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2009年3月28日 (土)

[家族同時多発介護」の鈴木輝一郎

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大垣市在住の作家である。
大体、小説など書いている人はごまんといる(?)が
ナントカ新人賞なんてもらうと
どいういわけか地方を引き払い
東京近郊、あるいは湘南あたりへと
お引越しされるというパターンが多い

あの名古屋出身の城山三郎も神奈川県茅ヶ崎に移った
理由は地元では有名人で名士扱いされ何やかやと雑事が多くなり
結局、作家活動に専念できない、とかいうのだったようだ。

けど、鈴木さんは偉い!
大垣で家業を引き継ぎながら作家活動してます

書物の編集・企画・出版は東京一極集中で
地方に引っ込んでは仕事にならないのだ

毎月、定例で東京ー大垣間を何度も往復して、打ち合わせたりしてなかなかの苦労があることも事実だ。

さて、この鈴木輝一郎は
1994年「めんどうみてあげるね」で第47回日本推理作家協会賞を受賞している。
当時、まだ老人介護問題が今ほど深刻でなかったころに託児所ならぬ「宅老所」という施設
での介護についての短編を書いた

一部の人には注目されたが、捨てるほどいるいろんな作家がいる中ではそれほど話題は続かなかった、ようだ(と思う)

で、この「家族同時多発介護」であるが2003年に発行された。

本の腰巻に「親の介護、頑張ってはいけない!
父、祖母、義祖父、息子の同時介護、相次ぐ過労、重なる葬儀‥
凄絶な体験をユーモアに変え、介護の現実を具体的に描く
感動のノンフィクション!」
長たらしく書いてある。

まあ、読んでみるとホント面白い

イヤ、そう言ってはイカンのだろう
事実はもっと深刻そのものでとても笑ってユーモア交えて
語るような内容ではない

でも、これをそのまま真面目くさって、大変だ、苦悩だ、と書いてみても多分誰も読まないし読みたくないだろうな

だって、今や老親介護の問題は他人事でないんだ
私だって、いや私の周囲の人だって真剣に悩んでいるんだから

書店でも図書館でも「介護本コーナー」があるくらいだ
法律相談、医学的解説、介護施設、行政手続、各種の
案内書的な本はあるけど、あまりあてにはならない

それよりこの本を読むとホント哀しくて、泣き笑いしたくなるほど
苦難が襲いかかってくる

それに大垣が舞台だから、習慣、風習など「そうだ、そうだ」って
同感するね

大垣市民病院が登場するし、鈴木の親父が市会議員だったので
そうしたお家の事情も出てきて、家族がそれに巻き込まれ生活している鬱憤がよく出ている

近所に葬式がでれば、しきたりでいろいろお手伝いがある
ホント霊柩車の運転手までやらなきゃならん

つい10年前くらいまで、地区の火葬場で遺体を焼くことまで
やっていたんだ。死ぬことがどうゆうことか体験してきたのだ

東京の人には脅威的、想像の域を超えているだろう
それが地方の現実なんだ。

最近でこそ近代的で立派な斎場ができてきたが、まだ葬儀には
独特の風習が残っているのだ

西濃地方でも、通夜には子供会、老人会が読経をしたりする
お斎(トキ)といって簡単な精進的な食事を作っている

さてさて、話しがそれてしまったが、鈴木家を襲った同時的介護は
波乱含みで進行していく

「一人の赤ん坊を一人の母親が世話するのは不可能ではないが
一人の老親を一人で世話するのは不可能だ。
赤ん坊には過去がなく、老親には過去がある。見ず知らずの老人のオムツは交換できても、自分の老親のオムツを交換するとき、去来するものが必ずある
赤ん坊には明日がある。‥‥老人は沈んでいく太陽だ。」

親に苦労かけ育ててもらった恩義があるんだ。ぼけたと言って簡単には捨てきれない。

田舎に老親を残し、都会に住んでいる人はある日突然、老親の介護の問題に突き当たる
このノンフィクションのように笑えるほど余裕はないと思いますよ

ま、ホント読んでみる価値はありますな

で、鈴木輝一郎はホントは歴史小説を書いてるんですよ

2009年3月27日 (金)

悪夢を食べてくれる獏に会った!

