« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2009年9月29日 (火)

郡上八幡のトマソン的散歩(その2)

郡上八幡は面白い街ですよ

ただし、トマソン的に歩かないとその魅力は
なかなかわかりましぇん

『固いポスト』です

Img_6512
何と固いポストでしょうか
石製でっす
酔っ払いが足でけっても平気です
でも、あの赤いポストではないんですよ
個人の郵便ポストですから
間違えて投函しないように注意しましょう

『子ども 2題』

Img_6504
汚れた運動靴が洗って干してあります
石を下に敷いてありますね
お母さんのちょっとした心遣いが感じられます

Img_6520
忘れ物でしょうか?
イボイボ付きの風船が石垣の上にありました

風船遊びに夢中でしたが、
フト違う遊びに関心が向いて
忘れていったものを、誰かが拾い上げてここに置いた
ちょっとした大人のやさしさ
心遣いがここにもありました
何かほのぼのとした光景です

郡上八幡は子どもを見る眼がやさしいね

『無用階段』
「いがわこみち」という散歩道があります
そこで見たものは?

Img_6546
そうです
ついに出ました
これこそ純粋トマソン物件
「無用階段」なんです
Img_6543

この木製の階段の先に木製の塀があります
しかし、扉がないのです
つまり役立たない、無用の階段です
何のためにこんなりっぱなもの作っちゃったんでしょうね

『ゆきすぎた親切』
これ有料駐車場です
とにかく、口うるさいんです
イヤ、しゃべってるわけじゃないんですが
とにかく、観光客から聞かれることを
全部まとめて書いちゃいました

もう答えたくないんですね
疲れちゃって!

Img_6496 
ようきとくれたんな 踊る街

『ボットリって?』

Img_6517
意味不明な俳句
ボットリって何だ?

『混迷した師匠?』
Img_6497
きもの専門学院でもあり
ピアノ教室もあり
書道もあります
で、師匠もこんがらかってしまいました
「り」「大」も堂々たる作品です
名前付きで張られて
自慢していいやら、恥ずかしいやら
小さな城下町にはまだ親密な地域密着型の商売が通用してます
なつかしい風景です

いや~、郡上八幡散歩はじつに楽しい
あなたも、ブラリどうですか?

2009年9月28日 (月)

郡上八幡のトマソン的散歩(その1)

郡上八幡を散歩した
もちろんトマソン的散歩だ
Img_6477
おなじみの吉田川
この橋から少年が飛び込む
おっさんが一人釣りをしていた
ほとんど釣れた様子はない
なんだかユーモラスな光景だった

郡上八幡と言えば何といっても「郡上踊り」だ
Img_6469
街を歩いていると
夏の徹夜おどりの余韻が今でも聞こえてくるような気がする

Img_6452
城下町でこうした街並みが広がる
あちこちに用水路が流れている

Img_6501

宗祇水を見に行く途中だった

Img_6488
道路わきのかわいい水路に
「さわるなキケン」

よくみると
小さな水車がコトコト回っている
配線がしてあり左の灯りにつながってる
ミニ水力発電だ

おお、まさにエコ的発想ですな
これを考えて作った人に座布団1枚あげましょう

Img_6490

さてと、これがあの有名な「宗祇水」だ

Img_6491
水がどんどん湧いているかと思ったがそうでもなかった
どこかの団体さんもドヤドヤやって来て
「何だ」というような顔してさっさと行ってしまった

Img_6528

でもこういう街はブラブラ適当に歩くのが楽しい
何やらトマソンが発見できそうな予感がする

『悩めるポストマン』

Img_6454
一体いくつあるの?
どこに入れたらいいの?
家族一人づつのマイポストかな
こんな家が増えたら、と思うとノイローゼになっちゃうぞ!



工事施工記念の手形』

Img_6464
何でもないごく普通の家の壁ですが
よ~く見ると
Img_6465
和田工事店
昭和53年4月8日水曜日5時50分。と書いてあり
おまけに手形まで残してある

よほど仕事に自信があったのか
単なる売名行為か
そこんところが不明です。(笑い)
                      (続く)

2009年9月27日 (日)

一人逃げた?

