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2010年7月11日 (日)

松江・出雲の旅(3)

松江城から出て内濠に沿って北に歩く

小泉八雲記念館がある
Img_2152

今どきの若者、小泉八雲なんて知ってるのかな
学校で教えるのだろうか?

本名ラフカディオ・ハーン
明治23年に英語教師として松江に着任
時に39歳

武家の娘・小泉セツと出合い、
のちに〈明治29年)結婚し
小泉八雲となる

私のイメージでは生涯、松江に住んでいたと思ってた
が、実際はたった1年3ヶ月しかいなかった

でも、松江や出雲、そしてなによりも日本が気に入った
これは、セツという女性の影響力が大きかったんだろう

八雲といえば「雪女」や「耳なし芳一」
のような怪談ものが有名だ

出雲地方には、死の国のイメージがある

山陰線安来と松江の間に「いや」という駅がある
「いや」といっても、「嫌よ」じゃなく「揖屋」

この駅近くに古事記で有名な「黄泉比良坂」がある
イザナギがイザナミに会いたくて
黄泉の国へ入っていく境界がここだという

真偽というより古代からこうした言い伝えがあった
出雲は今でもそういう神の国に近い風土がある

NHKの「ゲゲゲの女房」の水木しげるもどこかで
重なっている部分があるように感じられるのだが

死の国により近い〈感覚的にだが…)匂いのようなものがある

水木しげるの出身地・境港は鳥取県だが
松江とは隣接しているしね

明治や大正時代というのは
今よりもっと暗く湿っていたようだ

松江駅の書店で購入した
「松江・文学への旅」によれば
志賀直哉は「濠端の住まひ」で書いている

「夜遅く帰ってくる。入口の電燈に家守が幾疋かたかっている
…色々な虫が座敷の中に集まっていた。
蛾や甲虫や火取り虫が電燈の周りに渦巻いている。
    …    」
そのほか、殿様蛙、木の葉蛙などが住居に侵入してくるのだ

日本の怪談ものは、ジメジメした風土の中で生まれた
それに加えて自然に対する畏怖がある

藤岡大拙氏は
松江の人の特質として「受容の美学」がある、と述べている
古代に出雲族が大和勢力の前に屈し
「国譲り」した
このことが長い歴史のなかで人々の深層に沈下して
物静かでどことなく寂しげな人になった。 …

私は、これもあるだろうが波立つ宍道湖や
取り囲む山々、木々、湧きあがる雲といった風景が
大いに影響しているように思うがいかがかな

塩見縄手にある「武家屋敷」も見学した
当時の面影をよく残して時代がタイムスリップしたようだ
(車が頻繁に走り抜けることを除いて)
Img_2153

ただ、彦根城と比較するとどことなく暗い感じがする
宍道湖と琵琶湖の違いだろうか

〈続きは次回(4)へ〉

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