よく夢をみる
でも全く見ない人もいるらしい

将来の夢、とか希望とかという「夢」のことではない

夜な夜な見る、あのユメのことである

私の場合、毎晩のように夢をみる
というか見てしまう

眠りが浅いためか、トイレが近いからか
とにかく夢をみる

しかし、ほぼ100%内容は忘れてしまう
思い出せないのだ

夢はほとんどが怖い夢が多い
そして、あとから少しばかり思い出すと
ありえない、ツジツマも合わない中身ばかりだ

見る夢は
だいたい昔の旧い木造の家だったり、近くの神社や家の周辺
そして親戚の人、小学校の先生だったり、職場の上司・友人
すでに死んでしまった人なども出てくる。
もちろん最近の人も混じっている

時代も場所もあらゆるものが無秩序に登場する
旧い写真がばら撒かれたように奇妙なストーリが展開する
さっき見ていた夢と今とはもう全く別の内容だったりする

例えば、昔の田舎は便所が外にあった
夜中に独りで薄暗い電灯をつけて便所に行く
便所の横に木があり風に揺れている
誰かが覗いている恐怖感で一杯
小便も中途半端に家に走って逃げ戻る夢

あるいは、怖い男に追っかけられ家の隅っこに隠れていると
どういうわけかすぐに見つかって恐ろしい顔で近づいてくる
「あ~」と恐怖で大声を出そうとしても出ない夢

夜中に玄関の戸をカチャカチャ開けようとする奴がいる
恐怖でドキドキ心臓が鼓動し胸が張り裂けそうになる夢

恐怖で目を覚ます。
冷汗が出ていたりする
また続きを見るのが怖くて無理に起きていたりする

何でこんなことを想い出したのか、と言うと

先日、名古屋の鳴海にある万福寺というお寺で「獏」を見たのだ

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獏(バク)は悪い夢を食べてくれる空想上の動物である

体はクマ、鼻はゾウ、目はサイ、尾はウシ、脚はトラ
木鼻といって横木が柱を突き出た部分に施された彫刻である

普段、こういうのはじっくり見る余裕などないものだ。

夢は正夢とか、初夢のように縁起担ぎもある
美味しいものを食べていたりする楽しい夢も時には見る

しかし悪い夢が圧倒的に多い

で、どうやって獏に食べてもらうのか?

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お盆が近づくと死んだ父の夢を見ることがある
顔を見るわけではない布団に寝ていたり食卓にいたりする
でも全く顔は見ない。
しかし、確かに近くにいるという不思議な感じが伝わってくる

そんな時、ああお盆だからオヤジが来たんだな、と素直に思う


フロイト心理学は夢判断で、個人の抑圧された深層心理が
夢となって現れるとかいっていた

昔流行った、つげ義春の漫画「ねじ式」なんていうのも奇妙な深層心理を漫画化したもので、フシギな世界だ

人の心の動きや深層は、永遠に未知のままかもしれない

今夜はどんな夢をみるのかな!

2009年3月26日 (木)

超極小級!ミニ貼り紙です

一見、普通のお家です
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灰色のトタン板壁で、ペンキ塗りもシロウト的
まだら模様です

車だったら、そのまま何も気がつかず通り過ぎてしまいそう

でも、チョット真ん中あたり、よ~く見て下さいます!

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そうなんです。
こんなミニ貼り紙があったのです

弱よわしい手書きで、ホント目立たぬように貼ってあります

なんか恥ずかしそうな存在です

きっと、ここのご主人、とても気が小さいのでしょうね



でも、なんかユーモアあります。

              (大垣市)

2009年3月24日 (火)

電柱でござる!

