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2011年5月30日 (月)

台風2号の被害

5月に台風が来るなんて!

温帯低気圧に変わったものの
今日も一日中強風が吹き荒れていた

今朝、雨は上がったので畑に見に行った

あらま!テイヘンダ、大変だ!

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倒れている!

トマトの支柱がごっそりダウン

今年初めてこのトマトの屋根をしっかり作ってみたのに

台風が来る前にビニールだけでも外しておけばよかったかも

3本のトマトの内、1本は根元からえぐられていた
雨で地盤が緩んでいたところへ相当強い風だったので

たまらず抜けてしまったわけだ

一応修復して支柱も立てなおしたけど
ビニール屋根は当分外しておこう

屋根をかける理由はトマトに雨があたると
皮にひびが入るからだ

去年はトマトが大きくなってから
古い傘を3~4本立てのだが

今年はホームセンターでこの支柱を
思いきって買ったんだ

野菜作りはホントに大変だ

それにしてもご近所さんの畑は美しい
雑草は少ないし、
支柱立てやマルチ張りが
キチンとして丁寧だ

私の場合、
適当、いい加減、で
やってるから何となく不揃いで…

野菜作りの本を読んだり
近所の年季の入った年寄りに聞いても
そのコツがつかめない

ま、いっか

ともかく

トマト君!頑張って立ち直ってくれ!


2011年5月23日 (月)

「林 静一」が懐かしい!

林 静一展が恵那市の中山道広重美術館で開催されている

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恵那市のJR恵那駅前にあるこの美術館は、
広重の浮世絵版画を専門とする小さな美術館である

東海道や木曽海道(中山道)の浮世絵版画を見に
これまで数回訪れている

建物や内部空間の広がり、版画体験コーナーや
ミュージアムショップなど
楽しくあるいはおしゃれな雰囲気もあって
なかなか気にいっている

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さて、今回の「林 静一」であるが
私くらいの年代ではたいてい
「赤色エレジー」を思い出す

そして、雑誌「ガロ」や歌手・あがた森魚も
なつかしい

あの頃、まだ学生だった
学園紛争が全国で起き、いわゆるノンポリでも
否応なく嵐に巻き込まれ、むしゃむしゃ気分で
先行きが見えず
もの哀しくて切ない気分があった

漫画の世界も、つげ義春、林 静一あたりを
雰囲気で読んでいた

つげの意味不明な言葉、に対し
林はコトバ少ないストーリーだったな

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(今回、懐かしくて買ってしまった漫画)

入口で入館料800円を払い分厚い扉に進む

警備員?のほか誰もいない
静かだ

ロッテの「小梅ちゃん」がたくさんいたけど
あ、そうか、この絵は林 静一か!

次は
現代美人画「春・夏・秋・冬」コーナー

驚いた

というより、驚嘆してしまうな!

描かれた和服姿の少女の表情の
なんと美しいことか

とくに横顔の首から肩に流れる細いラインは
女性っぽい柔らかで温かい

とくに目がいい
伏目がちで物憂い感じがよく出ている

着物を着たときの首筋、腰、足に現われる複雑な
しわや丸みが色っぽい


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これまで、漫画家・林 静一として
知られていたが

「漫」がとれた「画家」としての林 静一を
初めて見た

「ガロ」の漫画では知り得ないこともある

「色」だ

ここの展示された絵をみると
配色がとてもいい

四季を彩る風景や生活に溶け込む
豊かな日本の情景にピッタリ

上手く表現できないが
とにかく描かれた世界が懐かしく
「ほっ」とする気分にさせられるのだ

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どことなく竹下夢二と相通じるものがあるような気もする

日本の歴史や風土に育まれた美しさや奥深さが
伝わってくるようだ

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さて、今回の特別企画展のタイトルは

ー現代の浮世絵師ー
   画家・林 静一

「小梅ちゃん」から「赤色エレジー」まで

と、なっている

江戸時代の人気浮世絵師・広重と
現代に描く林静一の絵の世界は

どこかで水脈が同じところから
きているのかもしれない

わざわざ、「画家・林静一」とするのも
私のように漫画家としての林は知ってるが

画家はまったく知らない、という人が多いから?

いずれにしても

恵那に来て、偶然立ち寄った美術館で
思いがけず
懐かしくもこころが洗われる気分に
させてもらった

今回の「林 静一」展は
6月12日(日)まで開催されてますから
東濃散歩にお出かけの際、
ちょっと立ち寄られるといいですよ

2011年5月18日 (水)

「インカのめざめ」が悪かった!

