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2009年11月26日 (木)

なつかしい瓶入り牛乳

最近、見かけなくなったものに「瓶入り牛乳」がある

食品スーパーでは紙製のいわゆる牛乳パックがほぼ100%だ
さまざまなメーカーから販売されている


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育ち盛りの子供がいる家庭なんか大きな1000ミリリットルを何本も買っている

じゃあ、瓶入り牛乳は消滅したのか!
どっこい、まだ生きている

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これ、職場で飲んでいる、瓶入り牛乳です
宅配用で牛乳屋さんが毎日運んでくる
鉄、カルシウム入りの牛乳です
1本確か110円だった

ほぼ、毎日飲んでいる
夏など冷たく冷やしたのを10時頃持ってくるから
一気に飲んでしまう
うまい!

さすがにこの頃になると冷え過ぎて
少したってから飲むことにしている

紙パック製の牛乳より美味い、とおもう
口にあたる感じがよいからか微妙にうまい
紙パックにつているストローで飲むと何かまずいな

やっぱり牛乳は瓶入りだ

ずいぶん昔、TVドラマで「傷だらけの天使」を毎週やってましたが
主演の萩原健一が朝起きて冷蔵庫から瓶入り牛乳を取りだし
フタを無造作に開けて、クイッと飲みパンか何かを食べる
いつもオープニングはこれでしたね
あの軽快なテーマソングとともに思い出します
カッコよかったですわ

ワイルドな感じで、生きてる若者の実感が実にリアルでよかった

私は子供の頃、牛乳が大嫌いでしたね
あのころ学校給食での脱脂粉乳が不味くてね
独特の臭いがイヤでした
それに牛乳を飲むとよく下痢をしました

あれは体質らしいんですが、体の弱かった私でしたので
牛乳は体に良いからと母が宅配を取ってくれたんですが
すぐ止めてしまいました

ですから、あのドラマのシーンを見ると羨ましいやら
カッコイイやら、そんな気持ちでしたね

でも、いつ頃からか大人になって牛乳が飲めるようになりました
下痢もしなくなりました
体質って変わるんでしょうか

たまに銭湯に行ったとき「コーヒー牛乳」やら「フルーツ牛乳」など
飲みましたが、やはり瓶入りでした
あの味、何かなつかしいですね
今でも銭湯においてあるんでしょうか

駅の売店でも冬の寒い日にお湯の中に牛乳が入れてあり
温かい牛乳を飲んだこともありますが、
体があたたまりやさしい味でした

今は牛乳自体がほとんど置いてありません
自販機が街中にあふれてますが
牛乳はないですね

瓶入り牛乳ってなんとなく昭和の面影があるで
なつかしい味がしますね

2009年11月21日 (土)

お取り越し

今日、「お取り越し」でした
ム?おトリコシ?
何ですか、それ!

はあ、ご存じないかもしれませんが
これはわが家の毎年の行事のひとつなんですね。

うちは浄土真宗で、そのうち高田派なんです
本山は、三重県の津市、一身田の専修寺
まあ、本願寺派(お西)や大谷派(お東)の比べればこじんまりしてます
でも、歴史的には高田派はけっこう古いんだそうです

「お取り越し」っていうのは、
本当の意味も分からずに使ってますが、
広辞苑やら仏教の本などによりますと
親鸞聖人の御命日が11月28日なんだそうで、

まあ、その法事が「報恩講」といいまして
命日の1週間前から始まり
命日に当る日が最終日になりますが、
本山での最大の行事として毎年行われております

門徒であればこれにお参りするわけですから
末寺や自宅のお仏壇(お内仏)での同じ行事をそれより先に取り行うわけです
つまり、繰り上げて先に行うことを「お取り越し」っていうんだそうです

11月28日が親鸞聖人の御命日なんですが
これは旧暦ですので明治時代からの新暦では1月16日にあたります
なので、高田派や本願寺はこの日前1週間が報恩講になります

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それで、毎年早めにお寺に連絡してこの「お取り越し」の日程を決めます
わが家の場合、近所の門徒さんと3軒まとめて同じ日にお願いしています
今年は、11月21日の土曜日、すなわち今日になりました

