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2009年7月29日 (水)

『サライ」の表紙を飾った西美濃の風景『水まんじゅう』

1996年8月15日号の「サライ」である
サライファンである私だから
バックナンバーが相当あったが数年前に
保管場所に困って廃品回収に出してしまった

が、これは偶然、わが家に残っていた
もう、13年も前に発行された雑誌だ

特集 「水が旨さの調味料
    名水が作った絶品の味」

  見事、その表紙を飾ったいかにも涼しげな写真である
 
 夏の大垣の風物詩・水まんじゅうが汲み上げられた井戸水で
 冷やされて、思わず口にしたくなる

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本文には。本家・金蝶園が出てくるが
大垣市内の和菓子屋ではこの水まんじゅうを作る店が多い

大垣は水都ともいわれ、水が豊富である
自噴水が湧き出て冷たくておいしい

特に加賀野八幡神社はいつもポリタンク持参で
遠く名古屋からでも汲みにくる常連さんも多い

冷たい水で冷やされた水まんじゅうは器からころりと出され
お皿に少し水を含ませてつるりとした食感を楽しむのだ

そういえば、今朝NHKだったかテレビの天気予報番組で
この自噴水がコンコンと湧き出るところが写ってましたね

サライのこの名水特集には秋田の「とんぶり」福島の「水そば」
京都の「鮎」「豆腐」伊丹の「地ビール」など取り上げてました

水は命の根源です

しかも美味い飲み水はどこにでもあるわけではないんです

金さえ出せば何でも手に入るという風潮のなか
美味しい水はそう簡単に
手に入るわけではないのです

大垣も一時は工業用水の汲み上げで、井戸が枯渇し
危機に瀕したことがありました

そうした反省もあって今、水の都といわれるのです

それには、水田や小川、山林、里山など
保水し浄化するという水の循環システムの大切な自然です

その自然を壊すのも守るのも人なんです

山に住む人の生活があって都会の水が守られるのです
切捨ては結局、自然がしっぺ返しをします

暴力的で人間を襲うのもまた水です
大垣は水都でもあり水害の街でもありました

先人達の努力で今の平穏?があるのですよ

最近、やたらに「名水」なんてもてはやされますが
美味しい水はずっと昔から求められていたんです

山本一力の小説「道三掘のさくら」なんてそのものです
江戸の町、美味い水をとことん追求して頑張る職人の情景
水道関係者じゃなくてもぐっときますね

わが家の水道も地下水ですので
夏なんか蛇口を捻ると
冷たいのなんのって。
朝、顔を洗えば目がばっちり醒めますし
そのまま口につけて飲んでも美味いです

それだけでもなんか幸せ気分です

でも、カルキが時々ちょっと強かったりします
水源に近いとどうしてもそうなりますけど
水道法も見直してもいいんんじゃないでしょうか

ともかく13年前の「サライ」を偶然見つけて
雑念があれこれ浮かんできて

時間の流れとともに
懐かしいあの頃を思い出し

いろいろ複雑なタメイキまじりで
「時代おくれ」の一つでも
口ずさんでみたくなる心境でした

2009年7月20日 (月)

「生」の不思議?

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通勤電車でいつも見かける家

白い壁になぜか「生」の一字

不思議に思うんです

まさか「生」って会社名じゃないだろうし

最近「生」ブームなんで、それと関係あるんでしょうか

生チョコ、生キャラメルなんて、

そう美味しいのでしょうかね

生ミルキーなんてのもあるそうですし
何でも「生」つけると売れるんですよ

といっても、そう珍しいことないですよね
生牡蠣‥あたると大変。
生ビール‥まさに夏は生です
生ジュース‥健康ブームで缶詰はダメ
生クリーム‥ケーキもほとんどこれです
生せんべい‥やわらかいお煎餅も美味いです
生野菜‥若い女性はサラダが大好き

飲み食い以外にもあります
生足‥女子高生?
生コン‥固まっていないコンクリート

ああ、だんだんつまんなくなってきて生あくびが出そう
このブログもなんか最近生ぬるいし‥

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それにしても、この建物は何でしょう?
「生」とわざわざ看板までつけてナニが言いたいのでしょうか

いつもこれを見ると、何だろう?といろいろ想像しちゃいます

まあ、理由が分かれば「なんだ!そういうことだったのか」なんて
がっかりすることになるから

謎は謎のままにしておき、楽しみましょうかね

                  (JR東海道線・大垣市付近の車窓)

2009年7月17日 (金)

高野山へ行った

世界遺産・高野山へ行った

といってもバス会社募集の日帰りの安直な旅
まあ、雰囲気だけでも感じてきましょうという程度であったのだが。

(でも、もう少し期待しておったが‥)