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「インカのめざめ」が最悪の状態だ

今年初めて作ってみたジャガイモの品種だ

最近までは順調に育っていたはずなのに
一体、何が悪かったのか

アブラムシがついたというわけでもないし
ただ、黒い斑点が広がっていき
葉が黄変して縮れていき
ついに枯れてしまう

シロウトはこうなると何が何だかわからん

明らかに異変だが対処の仕方がわからん

ジャガイモは比較的作りやすい野菜だが
やはり「インカのめざめ」のような品種は
この土地になじまないのかな

「キタアカリ」の方は昨年も今年も順調なので
タカをくくっていたら大失敗

トホホ

せっかく「アンデスの栗ジャガ」といわれるほどの
人気のジャガを味わいたかったのにナ

野菜づくりはムズカシイ!

2011年5月12日 (木)

松山・道後のんびり旅(7)


      釣 島

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松山空港に着陸する直前、この島がくっきり見えた

あとで気になって地図で確かめてみると
どうやらこの島は「釣島(つるしま)」というらしい

後の島は「興居島」です

空からこの小さな島を肉眼で見るのは初めてのこと

空港に向かって下降中なので手に取るように見える

人家は左の海岸線に少し見える程度
他は畑と山の斜面に木々が島全体を覆っている

島の高台まで道が伸びて畑が開かれている

愛媛県に属するからやはり柑橘類が栽培されている
果樹園だろうか

温暖な瀬戸内海の島ですが、この平和そうな景色を
眺めていると、ある映画のワンシーンが浮かんでくる

あの「裸の島」という映画である

新藤兼人監督、殿山泰司、乙羽信子の二人の夫婦が
毎日毎日舟で水を運び山頂まで担いで運び畑に水をやる

セリフもなく淡々と過酷な労働を無言で繰り返す生活

日本人の勤勉さ、が瀬戸内海の小さな貧しい島を舞台に
物語られている

今から50年ほど前に製作された作品である

映画の内容は忘れてしまったが、夫婦が汗を流し黙々と
働き続けるシーンばかりが深く刻まれている

この釣島には灯台がある

明治6年から照らし続けている、というからかなり歴史的なものだ

海、波、島、船、灯台、風、砂浜、漁火、網…

ロマンチックな響きがあるんだな

ぼんやりと海を見ていたい

でも、あの日(3.11)以来
大半の日本人は海が合わせ持つ残酷さといったものに
気がついて畏怖するようになったかもしれない

しかし、やはり憎い自然の脅威ではあるが住めばミヤコ、
長年住み慣れた故郷を今さら離れたくない

空の上から山や島、町、村を見ていると
何と人間はちっぽけな存在だろうか、なんて思う

     旅の宿

前回の旅は、朝食付の高級旅館での2泊だった
そして夕食は松山市内の繁華街で郷土食かお好みの料理店で
とるという予定だった

しかし、大街道付近の街を歩いたが
お目当ての店がひとつも見つからない
ガイドブックとは違ったりしていたので
そのうち、疲れてしまいごく普通の店に入ってしまった

その点で残念で心残りがあった

今回の旅の宿の選択は
道後温泉の中にあり本館が近いこと
食事が少量で旨そうなところだった

これまでたびたび温泉旅館へ宿泊したが
たいてい食べきれないほどの品数が並んで
手をつけないままに残してしまうことがあった

私たちは日頃から小食なので
旅行だからといってどんと食べられない

それより自分たちの好きなものを少しずつ
食べれたら十分満足なんだ

でも、どの旅館も豪華な夕食を準備しております
まるで宴会のような料理がズラリ

かといって朝食のみではまた前回の二の舞
温泉はホテルよりもやはり和室でくつろぎたい

そこで今回ネットから選んだ旅館は
食事が二つから選択できる軽めの夕食が
ついた○○ホテルだ

でもそれが大失敗だった

施設がかなり老朽化している
部屋の造りがかなり昔風
例えばトイレは和式便器にシャワートイレをくっつけたもの

壁は一部すき間があったり隣室の扉の開閉がよく聞こえたりと
快適空間には程遠い

だから比較的安価なんだ

肝心の食事も予想していたより悪い
応対する従業員が少ないうえ
料理が全体的に冷たくて

割子弁当のようにいろいろ並べて
見かけは一見良いが
味がさえない

でも、鯛飯や鯛の刺身などはさすがに美味い
瀬戸内の魚のおかげだろう

そういうわけで今回の旅は宿でガッカリだった

いつも思うのだが旅館は食事を
選択制にできないのだろうか

多くのメニューを準備する必要があることや
板前の人手不足もあり
けっこう難しいことかもしれないけどね

シティホテルの良さは、
宿泊と食事が別々になっていることだ

鞄を置いて気軽に街歩きし
素敵なレストランに入り
好きなものを好きなだけ注文する

贅沢も、質素も自分の体調、懐具合で何とでもなる
それがいいんだ


でも松山とは違い、一般的な温泉町となると
それほど街に食事処があるわけではない

最近はどこの温泉街も寂れてしまって、
外食するのは相当不便だ

大規模な温泉旅館では
土産から夜食まで全部旅館内で済むように
売店からカラオケ、喫茶、夜食コーナーまである