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「ええい!そこのけ、そこのけ、じゃまだ!
排水溝サマがお通りじゃ!」

「なんとおっしゃられても動きませぬぞ!」

「何でだよォ!」

「デンチュウでござる!」

てな、会話があったかどうか定かではないが
デンチュウ殿を避けて工事は進んでいったのでした。

                  (大垣市墨俣町)

2009年3月22日 (日)

地下水は大丈夫か!農地からみる不安

春のお彼岸、三連休の最後の日曜日はあいにく雨模様だった
昨日は、風は強かったが暖かな陽射しがあって、
西濃地方もまた春模様の一日だった
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池田山が遠くに見え広々と広がる青々とした農地は
小麦の作付けされたところだ

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5月頃にはやがて黄金色に染まり
また違った風景が広がる
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そんな中にこのような池?やら土が掘り起こされて
異質な光景が時々現れる
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ガラガラと掘削機が音を立て
ダンプに載せている

目的は土ではない
農地の下にある砂利である

西濃地方、特に揖斐川と池田山に挟まれた農地は
行く度かの河川の氾濫で川道が変化した

揖斐川も、天正年間、つまり織田信長の時代に大きな氾濫が
あって、もともと池田山のふもと、今でいう杭瀬川あたりを流れていたものが、
揖斐川の支流・粕川の氾濫で東に押し流され、
ほぼ現在の流路に変化したのだ、という記録がある

したがって、このあたりの農地の下には、当時河床だった砂利層
が豊富で大垣が水の都、スイト(水都)といわれ、
今でも加賀野神社のように自噴水が湧き出すのである

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しかし、これは上流からの揖斐川の伏流水などによるもので
農地下の砂利層が消滅してしまえば枯渇するのではないか
と心配するのだ

もちろん、勝手に掘削しているわけではなく許可を取っているはずだが、
はたして将来に渡る予測はきちんとなされているのだろうか

都市のゲリラ的豪雨や中小河川の氾濫決壊は山林荒廃だけでなく
こうした近郊農地の都市化や人為的変化が多分に影響しているように思える

018
建築用砂利は、かつては河床から掘り出したものが
規制が厳しくなり、こうした隠れたお宝に手を染め始めた

しかし、これは今に始まったことではない
もう数十年も前から始まっており、
もはや農地はほとんどとり尽され
宅地以外には残っていない
ともうわさされている

掘削後は優良農地に生まれ変わるとかいうが、
自然を破壊しての農地整備は将来に禍根を残すことにならないのか
さらに耕地整理後の農道も不必要な程に全面舗装され、
乗用車が走り回って、交通事故が多発している

どこか世の中の歯車が狂っているとしか思えてならない

2009年3月21日 (土)

気になるかんぬき?

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この家のトタン張りの中央に奇妙なものがふたつ

特に真ん中の物体は何だろう
気になって仕方なかったので近寄ってみた

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カンヌキのように角柱が太い鉄線のようなもので止めてある

ますますフ・シ・ギだ

この木、抜いてみたらどうなるのかな?

寄木細工のおもちゃみたいに崩れたりして

                         (大垣市墨俣町)

2009年3月20日 (金)

花粉症、辛いぜ!

とにかく参ったナ!
花粉症ですよ!
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眼は痒いわ
鼻水は出るわ
夜中に鼻がボンボンに詰まって寝られない
口で息するから喉もカラカラ
痛くなって不眠にもなるわいな!

クソ!と怒ってみたところでなんともならない

特に今年は暖冬のせいか、2月中頃からアカンです

とにかく毎朝、朝刊で花粉情報をみて
対策を立てるというか
覚悟をするんですよ

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こんなの出てたら最悪だ
マスクは絶対、手離なせないし
ハンカチ、ティッシュは必需品さ

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こんな日もあるけど油断大敵
少ないだけでゼロではない
雨が降ってもだめだね

目薬も花粉症向きのかゆみ止めを常備してあるが
つい痒いとこすってしまう

布団なんか絶対外で干せないし
窓も開けられないので、空気が汚れてよけい環境条件としては
ダメになっていく


外出すれば衣類に花粉が付着するから
なるべく花粉が付着しにくい服装して出かける

スギ、ヒノキは5~6月までだけど、他にイネ、やらブタクサなんてあるし困ったもんだ

私の場合、特に鼻が酷い!