Img_6550
お馴染みの商売繁盛の神さま・お千代保稲荷
いつも参拝客でにぎわっております

いろんなお店が立ち並び参拝の行き帰りに
ひやかすのが楽しい

店頭にはいろいろなものが飾ってあります
招き猫やらビリケンさんやら商売繁盛に関係したものが多い

で、こんなものがありました。
Img_6560_2
おなじみ宝船です
「七福人が乗ってます」
と、思いきや
よ~く数えてみると一人足りません

左から恵比寿さんでしょ
大黒さん
布袋さん
なんか空白があって毘沙門天
紅一点の弁財天さま
寿老人で六人だ

誰がいない?

福禄寿さんか!
真中に席があるのにどこへ?

このままだと六福寿だよ!

腹へってお千代保名物の串カツ食べに行ってる?
まさかァ

それともそろそろ政権交代で年寄は引退しろ!
という世間の声に居づらくなったのかも

つまり、神世界でも世代交代の波がやってきたのか

そうなると、次に寿老人でしょ
恵比寿、大黒、布袋と次々引退表明して
船には弁天さまと毘沙門天の二人になってしまいますぞ

次に仲間入りする次世代の神さまは誰だろうか。

(海津市平田町)

2009年9月24日 (木)

大垣北口・南北自由通路開通!

9月19日正午に大垣駅北口が新しくなって供用開始
当日は記念式典があったようだが行けなかった

シルバーウィークには
何かと雑用ばかりで利用する機会がなく
遅まきながら行ってきました

外観は全体的に明るくシンプルです

最近のJR東海の駅はみんなこんなイメージですね
まあ、しょうがないですがね
Img_6432
北口の駅前広場ロータリーはまだ未整備で
数年かかり平成25年ころ、完成するらしい

今は仮設の通路である

Img_6433

壁にはこんな表示が出ている

Img_6435
エスカレーターで上がると広い通路が目に入ってくる

「水都ブリッジ」という愛称の南北自由通路だ
両面がガラス張りで展望がよい

ただ、つきあたりが以前のままで狭い

Img_6437
樽見鉄道の電車が停車しているのがよく見える
新しい眺めだ

Img_6436 
そして、こちらはアクアウォークに通じる通路だ

Img_6447
気持のいい通路で解放感がある
ただ、これからの季節はどうだろう
冬の伊吹おろしがまともに吹き付けて寒いだろうな

Img_6445
アクアへの通路の真っ直ぐ北にぶつかると
駐車場が遠くまで広がっている
左に黄色い建物がどんと印象的に迫る
この景観もなかなか見ごたえがあるぞ

Img_6450 
波打つ屋根も水のイメージだろうか

Img_6449
夜には柔らかい光が通路を照らすだろう

Img_6443
北口のすぐ前にある交差点だ
つい数日前まではこの交差点を渡っていた
右の囲いは駅前広場の工事のためのものだ
少し視点を変え、高いところから見ると
まるで違った都市のようで不思議な感じがする

大垣を離れて暮らしている人が久しぶりに帰郷してみると
すこしびっくりするかもしれない

アクアウオークができる前
つまり近江絹糸の工場があったころの
北口のイメージを想い浮かべてください

様変わりしてますよね

でも相変わらず南口からの駅前商店街は廃れてます

駅前のイメージは街の顔ですから大切なんです
南口も2~3階に大きなガラス窓で開放して
駅前商店街が一望できるようにしたらどうかな

人は高いところが好きなんです
鳥になった視点でみたいのです

それとも北口の西側に高層ビルでも建ててみてはいかがかな

つい岐阜の駅前と比較してしまいます
ずいぶん差がついてしまいました
やはり、西濃の玄関口である大垣駅前が元気で
活気を取り戻してもらいたいですねImg_6440
旧の通路は工事用のフェンスが組まれて通行禁止になってしまいました