毎年のこととはいえ、「お取り越し」の準備がけっこう大変なんですね
まず、お掃除です
座敷、玄関などや床の間、仏壇など周囲をきれいにします

仏具の「お磨き」もします
仏壇の飾りに使う五具足なんかピカピカに磨いたり
打ち敷きという飾りをセットします
でも今年は、仏壇を買い換えましたので楽でした
古い仏壇は、なんと灯明に油を使ってましたので
すすが出てよく汚れたんです

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昨日は、仏花やお華束(おけそく、という小さな丸いお餅)を買ってきました
床の間の掛け軸は「六字名号」(つまり南無阿弥陀仏)にします

ロウソクは赤
ご円さん(このあたりでは坊さんのことをこう呼ぶ)の座布団の準備
紫(青?)は仏壇の前、赤は床の間の前にセットする
お華束のほかにもお仏飯もお供えします

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あわただしく時間が過ぎていく
そして予定の時間どおりご円さんが登場となります

季節のごあいさつやら終わると早速ローソクや線香に火をつける
そして読経が始まります

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念仏正信偈(文類)から始まりました
我々もお経の本を手に一緒に詠む
独特の節回しはなかなか覚えられない
でも、なんか大きな声を出すことは気持ちがよいですね
「ナマンダブ、ナマンダブ」とお数珠を手に合わせます

そして30分ほどで終わります
お茶を飲んでもらい雑談をして、次のお宅に向かわれる
土日はご円さんも大忙しです

ヤレヤレ。
終わった。

取り越し苦労、って言葉があるけど
これは、この「お取り越し」からでているらしい
つまり先のことを今からあれこれ考えてクヨクヨすること
転じてムダな苦労をこういうらしい
ナルホド!

まあ、どちらにしてもこの「お取り越し」が終わると
いよいよ年末年始が近い、という実感がわいてくる

2009年11月19日 (木)

私の手帳

11月も半ば過ぎると、何となくあわただしい
もう今年も終わるし、来年の準備もしなきゃ

本屋に行くと来年2010年のカレンダーや手帳がずらり並んでいる

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「超整理手帳2010」
「夢をかなえる人の手帳2010」
「夢が勝手にかなう手帳2010」
「ほぼ日手帳公式ガイドブック」
「陰山手帳」
「勝間和代の人生戦略手帳」
「小室淑恵のライフバランス手帳」
なんじゃ これは?
どれもカラフルで夢や希望で一杯!

でも、多分すぐ挫折!だろうな、と思う
正月の初夢みたいなもんだ
三日坊主!

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で、普通のビジネスマン向きはこっちのほうだ
能率手帳やビジネス手帳

内容も様式もサイズもいろいろある
スケジュールを重視するものから、記録中心なもの
自由度が高いもの、年齢早見表や路線図が充実したもの
千差万別で選ぶのも困るほど並んでいる

で、私の場合はこれを買いました

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高橋書店発行の№103です
もう、毎年これに決めてます
といってもここ6年くらいですがこれを使ってます

特にこれに決めた理由は私にとって使いやすいということですね
左に1週間の予定もしくは記録、右のページは自由に使える罫線
たったそれだけのこと
まあ、シンプルですね

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で、この過去の手帳がこうして残してあります
2004年まであります
これ以前は、特にいろんな手帳を使っていたようです
頂きモノやらが多いんですが、
残っているのをみるとあまり記録してません

№103になってから何かと記録するようになりました
仕事のこと、失敗したこと
土日は遊びに行ったこと、家族の旅行
映画や読んだ本のこと、短い感想やら内容

親戚関係の祝い事、弔事なんかのこと
時々ウォーキングの記録
健康のこと、体調、病院、検査など
食べたもの、天候、台風、雪
社会の衝撃的事件、
ご近所の参加した行事
まあ、何でもありです。

でも、こうして振り返ってみると
1年が一冊に収まってしまうんですね
10年でもたった10冊
生まれてから死ぬまで記録しても
せいぜい100冊です
段ボール1箱もありません

そんな人生って、いったい!

