[家族同時多発介護」の鈴木輝一郎
大垣市在住の作家である。
大体、小説など書いている人はごまんといる(?)が
ナントカ新人賞なんてもらうと
どいういわけか地方を引き払い
東京近郊、あるいは湘南あたりへと
お引越しされるというパターンが多い
あの名古屋出身の城山三郎も神奈川県茅ヶ崎に移った
理由は地元では有名人で名士扱いされ何やかやと雑事が多くなり
結局、作家活動に専念できない、とかいうのだったようだ。
けど、鈴木さんは偉い!
大垣で家業を引き継ぎながら作家活動してます
書物の編集・企画・出版は東京一極集中で
地方に引っ込んでは仕事にならないのだ
毎月、定例で東京ー大垣間を何度も往復して、打ち合わせたりしてなかなかの苦労があることも事実だ。
さて、この鈴木輝一郎は
1994年「めんどうみてあげるね」で第47回日本推理作家協会賞を受賞している。
当時、まだ老人介護問題が今ほど深刻でなかったころに託児所ならぬ「宅老所」という施設
での介護についての短編を書いた
一部の人には注目されたが、捨てるほどいるいろんな作家がいる中ではそれほど話題は続かなかった、ようだ(と思う)
で、この「家族同時多発介護」であるが2003年に発行された。
本の腰巻に「親の介護、頑張ってはいけない!
父、祖母、義祖父、息子の同時介護、相次ぐ過労、重なる葬儀‥
凄絶な体験をユーモアに変え、介護の現実を具体的に描く
感動のノンフィクション!」
長たらしく書いてある。
まあ、読んでみるとホント面白い
イヤ、そう言ってはイカンのだろう
事実はもっと深刻そのものでとても笑ってユーモア交えて
語るような内容ではない
でも、これをそのまま真面目くさって、大変だ、苦悩だ、と書いてみても多分誰も読まないし読みたくないだろうな
だって、今や老親介護の問題は他人事でないんだ
私だって、いや私の周囲の人だって真剣に悩んでいるんだから
書店でも図書館でも「介護本コーナー」があるくらいだ
法律相談、医学的解説、介護施設、行政手続、各種の
案内書的な本はあるけど、あまりあてにはならない
それよりこの本を読むとホント哀しくて、泣き笑いしたくなるほど
苦難が襲いかかってくる
それに大垣が舞台だから、習慣、風習など「そうだ、そうだ」って
同感するね
大垣市民病院が登場するし、鈴木の親父が市会議員だったので
そうしたお家の事情も出てきて、家族がそれに巻き込まれ生活している鬱憤がよく出ている
近所に葬式がでれば、しきたりでいろいろお手伝いがある
ホント霊柩車の運転手までやらなきゃならん
つい10年前くらいまで、地区の火葬場で遺体を焼くことまで
やっていたんだ。死ぬことがどうゆうことか体験してきたのだ
東京の人には脅威的、想像の域を超えているだろう
それが地方の現実なんだ。
最近でこそ近代的で立派な斎場ができてきたが、まだ葬儀には
独特の風習が残っているのだ
西濃地方でも、通夜には子供会、老人会が読経をしたりする
お斎(トキ)といって簡単な精進的な食事を作っている
さてさて、話しがそれてしまったが、鈴木家を襲った同時的介護は
波乱含みで進行していく
「一人の赤ん坊を一人の母親が世話するのは不可能ではないが
一人の老親を一人で世話するのは不可能だ。
赤ん坊には過去がなく、老親には過去がある。見ず知らずの老人のオムツは交換できても、自分の老親のオムツを交換するとき、去来するものが必ずある
赤ん坊には明日がある。‥‥老人は沈んでいく太陽だ。」
親に苦労かけ育ててもらった恩義があるんだ。ぼけたと言って簡単には捨てきれない。
田舎に老親を残し、都会に住んでいる人はある日突然、老親の介護の問題に突き当たる
このノンフィクションのように笑えるほど余裕はないと思いますよ
ま、ホント読んでみる価値はありますな
で、鈴木輝一郎はホントは歴史小説を書いてるんですよ
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