伊久良河宮跡を訪ねて
揖斐川とその支流・根尾川が合流するあたりの東にある史跡
「伊久良河宮跡」に行ってみた
本巣郡巣南町(現・瑞穂市)居倉という地区は
あの富有柿の本場でもある
あたり一面は柿畑でおおわれ
新芽がつき始めて青々とした風景が広がる
リオワールドSCから南へ細い道を少し走ると
居倉という集落がある
村中に入る道路の西には碑が建っている
「富有柿発祥の地」とある
その原木がある
そのちょうど東側にあるのが
「伊久良河宮跡」である
石標には「天神神社」とある
石の鳥居をくぐると細くて長い参道が続く
石橋を渡る右には小さな石柱があり
「史蹟 伊久良河宮跡」と読める
さらに進むと神社には珍しい木の門がある
長い玉砂利の参道を歩くと拝殿がある
拝殿は質素でごく普通の氏神さま程度の造りである
拝殿前で参拝をしてから拝殿の右から北に入る
小ぶりながらなかなか立派な本殿が建ち、
後ろには大きなクスノキが守護するように伸びている
そのクスノキの右側にある不思議な石と祠
これこそ、その伊久良河宮の史蹟である
奇妙な形をした石が「御船代石(みふねしろいし)」
左の小さな祠が倭姫命をお祭したものであるとか
まあ、私達は「古事記」や「日本書記」なんていうのは
名前ぐらいは知っていてもじっくり読んだことはない
そもそも今の人は
それは日本神話としての昔の人が作り上げた
フィクションじゃないかな、って思っている
たとえそうじゃないといっても、どこまでが史実であったのか
もやもやしたものが残る
で、肝心の「伊久良河宮」のことである
伊勢神宮の内宮にお祭してある天照大神は、最初から
三重県の伊勢の五十鈴川にあったわけではない
垂仁天皇の御代に大和の笠縫邑にお祭してあったものを
別の地に鎮め坐させる処を求めて諸国を巡幸した
倭姫命(やまとひめのみこと)が御杖代となって、大和から、
近江を経て、美濃を巡幸しやがて伊勢国に至った
そのときの美濃の伊久良河宮こそ、この居倉の地であった
のではないかというものである
史蹟の概略の説明版があるが、これだけでは分かりにくい
ちなみに、倭姫命は、ヤマトタケルの叔母にあたり、
東国に遠征に先立ち、伊勢に立ち寄り
草薙の剣をもらっている
これは今、熱田神宮にあり三種の神器のひとつである
そんなロマンを秘めた神社がこんな身近にあることはほとんど知る人は少ない
神話と歴史のロマンを秘めた神社の横を車が通り過ぎていく
ひっそりとした史蹟ではあるが一度行ってみるのもいいかも!
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