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2009年2月20日 (金)

残日録を読んだ(2)

藤沢周平の「残日録」を読むとなんか嬉しい
懐かしい風景が心の中で鮮やかに浮かんでくる

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それに食べ物がいかにも美味そうだ
「涌井」という小料理屋に清左衛門が飲みに行く

風呂吹き大根、茗荷の梅酢漬け、赤蕪漬け、
蟹の味噌汁、小鯛の塩焼き、豆腐のあんかけ、
山菜のこごみの味噌和え、はたはた、鱈汁、
クチボソ焼き、筍の味噌汁、山ごぼうの味噌漬け
など肴に、熱燗をグイーとやる

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気のおけない旧友と話をしつつ酒を酌み交わす

「いいなあ~」と思う
ぜいたくとはこういうことだろう

素朴だが旬の野菜や魚を本来の旨味を生かした方法で食べる

今や飽食の時代で、何でもが年中食べられる
この意味でも季節感が失われている

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テレビのグルメ番組はタレントが大袈裟な身振りで
いかに美味いかを表現してもウソに思える

それにしても小説は読者に文章だけで伝えるのだ
「うまい!」だけでは伝わらない

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もうひとつ、同感できるものがある
隠居の身となったもの、
つまり第一線から退いた男の心情が実によく描かれている

やれやれといった「安堵感ののち強い寂寥感がやってきたことは
思いがけないことだった」のである

「用人という職から身を引くと心に決めると、にわかに居場所を失ったように勤めをつづける気力もうすれて‥‥」

「隠居したあとは悠悠自適の晩年を過ごしたいと心からのぞんでいたのだ」

「ところが隠居した清左衛門を襲って来たのは、そういう開放感とはまさに逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである‥‥」

「多忙で気骨の折れる勤めの日々。ついこの間まで身をおいていたその場所が、いまはまるで別世界のように遠く思われた。
 その異様なほどの空白感が、奇妙な気分の原因に違いないと‥」

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私のばあいも、多少の差異は当然あるもののこうした気分は充分に分かるのだ。

老い、というものだろうか

肉体的以上に、精神的な老いが「気力を失ってしまう‥」ことになる

 これが世間から離れてしまったものが味わう気分なのだろう。

現役時代はあれほど複雑な人間関係に疲れてしまい、
開放されたいと願う一方で、
そうした社会に漬かっていることの安心感もあったのだろう。

世間からもはや忘れ去られてしまったのだという寂寥感は、心の片隅のどこかにあるのだ。

「どうしようもない寂しさ」を紛らわすため人は何かに夢中になるのだ

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「残日録」とは「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」の意味で「残る日を数えようというわけではない」と主人公はいうが、本当のところはどうだろうか

ともかく余韻の残る珠玉の作品で、久々に時代小説の醍醐味を味わった。

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