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大垣を8時頃出発する。
お客はもちろんアラ還以上で夫婦連れが多い

20数人でゆったりした車内
バスガイドなし。ただし運転手が二人で交代する

それにしても、とにかく高野山は遠い
紀の国・和歌山県の山岳地帯にあるんだ

日帰りで行くのが無謀といえば無謀かも

バスツアー名も
世界遺産高野山奥の院めぐりと四国西国霊場お砂踏み」
という長ったらしいタイトルだ

大垣から国道258号線を走り桑名東ICから東名阪道、
さらに亀山ICから名阪国道、天理、橿原、御所を経て
五条北ICから京奈和道で高野口大野ICをでて紀ノ川を渡り
高野山道路を登って高野町に到着するのだ。

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途中2回のトイレ休憩のみで、とにかくバスはひた走る
それでやっと午後1時ころ到着した

ざっと4時間もバスの中。往復で8時間ダァ!

アラ70のおばあさん達はその間ずっとおしゃべりしっぱなし
同級生か?やはりアラ70の3人の男は酒を飲んだり
菓子食べたり、あとの人らも何か飲み食いしたり
外の景色眺めたり
眠ったりの時間つぶしに暇もてあまし気味
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じっとしていてはエコノミック症候群になりかねない状態
弘法大師に導かれへたすると
そのまま冥界へストレート直行の旅!
なんて冗談にもならん

まあ、全員無事に高野山についてやれやれという間もなく
すぐお昼ご飯です
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「宿坊赤松院での精進料理の昼食」なんて書いてあるから
少し期待してました
でもアレレ。
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ホント、情けない素朴な精進料理に間違いナシ!
お腹空いておりましたので完食はいたしましたが
あわただしさと日帰りバスの旅につきものの昼食のトホホ感
連れあいは、ガッカリした顔で少し手をつけただけ。

観光案内書に見る宿坊でのいわゆる精進料理の面影はドコにもなし
まあ、腹を立ててみてもしょうがない

昼食もそこそこにお寺の説明と参拝
また、バスに乗って3分。奥の院の駐車場に着く
ここでは高野山の専門ガイド(男)がついて案内してもらう
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このガイドが、なんとなく彦麻呂似で
話しっぷりはきみまろ風お笑い解説

とにかく、次から次へと説明が続き、
笑わせたり、有り難がらせたりでサービス精神は大盛だが
全神経を耳に集めていないと話題から取り残されて、ダメ印
他を見たり考えたりする余裕すらない

洗脳とはチト言い過ぎだが、くたびれる

ともかく、こんな調子だ

「天国と地獄」というのはおかしいのですよ
天国はキリスト教ですよ、仏教では極楽とか、お浄土ですよ

今日、皆さん、お数珠を持ってきた方、何人みえます?
11人ですか!あと手ぶらですか!

数珠、どうやって持ちます
こうやるんですよ、いいですか。


こんな具合に話の機関銃。バババ

もちろん私らは落ちこぼれで、後ろのほうにいます
すると
「あなた、もっと前に来て。ここ空いてるよ」
とにかく指図されるし、ありがたい豆知識をどんどん
投げつけてくれますがね

アラ還の認知症気味の私らには、ちと荷が重過ぎる

もっとゆっくり、少しだけでいいので
お家に帰ってもちゃんと覚えていられることをお願いしますわ
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まあ、そんな風にして奥の院を歩きます
とにかく右も左もお墓、お墓の団地です
もはや空きはなさそう。朽ちたお墓もあるし、最近のもあります
ナントカ工業とかの企業の物故者、
謙信、信長、秀吉、前田家なんて歴史的な武将から
芭蕉やら、戦没者慰霊塔、となんでもあり宗派も問わずです

古いお墓はいわゆる五輪塔で苔なんか生えて歴史を感じますね
それに敵味方どうしで闘った人が冥界では仲良くしてるんでしょうか

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耳も足も疲れたが、周囲に樹齢何百年という大杉が立ち並び、
大きく手を触れて元気を貰うのが精一杯の行為

あたりを死者の霊が飛び回っているようでもあり、
まさに魔界というのか霊場というのか、
確かに何か異様な雰囲気が漂い
とても一人では歩けそうもない

随分、歩いて奥の院の燈篭堂
その奥に弘法さんの御廟がある
空海すなわち弘法大師が即身成仏されたのが835年
それから仏の世界で生きておられ、毎日食事も運ばれているとか
その御廟前で手を合わせて
いわれたとおりに「南無大師遍照金剛」を唱える