鼻のど飴をいろいろ買って少しでも鼻がスッと
通らないかな、って試しているんだが。

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ここ数年は、このカンロ「花鼻迷惑」の愛用者であった
今年のは袋のデザインが変わった
メントールの刺激が強いしノンシュガーだから
いつでも気にせずしゃぶれる
でも、薬局辺りに行かないと売ってないようだしね

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同じカンロから「スーパーメントールのど飴」がでた
こいつもなかなか鼻にスーで良さそうだ
確かコンビニで買ったぞ

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アサヒから発売の「爽感はなのど飴」も強力ミントで
ミントとレモンの2種類が入っている
こいつもまあいけるぞ

のど飴や目薬ではどうにもならんので
先日、耳鼻科に行ってきたんです

まあ、ビックリ!
いるわいるわ、患者がワンサと待合にいて大盛況

小さな子供から中年まで夕方は一杯でした

鼻に空気を送り、薬も入れて、喉、鼻の吸引、してもらって
飲み薬も処方されて千何ぼ払って、くたびれること

それにしても4人に1人は花粉症っていってるようだけど
なんとかして欲しいよね
医療費馬鹿にならないよ!全く。

マスクとサングラス、帽子を身に着けて町歩いていると
どう見ても不審者だ!

おまけに、デジカメ持参でうろうろしてりゃ、通報されそうで
路上観察もままならぬ

困ったもんだ
















2009年3月17日 (火)

大垣駅ただいま工事中

岐阜県の西濃地方の拠点都市、大垣市
人口16万5千の割りにはちと駅前がさみしい

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それでも表玄関である南口は駅ビル「アピオ」もあってまあまあだろう
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JRの改札は2階にあって朝夕は通勤客でなかなか混むのだ
また、春休み、夏休みには旅行客が乗換えで大混乱
東京発「ムーンライト長良」の終着駅で、ここで乗り換えて京都、大阪へと移動する
「走らないで」とあっても走る走る

発着の番線が違い階段の上り下りを必要とされるのが原因だ
おまけに駅の中の通路がかなり狭い
001
特に5番線への通路は最悪だ
拡幅して欲しいのだがなかなか実現しない

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さて、今回の話はそれとは違い、大垣駅北口の改良と
南北自由通路の建設のことである

平成の市町村大合併構想で、周辺町村との合併協議で
大・大垣市になるはずだった

それを睨んでの大垣駅北口駅前整備計画も、
大合併が直前で頓挫し、
もろくも整備計画も縮小となってしまった

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現在の北口はこんな感じでしょぼい
タクシーが数台手持ち無沙汰に待つが
ほとんどがお迎えマイカーが行列している

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特に、夜など人も少ないから待っているのも怖いし
冬なんか寒いのだ
アクアウォークも駅前とはいえ少し離れているしね

003
北西方面から見ると、
北口の階段を上がり通路を通って改札口に向かう
エレベーター、エスカレーターの設備もないのです
なんか、飛行機の搭乗口のようでもある

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何の変哲もない単調な長い通路だから、以前はよく
酔っ払いや不埒な奴が壁を蹴ったりボクシングして
穴が開いて破れていたり落書きがあった

ボードの色がまちまちなのもその痕跡なのです

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いま建設されているのは、南北自由通路で北側に見えるのが
新しい北口の階段だ
その向こうにはアクアウォークが見える

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現在の通路からやや西側に橋が架かる
ホームの屋根部分は既に撤去されている

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右に見えている鉄骨の構造物が、多分クレーンで吊り上げられ
深夜に据え付けられるのだろう