もう何十年も歩いた通路がそのうち解体され姿も消すだろう
そして人々の記憶からも徐々に消えていく
ちょっぴりさみしい
長い間、お世話になりました
ありがとう

2009年9月12日 (土)

こんなものが出てきたぞ「アエラ・創刊号」

廃品回収に出そうと古い本や雑誌を整理処分していたらこんな雑誌が出てきた

005_sp0000
1988年(昭和63年)5月24日、「アエラ」創刊号です
1冊300円でした

今年で20年になる。
雑誌の廃刊が続く中ではよく頑張っている

懐かしいので、ちょっと読み返してみた

表紙はノーベル賞受賞の利根川進さん
撮影は坂田栄一郎さん

この表紙を集めた写真集「LOVE CALL」が創刊20周年記念出版された

ちなみにこの「アエラ」という名は
Asahi Shimbun  Extra Report  Analysis
朝日新聞報道・分析特別版ということで
ラテン語では「時代」の意味だと
創刊号の編集長(富岡隆夫)が書いている

記事は
「よど号」事件少年犯人の密入国
ソ連軍アフガニスタンの敗北
税制改革「笑顔の恫喝」
など
なんかピンとこない
大昔の歴史的な時代になっているんだ

そのころ私が楽しみにし、最初に読んだのが
「現代の肖像」だった

創刊号では「政界の暴れん坊を支えたハマコーの妻」が登場した

冒頭に
「現代はどんな時代なのだろう。
様々な人物に光をあてて、浮かび上がってくる肖像を通して
現代の意味を探る。
読み切りの人物ノンフィクション。
気鋭のライターと本社記者による競作シリーズである。」

そのころは、ずいぶん買っていたなあ
しかし所詮週刊誌だからたまり過ぎたら捨てる
でも「現代の肖像」だけビリビリ破いてファイルしていた

これだけはまだ捨てられず持っているんだ
たとえば
田原総一郎「金に興味はない。金を作っている人間に興味がある」
李 麗仙「紅テントがなくても、私は私」
植木 等「紅白を独占した初老のスーダラ男」

なぜ、今この人が注目を浴びるのだろう
それが今という時代にふさわしいからだろう

まあ、とれとれの鮮魚みたいに光っていたのだろうなあ

激動の昭和という時代の終わりに創刊されたアエラ
そして平成になって
バブルの時代、9.11、サブプライムなどなど
世界はどこ向いて走っているのかわからなくなってしまった

いつのまにかアエラから遠ざかってしまった
最近アエラは本屋の立ち読みか図書館で借りるくらいだ

最近の記事

たとえば2009年5月4日号
「40代vs20代の婚活闘争」
「草彅 剛容疑者・淋しき泥酔」

2009年7月6日号
「時間地価で割安駅探す」
「草食カレと結婚したい」

とにかく、新コピーの氾濫で、なんでも現象、ブーム
しかし本当にそうなの?という疑問符がつく記事

Aさん、Bさんのインタビューやらアンケート調査とかでいかにも
もっともらしく装っているけど
東京という大都会の偏った部分でしか見ていないのではないか

あまりに最先端のハヤリ言葉の遊びとしか思われないのだ

まあ週刊誌はとにかく売らなきゃならないので
やたらに新しいコピーやらトレンドを売り込んでいる

最近「月刊ジュニアエラ」という小中学生向けの月刊誌も創刊された

行け行けどんどんだ

でも、私としては、けっきょく着いていけないね

なぜだろう

「アエラ」という名づけ親の眞木 準さんはコピーライターだったが
当初、読みにくい、わかりにくいという声が多かったらしい
彼は、読みにくいほど忘れないので差別化できるんです」と納得させたとか

そして「最近はブログなどの流行で言葉が軽んじられ、
イージーなキャッチが氾濫している」と心配していた

その眞木さんが6月に亡くなった




2009年9月10日 (木)