でもちょっと、私ら浄土真宗門徒としては、多少抵抗感があります
まあ、空海さんは日本の仏教の先達ですから、親鸞さんも
ダメなんておっしゃらないはず。
心広いお方のはずだからね。
帰りは同じ道は通ってはいけないらしい
また、別のコースで駐車場まで歩く

さて次は、お砂踏み。
奥の院からまたバスに乗って数分のお寺・持明院
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弘法大師の四国88箇所と西国33箇所観音霊場が
ひとつにまとめられたところがあるのだ
石仏が1番札所から並び、その下に白い砂利石がある
手を合わせ足を白石に軽く乗せる

柔和なお顔や邪気払うお不動さま、お地蔵さま、十一面観音様など
一つづつ違うのだ。

例のヒコマロガイドが「セントレア空港に出張してお砂踏みをやりましたら
30万人の人が来ました」と自慢げに話す

ここをお参りしましたという印が必要な方は受付で200円で出します
何でもお金だ。
ハイ、パス!
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それにしても「高野槙」というのは美しい
木曽五木にある「コウヤマキ」と違うのだろうか

それともここが本場だから黄緑色が瑞々しくて
チョッピリ感動したな。

次はショッピング
またバスで数分のとあるお土産店で下車
高野豆腐は絶対買いといきたいところだが
ふだんあまり好きじゃないから
胡麻豆腐、佃煮(麩でつくったもの)を買う

土産といっても最近食べ物以外あまり買わないことにしている

個人での旅なら町を歩いて気にいった店に入って
ゆっくり吟味してなんてできるが、パック旅行はそれがダメ
この店以外寄る時間がない

再びバスの人になる
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「高野山の本当のお寺はどこ?」と、連れが聞く
「ああ、金剛峯寺だけど、今日は行かなかったな」

じゃ、ナニを見て来たわけ?と原点にもどると
けっこう思いつきであったとしばし反省?

そんなわけで高野山の日帰り旅行は
究極の目的もあいまいなままに帰途についたのでありました

高野山の奥の院やお砂踏みは
ちょっと私には
俗世への欲がまだまだありすぎて
真摯な気持ちで極楽浄土での再生を願うとため
手をあわせるまでには至らず
観光気分で世界遺産の風景、うまい精進料理なんて
いうことばかりで、少し安直な手段を選んでしまったようです

ただ、往復のバスの車窓からみる南大和の素晴らしい山並み
独特な大和の民家の瓦や白壁の美しいフォルムが
印象強く、ああこの辺りをのんびり歩いてみたいな
それが、今回の思いがけない収穫でありました
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高野山は明治まで女人禁制の真言宗の山岳の修行の場であり
気軽に来るところではなかったのです

もし、次に訪れるチャンスがあれば、雪が舞う寒い時期に宿坊で泊まり
壇上伽藍や金剛峯寺や町並みをゆっくり一人で歩いてみたいと思った。

2009年7月 6日 (月)

気が重い、ため息ばかりだ!

最近、ブログが進まない。
気が重い。
軽い話題に手が出せない

自分自身のこともあるけれど
最近の世間の事件に心痛む。

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今、半藤一利の「昭和史」がよく読まれているらしい

私も、図書館で借りて通勤電車で読んでいる。
500ページもあって重くかばんがずっしりだ

戦後生まれにとって戦前、戦中という昭和という時代は
学校では教えないし、歴史というには生なましすぎる

明治、大正から引きずってきた中国、満州での事件や
時の政治、軍部、マスコミ、国民がどう発言しどう動いたか

今まで避けてきた昭和史が大変分かりやすいので
通史として理解できるし教科書的でない読み物というか
講演会で聞かされているようであきない

しかし、内容はとても重い
そしてとても憂鬱な気分にさせる
そういう時代があったというだけの単なる過去ではないのだ

軍人や政治家のあきれるくらいの無責任な態度、言動は
読んでいても腹が立ってくる。
数万の戦死者が出ていてなおも自己保身に走る
反省のかけらもない。

そして、本当にあった事実を隠す。
戦争体験をインタビューしても
多分、多くは語らず、あいまいに忘れたように
ウソを言い通す。
真実は墓場まで持って行く


今の政治家でも官僚、経営者のどれをとっても
当時とあまり変わっていないように思えるのだ

指示していない、やってない、覚えはない
見たこともない、知らなかった、関係ない

無責任のカタマリだ

将来のことなど考えず目先のことばかりでやっきになって
小手先の人気とりのバラマキだし

マスコミも確たる信念がない

テレビのニュースもほとんど演芸番組化して
その場限りの怒りや非難のポーズに終始。

ああ、本当に気が重いよ

半藤さんの「昭和史」はかばんが重いし気も重いけど
読むだけの価値はあると思う

イライラは体に良くないけどネ

また、今夜も眠れないヨ。トホホ。

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