ともかく、自由通路の名称も「水都ブリッジ」と命名され今年の夏頃
お目見えする予定らしい

北口駅前整備工事もその後進められ平成25年度には完成とか。

県都・岐阜市のJR駅前と比較すると明らかに見劣りする

しかし、少しでも大垣を訪れた人や日頃の利用者にとって
快適なものにして欲しい。
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今でも、船町界隈、夕暮れ時の雪の伊吹山、東にソフトピアジャパンなど私のお気に入りの風景もある

18切符旅行者の人も単なる乗換え駅でなく、ちょっと途中下車
したくなるような暖かく迎える駅になることを願うものだ

2009年3月16日 (月)

廃屋のアート展

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雨上がりの路上にひときわ際立つ枯れ木アート
バックの黄色との対比が素晴らしい

水に光る暗い路面もここでは調和に一役買っている

それにしても、自然はなんと芸術的だろう
誰も手を入れたわけでもない白亜の枯木

これ以上何を望むのか

美というものが人為的でないのが嬉しい
感動しますね

しかし、虚しいことに芸術は短命だ
今という瞬間の美でしかない

はかない極限の姿こそ鑑賞する価値がある
明日は消失しているかもしれないのだから

廃虚となったパチンコ店に花咲かせた超芸術だ

                   (岐阜県神戸町)

2009年3月15日 (日)

西美濃の早春とゆううつ

やっと、西美濃地方にも春らしくなってきた

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田んぼの畦にはつくしがいたるところで芽を出してきた

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風はまだ冷たく、強いが確実に春の陽気が伝わってくる
地中に静かに眠っていた虫たちもそろそろ這い出してくる

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黄色い花が咲いた
菜の花ではない
放置した白菜に花がついたのだ

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ぼんやり眺めていると春の香りがする
四季のある日本の良さをこんな些細なことで実感している

私の田舎では今日は農排水路の清掃日だった
地区総出でスコップを持って排水路の土砂をかきあげるのだ
昔と違い、今ではほとんどの農排水路は三面コンクリート張りで
それほど土砂は積もらない

組ごとに別れ区域を分担しての清掃作業である
最近は一段と高齢化が進み、若者の参加率が低下
年配の女性も多い

今テレビ番組で定年後、田舎で暮らすことを理想的に映像化されているけれど、
農村地帯にはこうした集団での作業や行事がまだまだ多いのだが、手作り蕎麦やパン工房、無農薬野菜作りなんていっても
そう簡単にできるものではないし
田舎に暮らすということはこうした集団に入り
義務も果たすことも大変だと思うが
そういった部分は隠されている
挫折する人は案外こうした部分を甘く見ているのではないだろうか

さて、午前の作業が終わると午後には地区の総会がある
20年度行事と決算報告、承認、21年度行事計画、予算案の審議
、それに各役員の選出である

そして最後に懇親会があり、つまみ、酒が出て、人参とかしわの混ぜご飯を食べて解散するのである

行事計画や予算案をみると驚くほど行事が多い
都会では全く考えられない

都会では行政が予算を使ってやることも
田舎では少ない予算で、住民が自分たちでやるのだ
そういうことを嫌って田舎を離れていく人もいる

組織、役員も目白押しで
氏子総代、区長、評議員、隣保班長(組長のようなもの)
改良組合、消防団員、防火クラブ、青年会、老人会などなど
だからほとんどの家でなにかの役があるくらいなんです


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         (菜の花と養老鉄道)

私の住む地区はまだ大垣に近いのでまだまだ
荒れた農地は少ないが、山村に行くほど離村農家が増えている
医療や教育、など最低の社会生活が成り立たないのだ

私の地区でも少子高齢化が進み、伝統的な祭や神社の例祭や村の行事などの実施が悩ましく困難な状況なのである

若い人は、止めればいい、という意見だし年寄は伝統を守らなアカンと言うしでなかなか良い案もなし、もめてまとまらないこともある

地方の疲弊は行財政的な面で相当不利な状況にあるし、地方を重視なんて政治的な掛け声ばかりで、本当にその気はあるのかと言いたい

そんなこんなで春と言っても、なにやらゆううつで気分です

2009年3月13日 (金)