秋ですね

秋ですね

Img_6323
くっきりした空の深みとすじ状の雲
日差しは暑くても、通り抜ける風はすっかり秋そのもの

今年は夏の強い実感もわずかなもので終わった
季節は着実に進んでいる

こんな年にもなってこの時季はいつもどこか寂しい
ほとんど裸に近い服装で過ごしてきたが、
昨夜あたりは薄い毛布はかけ
通勤電車の冷風も肌寒さを感じてきた

「今はもう秋、だれもいない海~」なんて歌が
なぜかいつも想い出させる
開放的な夏が終りを告げ、自然も冬に向かって準備を始める
毎年、同じ繰り返しなのに
心が寂しい

ところで
今日は「世界自殺予防デー」とか
日本は毎年3万人以上自殺者がでている
交通事故死が1万人を切っているからその3倍もの人だ

先の見通しの暗さ、不安、そして苦しみ
高齢者は病苦、中年は生活の、若年層は生きていく将来への展望の暗さ
いずれにしても社会がいかに閉塞状態にあるか

市場原理主義のやり過ぎ
何にもどこにも生きがいを見いだせない現状
特に地方の疲弊しきった現状は政治不信どころではない
戦後、がむしゃらに働きぬいた末に手にしたものは
何だったのか

今回の政権交代は、やり場のない抗議のひとつだろう
そう思う

半藤一利の「日本のいちばん長い日」(文藝春秋社)を読んだ

8月15日の終戦決定まですんなり進むことはなかった
時々刻々、薄氷を踏むような危うげなドラマが繰り広げられていた
天皇を守るべき近衛兵の宮城占拠事件も起きた

あくまで天皇制を維持していくため本土決戦すべし、
敗戦を認めるなどありえない、という軍人らがいた

8月14日にも空襲があった
15日にポツダム宣言を受諾せねば
大編隊の空襲が日本に向けて発進していたから
受諾の電報があと少し遅れたなら
さらに多くの都市が焦土と化し
多くの人が犠牲になっていただろう

8月15日正午、天皇自らの玉音放送により戦争は終わった
そいて、アメリカ占領軍が進攻しマッカーサー元帥が乗り込んできた
そこから戦後が始まった

私の生まれる前の出来事で両親から断片的に聞かされた
多くの人はその裏で何が起こっていたのか知らなかったのだ
多くは口をつむった

今という時代は過去から連綿と続いてきた結果なのだ

沖縄問題、核兵器、二つの朝鮮、北方領土問題、憲法改正問題など
すべての重い課題は、なかなか解決されない

たとえ民主党政権になってもそう簡単にはいかないだろう
国際的な中で日本だけ安閑としていては孤立してしまい
再び日本が非難されるだろう

私自身、生まれる前の日本、そしてその後の日本をよく知らなかった
NHK大河ドラマは戦国時代や幕末時代はよく登場するが
明治以降はあまり出てこない

特に昭和という時代は激動し、まだ隠された部分があるので
ドラマ化が難しいのだろう

今年は特にあの戦争とはいったい何だったのか、を見つめる本が
多く書店に並んだようだ

それは、私のようないわゆる戦後生まれの団塊前後の世代が
次々現役からリタイヤし、ふと我に返ったときに
自分の生きてきた半生を思い起こしてみる、と
どこか「これでよかったのだろうか」という疑問や
がむしゃらに働いた結果が今の現状という寂しさが
遅まきながらの「自分探し」の旅にかりだしたのかもしれない

ああ、
今年も秋が来た






2009年9月 6日 (日)