昨日のことは覚えていても、二日前のことはもうはっきりしない
そうして毎日が過ぎて行ってしまう

まるで車窓から眺めている間に人生が終わってしまう
それほどに短いと感じてしまいます

でも、そうは言いつつ
2010年の手帳をまた買ってしまったのです!

なんて愚かな自分なんだ、と
また手帳にこんな感想を書いてしまいました。

2009年11月15日 (日)

その本、手にとってみませんか!(1)

トウトツですが本屋へ行くとなぜかトイレに行きたくなりませんか
図書館でもそうなんです
これって、私だけなんでしょうかね
どういうわけか、わかりませんが、とにかくそうなるんです

いつも行くのは、大垣駅アピオの三省堂かアクアウォークのアカデミアです
通勤帰りには、たいがい寄り道します
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毎月買う本は、最近では「文藝春秋」以前は「サライ」だった
時々買うのは、パソコン関係の雑誌たとえば「日経PC21」や「PCビギナーズ」
「アスキードットPC]なんか、以前は「YOMIURIPC](今は廃刊)もね

最近は「野菜だより」「やさい畑」を時々買ったりする
家庭菜園を少し前からやりだして、興味がわいてきたから
というより、わからないことが多すぎて勉強のためかな

ときどき、ふっとした思いつきで買ってしまう本がある
「衝動買い」っていうやつです

その中では、当たりもあればはずれもある
少し読んでそれっきりだったり、
ひどい時には買ったことさえ忘れてしまっていることがある

ずっとたって後に、また買ってしまったこともまれにある
赤瀬川原平「路上観察学入門」や
「古事記」
「日本史探訪20」など
今でも私の本棚に仲良く2冊ずつ鎮座してます

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私のブログの売りのひとつでもある「路上観察・街角のトマソン」
その師匠ともいえる赤瀬川さんの本を買ったのを忘れていたなんて

人間の記憶なんてそれくらい曖昧なんです
もっとも私は特に忘れっぽいタチなんですからしょうがないですが

ところで、本を買う場合にはきっかけがあります
ひとつは、何かで紹介なりされていて読んでみたいとおもった
もうひとつは、さきほどの「衝動買い」ですね

たとえば「文藝春秋」で半藤一利の「昭和史」がたびたび登場して
読みたいと思った
これは図書館で読みましたが
続編「昭和史・戦後編」(平凡社ライブラリー)は買いました

今度は「幕末史」が出ましたので図書館で借りました
この3冊を読み今までの歴史観が変わりましたね
日本の現代史なんて案外、みんな知らないんですよ

最近ではヒットです
つまり、私の硬直化しつつある脳を大いに刺激しましたし
眼が洗われたようで、
今の政治状況がずっとひとつに繋がったように思いましたね

衝動買いでは、やはり「路上観察学入門」ですね
本屋の立ち読みでなんとなく手に取った本であります
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赤瀬川原平、という名前はよく知ってました
この本を手にしたら何というか
こんな奇抜なこと思いつく奴は、よっぽど暇人か、酔狂か
奇人変人の類かなんて思いつつ、読んでいくほど
面白いのなんのって…

とくに後半、
実際に街を歩き、見つけたいわゆる「トマソン」といわれる物件の解説が
メチャ面白くてはまってしまったのです

それ以来、私は町を歩くときは絶えずデジカメを持ち、
裏道を抜け、古い建物や何でもない壊れた廃棄物なんかにも目を配って
トマソン探しをするようになりました

新しい未知の扉を開けてしまったのです
あのとき、1冊の本を手に取ったために

本屋や図書館は未知の世界への入口なのです
本棚にぎっしり並んであなたを待っているのです

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手にとって読んでみても何の興味もない本もあります
そもそも手に取りたくもない本も一杯あります

その中で、ホンの少しが、あなたの琴線に触れ
赤い糸で結ばれるのです

そして、未知の扉を開けて心ふるわせ進んでいく

明日は、どんな扉をあけるのかな?