「100回泣くこと」の中村 航

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「100回泣くこと」を読んだ
図書館で借りて読んだ
前にも「リレキショ」という本を読んだ

いずれも作者は中村 航(こう)
岐阜県大垣市出身の作家である
1969年生まれだから今40歳になる

「リレキショ」では文藝賞を受賞している
知ってる人はもちろん多いだろうが
私はこの2冊を読んだだけである

詳しいことはしらない
「リレキショ」を読んだとき
何だかとてもナイーブな物語?で
ガソリンスタンドで知り合った彼女

とても静かで大きな話に発展するわけでなく
淡々とした少年の日常的内面を描いていたように思った

今回の「100回泣くこと」も
そういう意味では描写が実に淡々としている
知り合った女の子とアパートで結婚の練習をしてみる

やがて彼女が癌に侵されて闘病生活
藤井君という僕は何にも助けになってやれない
そして彼女は死ぬ

その間の二人の会話も行動も何だか生活実感から程遠く
ままごと遊びのようでもあった

生きていることの重さがなく
かといってとてもやさしく繊細な心を持ち
壊れそうな二人の関係は
希薄な人間関係であるからこそ
気をつかいながら生きていくという
今日の社会状況を反映しているようでもある

‥‥

このなかで少しばかり、西美濃の原風景が登場する

ブックと名づけた捨て犬とは図書館の駐輪場の脇で出会った
「図書館に隣接した文化会館の駐車場を、
僕とブックは斜めに突っ切って進んだ」

ここは多分スイトピアセンターと大垣図書館だろう


「夕暮れ前になると、外に出て単車のエンジンをかけた。
 ‥‥
僕らは県道を東進した。‥
揖斐川にさしかかる手前で、県道から左にそれる。堤防の上を直進し、河川敷へと降りていく。‥‥いつもの決まった石に腰をおろすとブックが胸から這い出してくる。
河原にはいつでも強い風が吹いていた。ヘルメットを脱ぐと遠く鉄橋を渡る電車の音が聞こえた。空はあかね色から次第に色を落としていく‥‥」
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           (揖斐川の河川敷)

私には多分、こんな風景かな、という感じになる

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       (夕焼けに沈む大垣の町)

私としては
西美濃に生活の場を置き、暮らしているという
極めてローカルな視点からこの物語をみているわけだ

東京の人、あるいは大阪の人が読めば
全く違った立場で見ていることになるはずだ

大垣の田舎を離れ、都会に出て独り暮らしをし、
偶然に知り合った彼女との奇妙な共同生活

彼女は死んだ
そのあと「結局、僕は何とも向き合おうともせず、こうやって
酒を飲むだけだった。百日の間、毎晩同じように酩酊するまで飲み、涙を流すだけだった」

それから3年後に、犬のブックは死んだ
バイクで大垣に戻り、ブックをバイクに乗せて揖斐川の河川敷に
埋めた

この小説はよく読まれているようだ
多分に若い世代だろう、って思う

それにしても、何か躍動感がない
静かにそおっと生きているって感じられて仕方がない

はっきり言って血の気がないっていうのかな
でも、こういうのが今の人たちに共感を呼ぶのかもしれないな

2009年3月 8日 (日)

あなたはどっち?

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ある観光地の有料駐車場の看板です
右は300円、左は400円

さあ、あなたならどうする?

この場合、どうやら300円に入れたいようである
100円も安いよ!
おトクですよ!
どうぞ、お入りください!

と、まあこんなとこですかね

お!何でも安いほうがいいさ、と単純にそう思う人
こんな時は、300円に何か欠陥があるに違いないぞ!
と、深読みして悩む人もあります

そうして最後は自分で決めるんですよね

300円は、少し遠かった
400円は、近いしトイレもちゃんとあった

そんなもんですよ
でも、結果論です、そんなこと!