そうなると食事抜きの宿泊はとても苦労する

場合によってはコンビニ弁当で繋ぐことになり
トホホな旅になる

誰も日本のこういうシステムになぜノーと言わないのか

テレビの旅番組じゃないが
豪華ですばらしい宿ばかりじゃありません



ちょっと、「旅の宿」について考えてしまった

                 
       「松山・道後のんびり旅」 おわり

2011年5月 6日 (金)

松山・道後のんびり旅(6)

海が見てみたい

そう思っていた

海のない所で生まれ育った者にとって海はあこがれ

旅行先でも海が見えると「わー、海だ」と
素直に感激しちゃうのだ

松山も海がある
瀬戸内海だ

今回はのんびり旅だから
観光地らしくないごく普通の場所へも行ってみたい

路面電車の伊予鉄道は市内電車のほかに
高浜線という普通の路線もある

これに乗れば海岸線を走るから海が見えるぞ

というわけで大手町から乗り換えた

大手町は市内電車と高浜線が交差する珍しいところだ

線路がクロスしている
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電車同士でどちらが優先するか?
高浜線が走る時は遮断機が下りて
路面電車が待機して通過を待つのであります

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高浜行き電車の乗客は、ごく普段着の人がほとんどだった
すでに通勤時間が過ぎていたので車内は空いていた

三津駅を過ぎたあたりから海が見えてきた
終着駅の高浜駅で下車する
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木造の古い駅舎や駅名の文字がレトロで懐かしい

乗客はさっさとどこかにいってしまい
私とツレアイのみが残された

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これが高浜駅舎外観である

横断歩道を渡るとフェリー乗り場があり
2,3人が釣りを楽しんでいる
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何が釣れるのか
どことなくのんびりムードである

いいなあ、こういう風景
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桟橋から興居島(ごごしま)という比較的大きな島が見える

高浜港からフェリーで15分と近い

今横断しているフェリーは松山観光港から
九州へでも行くのだろうか

この左の方向に有名なターナー島が見えるはずだが
見逃してしまった
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夏目漱石の「坊っちゃん」にこの島、というか岩礁というか
がターナー島として登場する
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伊予鉄道に沿うように海岸線を県道19号線が走る
そこをしばらく歩いてみることにした

車は頻繁に通るが、トラックなどの大型は少なく
ほとんどが乗用車か軽トラ、など地元の車ですね

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高浜港の開港記念碑を見つけた

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山頭火の
「秋晴れ ひょいと四国へ渡って来た」の碑

そういえば放浪の俳人、種田山頭火も
晩年は松山で暮らしたんだ

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正岡子規の句碑もあった
「興居島へ 魚舟いそぐ 吹雪哉」

ちょっと歩いただけでいろいろありますね

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電車が時折走り抜けていきます

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次の駅に着きました
「梅津寺駅」です
ここは以前「梅津寺パークという遊園地があったそうである
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この駅のホームの後ろはすぐ海なんですね
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ホームに何やら看板が書いてありました
それにハンカチが数枚括りつけてあります
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近づいてみるとこうでした
平成3年フジテレビで放映された「東京ラブストーリー」の
ロケ地なんだって、知りませんでした

そういや、私このドラマ観てませんが
織田裕二と鈴木保奈美の
二人が主演して大ヒットしたとか

まあ、確かに人が少なくちょっとロマンティックといえば
言えなくもないが…

ハンカチを結ぶのは恋の絆?

