂を下って歩いて
小田原宿まで行くんだから凄すぎる

ところがあくる日の4月4日
出立しようとしたら腹の調子が悪いものが5人もいた
湯あたりらしい

重い二人を残し駕籠やら馬に乗って出発
旅先での病は心細いもの

私も旅行中に風邪と疲れで発熱し、
医者も閉まっていて
売薬で何とか治ったけど、
ホント大変だった

旅先は日頃のストレス発散で気分が高揚し
どうしても羽目を外しがちだ

水戸黄門の印籠もそういう時の薬入れだ

さて、鉄心さん、酒飲んで駕籠に揺られて居眠り
誰かが馬上から呼びかける

子安鉄五郎という人が横浜からやってきたのだ

ここからが、この旅最大のクライマックスで
鉄心さんが初めてボウリングなるものを
体験することになる

(つづく)

2012年5月22日 (火)

「亦奇録」は面白い(1)

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先月オープンしたばかりの
大垣市奥の細道むすびの地記念館で

「小原鉄心没後140年記念祭」があり
記念講演会が5月19日開催された


小原鉄心の名前ぐらいは
以前からちょっと知っていたが

いや、なかなかの人物だったことが
清水進センセイの講演
「小原鉄心のエピソード」でよくわかった

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・鉄心は藩政改革を行って嘉永元年の藩の
借財32万両解消に努めたが、藩士からは
批判された
・鉄心は鳥羽伏見の戦いが起きると大垣藩を
勤王に導いた
・鉄心は由利公正と対立し参与を辞職する
松平春嶽は鉄心の活躍を高く評価する

こうして聞くと大垣藩は一地方の小藩ではあるが
意外に歴史の表舞台に深く関わっていることに
驚くのだ

次々に鉄心の業績や大垣藩との関わりが
流暢でわかりやすいく
清水センセイは話される

まあ、このあたりは今回の講演では前置き的であります


鉄心という人はどういうひとだったのか

家老なんて聞くと、まあ堅物でやっかいな奴
こんなイメージを描いてしまう

が、どっこい!
なんのなんの
・鉄心は文豪・人豪と評された
・鉄心は酒豪として名を高めた

で、今回の本題はこちらだ
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「亦奇録」(えききろく)は、
幕末の大垣藩・家老・小原鉄心が
江戸に旅した時の記録で
まあ、旅日記といったほうがよい

原本は漢文でとても難解すぎて
シロウトでは読めない

アタリマエダのクラッカーだ

そこで、現代語版ができた
横山 正センセイのご尽力で
われわれも楽しめるわけです
感謝、感謝!

鉄心顕彰会という勉強会で
酒を飲み飲み、読解が進んだそうである(笑)

なんせ、この会の事務局が「三輪酒造」さんとか
頷ける

講演:『亦奇録』を読む、

横山センセイの講演はじつに面白かった

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「亦奇録」と名付けられたゆえんは
慶応二年、鉄心が江戸藩邸詰めになるが

今回の赴任の旅、藩士でもあり儒学、文人、絵画などの
才も深い、野村藤蔭、菱田海鴎、菅竹州らも同行することになる

皆が風流を解するものばかりなので鉄心が

「どうだ、今回の旅の日記を変わりばんこに書いたらどうかね」
「そりゃいいですね」

「よし!決まった、じゃそうしよう。それも亦(また)奇だねぇ」

まあ、こんな調子だったらしい

慶応2年(1866)3月26日(新暦で5月10日)
大垣を旅立つ
美濃路を通り宮宿から東海道を東へ
江戸に4月6日(新暦で5月20日)着

11日で400キロだから、毎日40キロくらい歩くんだ
むちゃむちゃ健脚だな昔の人は

鉄心50歳、藤陰40歳、海鴎31歳

私、1回だけ渥美半島を40数キロ歩いたことあるけど
死ぬほど辛く足がひきつってガタガタになってしまった

慶応2年って、幕末も終わりの明治維新が1868年だから
2年前だよ

この年、第二次長州征伐の最中とかで
世情は激動期のはずなのに、
なんかこの旅日記は
のんびりしてるようだ

とにかく、道中で酒ばかり飲んでる
名古屋城下に入り、友人の鷲津毅堂家では
「お、ひさしぶりだな、よく来てくれたな、酒飲もう」
「よし、飲もうぜ」
堀川の舟でもまた飲む
宮宿では妓楼に上がってドンチャン騒ぎ