                        (つづく)

2009年11月13日 (金)

モーニングコーヒー

名古屋のモーニングコーヒーサービス競争は有名な話だ
しかし、これは名古屋ばかりではない
この西濃地方も同じである

私が休日に利用する喫茶店もモーニングがでます
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コーヒーのほか、トースト、ミニミニうどん、プチケーキ、ゆで卵がサービスされる
これで360円とは「お値打ち」です
モーニングとあって、午前11時までに行けば必ずついてきます
断らない限りサービスがでてまいります

味もなかなか美味いし、なんか得したような気持ちになります
サービスのメニューは時々変わっています
フルーツやサラダだったり、小倉サンドが出たりします

朝飯代わりの人もいます
家族で来たり、主婦仲間、老人友達などいろいろです
スポーツ紙など朝刊、週刊誌、女性向けファッション雑誌などが自由に見れます
一人で来ても退屈しません

平日は、現場作業などの職人さんが集合する場所にもなっていたりします
聞いていると今日の作業の段取りや連絡事項などの話だったりします

主婦などは、ともかくうわさ話やら事件ネタ、ご近所の話題など飛び交ってます
老人クラブ連中は、糖尿だ、高血圧だ、あれが効く、これがよいなんて健康談議
一人だと新聞、雑誌を静かに読んでコーヒー飲んで満足げな表情してます

こうして午前中は一杯のお客がいます
しかし、11時を過ぎますと店内はガラガラになります

モーニングコーヒーはいわゆるこの名古屋、岐阜あたりを中心にした
ひとつの現象、というか文化ですよね
東京や大阪の都会ではコーヒー1杯が500円がざらで、サービスなんて何もありません

都会から来た人が、モーニングサービスをみてびっくりします
なんです、これは?
エッ!これで360円ですか!考えられません
これで採算合うのですか?

まぁ、損はしてないんでしょうね
名古屋は芸どころ、お茶どころなので、こうした喫茶店文化が盛んなのだ
という人もおります

でも西濃地方はどうみても芸どころとは違うと思いますね
私が思うに、
ご近所との付き合いがお互い家に上がりこんだりすることが少なく
いわば応接間代わりに喫茶店を利用しているんじゃないでしょうか

確かにお隣へ行ってお茶をごちそうになったなんてことありません
立ち話か、なんかで終わってますから

この近辺もずいぶん喫茶店多いですよ
他府県に出かけて喫茶店を探すのに苦労します
そう考えると、地方文化として自慢していいんじゃないでしょうか

2009年11月11日 (水)

暗い通勤

よく雨が降った
昨日、夕方から西濃地方では雨になった
夜中もけっこう雨足が強かった

朝、自宅を出る午前6時30分はまだ暗い
特に今日のような雨降りの朝は最悪だ
しっかりライトも点灯して走る
まるで夜と一緒だ
001

雨がフロントガラスにあたり音がする
対向車もほとんどがライトを点けている

今日の日の出は6時24分
12月になれば、もっと遅くなる
朝の出勤も帰りの帰宅の時もライト点灯だ

名古屋までの出勤は辛いものがある
しかし、これまで続けてきた

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マックはこうこうと灯りまばゆい
もう働いているんだ
毎日大変だ

大垣駅に着くとあちこちから人が集まってくる
スーツのビジネスマンがダントツだが学生、女性も混じる
始発の快速電車は発車5分前にはすでに満席だ

ほとんどが名古屋までの人だ
座りたいので早めの出勤する人が多い

出勤時間が遅くなると人も増えるし、車も増えてくる
岐阜や大垣近辺の職場はやはり車通勤が多い

国道21号線の交差点では渋滞が始まる
イライラすることが多くなるのでつい早めの出勤になる

毎日この朝晩の通勤時間を合計すると
人生の相当部分を使っていることになる

名古屋駅から改札をぬけて地下鉄へ向かうとき
不思議な思いがする

ああ、今日も一日が始まったのだなあ
昨日もここを歩いたが
昨日とは別の日なのだ
時間は何かクルクル回転しているようにみえる
しかし、本当はまっすぐ進んでいるのだ

そうやって確実に年月が過ぎてきた
妙なさみしさのようなものを感じる

そんな思いがするのも時はずれの雨のせいでしょうかね

2009年11月 6日 (金)