で、なにが言いたいのって?

いやあ、人生ってすべてこれの繰り返しのようだな、
そう思えたんです

小さなことから、大きなことまで

ささいな晩御飯のことから
重大な結婚相手のことまで

右にする?それとも左にする?
この連続です

損得で判断して決めるとは一概に言えない
何となく左を選ぶことだってある
その日の気分や天気によって決めてる場合もあるじゃないか

そう!
あのとき、ああすればよかった、とか
なんで右を選んでしまったのだろう、とか
悔やむこともある
しかし、やり直しはきかない

‥‥

ささいな駐車場の看板をみて
こんなことをぼんやり考えていました

     (ご開帳で賑わう谷汲山でした)

2009年3月 7日 (土)

ご開帳だよ!谷汲さん

谷汲さんがただ今、賑わっている
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秘仏である御本尊・十一面観音が
実に54年ぶりに御開帳されているからだ

大垣駅にもポスターが貼られている

平成21年3月1日から3月14日までのわずか14日間のみだ

このご開帳は
西国巡礼の中興の祖といわれる花山法皇の1千年忌にあわせての
行事で各寺院が20年9月から22年5月まで本尊の御開帳が予定されている

ご存知のとおり、谷汲山華厳寺は西国33ケ所の最後の札所で
1番の那智山青岸渡寺から始まり奈良、大阪、兵庫、京都、滋賀を回って
岐阜の谷汲で終わるのである

私もふと思いついて出かけてみた
山門には大きな垂れ幕が下がっている
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平日の午後遅くだったにもかかわらず
観光バスが5~6台も停まっていたのには驚いた
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ふだんの土日でも夕方ともなれば参拝客はまばらで
まして平日ならばどの店も閉める準備で忙しいのに
まだ多くの店が開いている

参道を歩く人の列も断然多い

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やはり、54年ぶりの秘仏公開が効いているのだろう

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参道のお休み処もご開帳にあわせ飾りつけされているのか
いつもと少しばかり違うようだ

まあ、土産はどこにでもあるようなものが多い
今でも富有柿が売られたりしている
揖斐茶、揚げ豆、しいたけ、ういろ、あられ、
珍品、菊花石など珍石、山野草、お数珠や仏具類、
草もち、干し柿、など
でも、お千代保稲荷のようなお店ぎっしりほどはない
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観光案内所のまえにある面白いもの
これに顔を入れての記念写真を撮る人もいる
これって、観光地でよく見かけるけど
名前があるのかな?

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この姿は谷汲踊りといい古来からの鎌倉舞のひとつで
上が孔雀の羽根のようになり太鼓に合わせてゆらゆらゆれる
何人かが揃って踊るのである
今でも何かのイベントでよく踊られるものだ


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堂々たる仁王門
大きなわらじがある
この前で記念写真を撮る人も多い
この門あたりには立花屋など料理旅館がある
けっこう予約が入っているみたい

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「54年ぶりに結ぶご縁」でアリマス
この先が石の参道になる

020 

急な階段を登る
両側に幟が立っている
谷汲山の象徴的風景で観光写真に登場する
私の好きなショットでもある

ここは心してゆっくり登るのだ
そして本堂に着く

秘仏はどこだ?
奥に少しライトに照らされて見える?のがご本尊さま?
お顔がよく分からない
024

他の人もお顔が見えないと下から仰ぎ見ているが
やっぱりよく見えないようだ

54年ぶりにご開帳の秘仏はこれまで写真などで見たことがない
でも、これでいいのだ!