根尾川の鮎料理

残暑が厳しいですね
体がなんとなくだるいし食欲がない
夏バテかな

そこでお昼に鮎料理を食べに行った
今回はちょっと違う場所へ行ってみようと思った

揖斐川の支流・根尾川も鮎で有名な川で
シーズンともなると大勢の釣り人で賑わう

Img_6317

その中ではたぶん最南端に位置するだろう「下磯やな」に行ってみた
県道岐阜関ヶ原線(53号線)が根尾川を渡る
ちょうどその北にあるお店である

Img_6316
東にはリバーサイドモールの大観覧車が見える
河川敷に建てられた仮設の料理店である

夏休みも終わっての平日の昼過ぎだったので客は4~5組
ほとんどが家族連れだ
Img_6315

ここは山間部と違って山もなくせせらぎの音もない
雑草に周囲をとり囲まれた平坦な場所で遊び的な要素はない
堤防沿いをダンプカーが時折走り抜けていく

でも、近いのでちょっと出かけるには便利なところだ

コースは、特コース3600円からAコース、Bコース
とCコース2500円までの4コースあります

Cコースは煮魚2尾、塩焼2尾、魚田1尾、フライ1尾、鮎雑炊の5品
Bコース以上からは刺身も付いて6品になります

A、特コースは魚が大きくなるらしい

注文するとすぐ出てきたのが煮付だ
Img_6306

甘辛く身が締まって美味い
ちょっと小さめの鮎だ

少し待つと塩焼が登場する
Img_6309
手で頭と尾をつまんでアツアツをガブリと噛みつく
皮がパリパリで中はふんわりの焼き立てだ
これ以上の味はない
肝や胃など少し苦めだがこれも食べてみる

やはり家庭で調理する塩焼とは雲泥の差
真似ができない

鮎は塩焼に始まり塩焼に終わるというくらい
塩焼は鮎料理の王道でありますね
Img_6310

次に出るのが魚田
甘味噌が乗せてありこれまた鮎とよくあいます

Img_6313

そして次にフライ
鮎が開いてあり頭を残しての形だ
アツアツが出てくるから衣がパリパリだ
中からジュワーと鮎の旨みがしみでてくる
満足満足
Img_6314

最後は鮎雑炊だ
子鍋に入った鮎の身をほぐした雑炊が入っている
茶碗にすくって刻みネギを乗っける
ザザッと一気にかけこむ
2杯はあっという間だ
満腹だ

ことし始めての鮎のやな料理だった
これからますます脂が乗って子持ち鮎になって
さらに美味くなるはず
今秋、もう一度行きたい、と思っている

2009年9月 3日 (木)

大垣駅北口が9月19日いよいよオープン!

工事中だった大垣駅の北口がいよいよ新装されオープンする

Img_6286
北玄関口が見える
ガラス張りでシンプルな感じだ
Img_6284
既設の通路からみた堂々たる歩道橋だ
「スイトブリッジ」の愛称まで付いた
Img_6277_3
ショッピングセンター「アクアウォーク」への連絡通路も
同時オープンである
すっきりした開放的な通路である
Img_6281

9月19日(土曜日)の正午に運用開始される
Img_6287
長い連絡通路だ
しかし、駅が2階だからそのままアクアに直行できる
この効果は絶大であろう
今は一度下に降り信号を渡って歩かねばならなかった
それが止まらず歩いて行けるのだ
Img_6278
うれしい
今夜、始めて?照明が入った
Img_6291
オープンに向けて入念に点検が行われている
じつに明るい
Img_6296
北口駅の正面である
エスカレーターもピカピカ光ってる
Img_6282
今まで利用した北口駅
公衆電話や右にあるトイレも9月20日に閉鎖される
Img_6283
もちろん通路も完全閉鎖だ
何十年も朝晩通った通路ももはや通れなくなるとさみしい
酔っ払いやストレス学生?によく落書きやキックされ
穴が開けられた
その度にボードからうすい鉄板に変身していく
広告もだんだん減り単調な通路だった
それでも無くなることは少しさみしいものだ
Img_6292_sp0000

こんな看板も張り出されいよいよだ
あと2週間、この通路を懐かしみながら歩こう

北口駅の広場はまだこれから撤去され、
平成25年には新たな広場が完成する

この秋、大垣駅は政界と同様、大きくチェンジされる

« 2009年8月 | トップページ | 2009年10月 »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

日本ブログ村

最近のトラックバック

無料ブログはココログ