金生山

金生山(きんしょうざん)へ行った
久し振りだ
山は毎日眺めているのに
なかなか登る機会がない
登るといっても標高217メートルの小さな山だから
散歩程度で行くことができる

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金生山はよく目立つ
小さな山だが今やボコボコにされつつある
あちこちえぐられて可哀相なくらい傷だらけだ

山の形が変わり、そのうち消滅するだろうと言われている
山全体が石灰岩でできているから、石灰岩や大理石を採掘している
江戸時代のころから始まったらしい
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今でも山に沿うようにして石灰工場が立ち並びダンプが走りまわっている
JRの盲腸線である美濃赤坂線や西濃鉄道は石灰運搬のために
建設されたものである
今日でもまだ貨車が動いているようだ
機関車の「ピッ」という音が山の上でも聞こえてくる
011

いまでは大理石はほとんど掘りつくしたのかあまり聞かないけど
かつては国会議事堂や東京の有名デパートの壁に使用された

京都の北野天満宮にも大理石の黒い牛が寄進されているとか聞くが
実際、まだ見てはいないけどなかなかのものらしい
機会があれば見てみたいものだ

その金生山のふもとにあるのが赤坂町(現大垣市)
江戸の頃は、中山道赤坂宿として賑わっていた

谷汲巡礼街道の分岐点もここにある

徒歩ではその宿場から登る入口がある
車だと裏側、つまり西北から入る
急坂を上ると駐車場がある
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いきなり急坂だ
ここから見下ろす濃尾平野の景色が壮観だ
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真東に見える景色だ
遠くに形のよい山が岐阜市の金華山だ
稲葉山ともいい、織田信長で有名な城がある
007

上る坂道の西側は大きくえぐられ、谷底のようだ

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今日も採掘した石灰岩を工場に運ぶトラックが走る
金生山の上には明星輪寺がある

そこを目指して上る
その参道がある
013
かつては大勢の人が行き交ったであろう
いまは通る人もまばらだ
健康維持のための地元の人が時々通る

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かつての茶屋が2軒ほどあるが今は無人で、
竹藪もあったりして、一人ではなんか心配だし、
ちょっと不気味でもある

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ほどなくお寺の山門に到着する
「南無虚空蔵大菩薩」の幟が立っている

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山門を抜ける
大きな銀杏の木がある


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歴史の深さを感じる
銀杏の実が莚の上に干してある
お寺の副収入にするのだろうか

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ようやく本堂だ
真言宗・金生山明星輪寺である

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岩屋の中に掘りぬいた祠があり虚空蔵菩薩がまつられている
創建は古く朱鳥元年(686年)、持統天皇の勅願により
役の小角により本尊虚空蔵菩薩を安置した、といわれている

日本三大虚空蔵のひとつとか言われているが
まあ、地元ひいきで三大何とかに入れたがるから
何とも言えないが、あとのふたつはどこだろうかな

私たち、地元では「こくぞうさん」といつもそんな呼び方で親しまれている
確か昔、学校の遠足で来たような記憶がある
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本堂の上には岩巣公園がある
カルストの岩肌に虎?の彫り物があったりごつごつした岩が重なり合って
狭い間をすり抜けたり、ちょっとした探検気分が楽しめる

金生山は化石の宝庫でもある
その筋には詳しくないが、ウミユリ、フナズリなど貴重な化石が発掘され
化石研究家の間では有名な山である

もちろん今では化石の採集は禁止されている
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縁結び地蔵というのもある
どういうわけか湯呑を納めるのだそうな
婚活する前にまずここに願掛けする
で、願いが成就したら
お礼をいって湯呑を持ち帰るのだ