そもそも観音さまは仮のお姿で本当は見えないのだ
心のうちに見るものなのだ

仏像は美術的に見るよりも
信仰の対象として拝むものなのだ

博物館に展示される国宝級の仏像は確かに美しい
でも、美術的に見るばかりで手を合わせる人がいない

興福寺の阿修羅が今度東京に行くらしいが
美術品としての目が集中するばかりだろう
029

まあ、それが悪いわけではないが
寺の本堂の奥深くにこっそりと立っておられる観音さまのほうが
よいではないか

見えなくても、心で想像して手を合わせる

白洲正子もかつて谷汲山を訪れているが秘仏ということで
じっさい見ていない(講談社の「十一面観音巡礼」)

で、私の場合はここで100円の志でお線香をいただき
火をつけてお供えする

お線香の煙をカラダの悪いところにあてて平癒を願う
そういうと私の場合、頭のてっぺんからつま先まで
カラダぜ~んぶになってしまうよ、トホホ。

本堂の右手から裏に出て石?の仏様に1枚10円のお札を
いただいて自分の悪いところに貼り、水をかける
ここでは、カラダの1~2箇所に貼りましょう
025

笈摺堂や子安堂では
巡礼を無事終えた人や赤ちゃんを生んだ人が
お礼にと身に着けていたものを置いてゆく

人々のそうした人生や喜怒哀楽がにじみ出ている

「今までは 親とたのみし 笈摺を 脱ぎておさむる 美濃の谷汲」

帰りは本堂の階段の両側の柱にいる鯉(阿形、吽形)に手を触れて
精進落としだ
夫婦円満になるやら幸せになれるやらと言われているのだ

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多くの観光客が訪れる14日が過ぎれば、また静寂が戻るだろう

2009年3月 3日 (火)

ちゃらんぽらん

雨が降っている。
本来ならば雪になっているところだろう。

007

今年は花粉症が特にひどい。
それだけ暖冬なのだろう。

わが身には故障部分がいろいろある
けれど、なにも花粉症まで律儀にお付き合いすることないのに
と思う

花粉症なんていうのは外敵に異常なほど過剰反応してしまうことで
自分で自分をいじめるムダな行為なのだから
そんなエネルギーの使い方はとても非効率
やめて欲しい

そう思ってもカラダはじつにけなげに反応している

布団に入れば鼻はボンボンに詰まって「グルジイ!」

目はかゆい

口で息吸うから喉はヒリヒリ

おかげで睡眠不足
なんとなく1日すっきりしない

こんな日は「毎日が日曜日」的な生活ならば
多分、晴耕雨読でのんびり読書だろうな

「文藝春秋スペシャル」の特集
『日本人は本が好き』だ

内容は読んでないけど、こう言われるとそうかな、と思えてくる
じゃ、中国人はどうなの?
アメリカ人はどう?
ドイツ人はどうです?

そんなことは分かりませんが、まあ、ケッコウ日本人は本好きかも

でも、本が好きだと言ってもネ
買うのが趣味の人もいるし
飾ることが好きな人も
もちろん読むことが大好きというのがここでの「本好き」だろう

私の場合、どれかな?
本屋の立ち読み大好き
図書館の本探し大好き
まあ、読むのも嫌いじゃない

037

今、読んでるのは、
藤沢周平の「半生の記」
サライ「能・狂言」
文春の芥川賞「ポトムライムの舟」
中村 航「100回泣くこと」
美濃大垣10万石太平記(下)

それ全部中途半端だ
少し読んではそのまま放置

また思い出して読む

ジャンルのいろいろ移り変わり
まさに、ちゃらんぽらん!だ

これまでに読んだ中で感動したものや面白かった本は
それ程多くはない

感動しても、少し時がたてば
すっかり忘れてしまう

人に話すことができない
感動を伝えることができない

そこんとこがはがゆい

でもそれでも本を読むのは好き
本屋、図書館は「別世界の入り口」だ
ふと、手に取りパラパラめくったことから
私の知らないワンダーランドにどれだけ入ったことか

それでいいのだ!

そういいながら今日も「ラジオ深夜便」なんて本を
衝動買いしてしまう私なのです。

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