こんな調子で続くのだ

しかし、ただ酒を飲んだくれているばかりではない
行く先々で会う学者、詩人、絵画師など談笑し
世情について話をしている

そして相手の求めに応じて書を揮毫している
余りに希望者が多いものだから、旅立ちを延ばしたりしている

だからか、旧家には、こうした書画骨董が残ってるんだ
今じゃお宝ウンヌンだけど当時は著名人のサイン色紙みたいな
ものだったんだろうな

「亦奇録」はまだ途中までしか読んでないんだけど
とにかく面白いし楽しい

一人で読んでは笑ったり、驚いたり、感心したり
歴史がホント身近に感じられる

(つづく)














 

2012年5月21日 (月)

お玉金環

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お手軽に「お玉」で金環日食を楽しみましたぞ

くっきり金環というか指輪になってないけど
ま、こんなもんです

テレビで中継みてたけど
大騒ぎだった

世紀の天体ショー、とか
この時、動物はどうなったとか
その割には似たり寄ったりの背比べ
ハッタリまがいもあった

木漏れ日から漏れる金環の写真は
ちょっとだめだった
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ブロック塀に写したんで失敗かな

でも
東海地方じゃ平安時代以来の金環日食というからね

ちょっと嬉しいような
得したような気分



















2012年5月11日 (金)

天候不順

GWも終わりやっと世間はふだんの生活に戻った
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いやぁ、それにしても寒い
畑にいたら風邪をひいちまうぜ

ついこの間、ナスやキュウリなど
夏物野菜の苗を植えたのに
冷たい北風にさらされて、寒がってる

もちろん、あんどんで囲いはしてあるが
これだけ寒いと成長もストップだ

官庁あたりでは、電力不足を考慮して
早めのクールビズを実施したところもあるけど
半袖じゃ寒いんじゃないの?

もちろん、子供なんかは半袖に短パンで
公園を走りまわってるけど
夏日になってみたり寒気がやってきてみたり
どうも天候が読めない

先日の竜巻、豪雨、突風もビックリだし
ホント何が起こるかわからない

天気ばかりじゃなく、政治も経済も外交も
今は先がまるで読めない

原発がいま稼働ゼロで夏場の電力不足ウンヌンと
政府・電力会社が稼働に躍起になってるけど
どうなんだろうね

原発って最先端の科学技術みたいだけど
実際の現場では、すこぶる手仕事の集合体で
住宅建築のように、ちょっとした手違いで
漏水したり、穴があいたり、腐食したりして
ずさんなことで絶えず補修しているような感じがする

でも、安全神話は崩せないから隠していた
その結果が、今回のフクシマだ

そうみると、原子力を使うことはやっぱムリだと思うね

今頃になって現場従事者の声が新聞、テレビなどマスコミで
ボロボロ出てくるんだからね

それを聞くとそれこそブルブルと寒気がするよ

使用済み燃料もこの先、孫子の代までかかっても
消えないのだから、ほんとに罪作りな話だ

今の民主党は何も決められずウロウロしてるばかりだが
与野党逆転の政治体制を作ってきたのもわれわれ有権者だし、
戦後、ずっと政権を握ってきた自民党が突っ走ってきた政策が
今の状況そのものだから、どっちもどっちで嫌になる

石原慎太郎が「新・堕落論」で言ってるように戦後60年余の
「平和の毒」に慣れてしまったからでもあろうか

自分の利得ばかりで国や社会のことは二の次という人が
本当に多い

とくに政治屋はひどい、国会中継など見るに堪えない
このままでは、何も決められない、決まらない
それでも食うには全く困らない、困った人の集団だ

これ、どうすりゃいいの
テレビのワイドショー見ていても
日替わりで腹が立つことが目白押しだ




イカン、イカン
オジサン今日は、めずらっしくちょっと興奮してるな

「遊びをせんとや生まれけん」か





2012年5月 5日 (土)

人生は回し車か

また、今年の田植えが始まった
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心地よい春の風が吹く

さざ波が田の稲を揺らす

桜が終わると野や山は一気に新緑を迎える

このGWは夏野菜の植え付けどきで
ホームセンターやJA直売所は超満員だ

ナス、トマト、キュウリ、などなど

西濃地方では春祭りが続く
垂井、神戸、揖斐、など
また今年も同じ祭りが新聞紙面をにぎわす

同じことの繰り返しを見ていると
人生はまるでハツカネズミの回し車のようだ

クルクルクルクル
回せば回すほど早く回る

けれど余計に疲れるばかり
あくせくしても何も変わっちゃいない

リタイア組のGWはこうして静かに過ぎて行く

そう、どう頑張ってみてもそう変わらんよ

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