まだ相当湯呑があるってことは
成就せず、っていうことか
現状はかなり厳しいぞ
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大垣といえば、芭蕉の「奥の細道」だ
ここにも芭蕉の句碑がある

「はとのこえ みにしみわたる いわなかな」
元禄2年芭蕉が奥の細道から大垣に到着した夏に訪れた
鳩が鳴いていたのだろうか

金生山からは大垣市内や杭瀬川沿いの街並み
遠くは岐阜や天気が良ければ名古屋でも見える

真中の角が生えたようなビルは、大垣のソフトピアジャパンです
ハイテク産業が集積した新しい街です

002
久し振りの金生山に登り、
ちょっぴり懐かしかった。

一度のぼってみませんか


2009年11月 5日 (木)

柿泥棒だ!

今日の中日新聞朝刊にこんな記事があった

「富有柿1200個畑で盗まれる」

『瑞穂市重里で特産の「富有柿」が大量に盗まれたと警察に届け出があった
盗まれたのは約1200個(約7万円)
収穫に来た家の人が気がついた
大きさや熟度が収穫に適した実が、へた部分からきれいに切り取られていた
転売目的ではないかと警察ではみている
畑内には自由に出入りができる
10月29日午後2時までは異常はなかった』

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またか、と思う
金額にすれば、7万円だが農家の人にとってはくやしい
金額の問題じゃない
1年手塩にかけて育てた大事な柿なんだ
腹が立つと思うよ

1個や2個ならまあ許せるけど
1200個となるとこりゃ窃盗団だよ
30個入りの段ボールで40箱だ
闇ルートで売られるのだろう
許せん!

まあ、昔から西瓜泥棒やイチゴドロなどいたけど
だんだんとこざかしい手を使うプロ的犯罪が増えてきた
複数で動く組織があるのだろう

見守り隊でも作ってパトロールを強化しないことには駄目かもね
きっとまたどこかで被害が出るぞ!

いやな世の中ですね
心が侘びしくなりますわ

富有柿を守れ!

2009年11月 4日 (水)

寒くなりました!

寒くなりましたね 

昨日あたり強い風が吹いてこの秋一番の冷え込みだった
いよいよ冬の到来ですか

伊吹山も昨日、初冠雪で三合目までうっすら雪化粧したとか

006
今朝、大垣駅からはよく晴れて伊吹山がきれいに見えた
しかし、雪化粧まではよく見えなかったが…

月が朝日に照らされてほぼ満月で伊吹山の頭上にあった
芭蕉もこの取り合わせをみたらなんと読んだだろうか

我が家も昨日電気ストーブをとりあえず出しました
で、900ワットにして、洗濯機、衣類乾燥機も稼働して
洗面台のライトをつけた途端にブレイカーが飛んだ、というハプニング

そう、こんなこと前にもあったような気がする 

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 寒い中、出勤の車の中でまばゆい朝日を浴びる

日の出の時刻は6時17分
6時半過ぎに家を出ると田んぼの中から太陽が拝める
陽の光は生きるパワーを与えてくれるようだ

毎日、同じような繰り返しの生活をしているようだが、
確実に時は過ぎていく

あさの通勤ラッシュの中に自分も入り込む
騒々しい動きが始まる

これからどんどん冬に近づくと、コート、マフラー、手袋が欠かせない
寒さに弱い私にとって冬は嫌いな季節だ

しかし、寒い冬があるから、春を待つ心がわかるのであって
春夏秋冬の四季の変化は素直に受け入れたい

寒さはマイナスばかりではない
木や土や山や森、そして動物すべてが冬を過ごしまた新たな生を育む

冬はやはり寒いからいいのであって、おでんや鍋物、雪景色、温泉の湯けむりが
様になるのだ

だんだん自然がおかしくなってきている
快適な生活は自然を破壊していく

あまりに便利すぎて、本来人間が持つ動物的感覚を喪失していく

寒さを、目で見、耳で聞き、鼻で感じ、舌で知り、皮膚で知覚する
五感をもっと使い、自然の中で豊かさを感じ、感謝しながら生きていく
そういうこともやっぱり大事だよな、なんて思いました

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