ちなみに今日は誰もいませんでしたよ

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あの秋山兄弟の銅像が建っているんだって

そういや、松山を離れ東京に勉学に出る時
この松山港から出て行ったんだ

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近くの砂浜に降りてみる

砂がギュ、ギュと靴に食い込む
こういう感じが海を実感させるんだ

大きく深呼吸をしたくなる

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こんな海の見える踏切も絵になるし
ドラマのワンシーンによく出てきそうだ

結局、次の港山駅まで歩き再び電車に乗った

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知らない土地を歩くとすっかり異邦人の気分だ

どこか見たような風景に出くわすこともある
しかしちょっと変わっているところもある

どこも一緒かと思うと全く違う習慣もある

狭い日本とはいいつつ、多様な生活様式がある

歩いて、見て、聞いて、それを感じる

だから、
ぶらぶら気軽に歩くのも良いもんだ

                      もうちょっとつづく

2011年5月 2日 (月)

松山・道後のんびり旅(5)

 松山城に行ってみる

松山の街の魅力のひとつに
小高い山にそびえる松山城が見えることだ

路面電車からふと目を上にあげると
朝日に光る城郭が目に入る

前にも来たが時間がなくて
大慌てで天守を見て回った記憶がある

今回も城へ行ってみるか
Img_0862 

大街道で下車してロープウェイ乗り場まで歩く

最近「松山ロープウェイ街」としていろいろ店が増えてきた

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途中、東雲高校があった
どうやら女子高らしい

奥の方を見ると石垣の城門風で
いかにもお城下の学校といった趣がして面白い

ロープウェイで2分ちょっとで長者ケ平駅だ
マドンナファッションのガイド嬢が簡単な説明をする

女子大生のバイトだろうか

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松山城は昔のまま現存する天守がある12城のひとつ
しかも連立式天守は姫路城とこの松山城

それに石垣の美しさは見事だ

私の住む西美濃地方の近くにも立派な城が多い

とくに国宝の犬山城、彦根城は近いし
松本城は名古屋から中央線で
姫路城は東海道線で
すぐ行ってこられるから
天下の国宝4名城はたびたび
訪れている
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どこの城も石垣や天守、それにお堀、庭園など
いつの季節もそれぞれの魅力がある

また城にまつわる歴史ロマンなど分るとさらに楽しい
特に城は戦に対する防備、戦略を考えた設計、縄張りに
工夫をこらしているか想像しながら歩くのもよい

今回は天守に登るのはパスした


松山市立子規記念博物館


道後温泉にある子規記念博物館へ行く
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正岡子規を知るならここが1番だろう

館内はわりに空いていてゆっくり見ることができる
各コーナーにビデオがあり生い立ち、俳句、人間性など
分かりやすく紹介している

なかでも面白いのは
ペンネーム「子規」のひみつ

子規はホトトギスとも読むがホトトギスという鳥は
口の中が赤く鳴くと血を吐いているように見える

そこから肺結核で血を吐く自分のペンネームを
子規、を使ったの

また他にも
四国仙人、冷笑居士、野暮流、野球(のぼーる)
漱石、真棹家(まさおか)始め42個も考えたんだとか

圧巻は
絶筆三句で亡くなる直前に書いた句
「糸瓜咲て 痰のつまりし仏かな」など三句を妹や碧梧桐などの
助けをかりて描いた直筆(複製だけど)など

すさまじい俳句に対する執念というか熱意は
ど迫力で迫る

すさまじい、といえば
子規は最後まで大食漢で
食い意地のはった人だったようだ

それに金には随分むとんちゃくだったようだ

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愚陀仏庵(復元)

ここは夏目漱石が松山に居住していた家で、
子規もしばらく居候していた

ウナギを勝手に自分で注文して食い
漱石に払わせていた

こんなことはよくあったようだ

嵐山光三郎著「文人悪食(ぶんじんあくじき)」新潮文庫
が面白い
『…
随筆集「病床六尺」を表舞台とすれば、
公開するつもりもない秘密日記「仰臥漫録」は裏の告白である

この2冊を合わせて読むことによって死ぬ寸前の子規の
すさまじい苦痛、煩悶を知るのである…』

俳句など文学における子規の業績ももちろんだが
子規の人生が詰まっている博物館である

                     まだ つづくよ




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