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2009年2月27日 (金)

「おくりびと」を観た!

あの話題の映画「おくりびと」を観た

映画を観るのは何年ぶりだろうか。
確か、「バッチギ」あたりからず~と観てなかったから
2~3年は映画館には縁がなく遠ざかっていた

そのくせ、毎年2月に発行される「キネマ旬報ベストテン号」は
ほとんど毎年買っているのだ

学生時代などは、関西の場末の映画館で4本立て、5本立てやらを
一日中観て過ごしたこともある

それが、最近では面倒くさくなってしまったのか
映画を観る習慣がなくなって、毎年キネ旬ベストテンが発表されると
あ、観てみようかな!と思う

けど、その頃、もはや映画館は別の映画ばかりだ
ま、ときどき受賞作が再上映されるときがあると観ることができるが

あとはテレビの映画劇場での放映されるの観るか
DVDレンタルを借りるかしかない

そんなお寒い私の映画事情だが、今回これが
キネ旬1位選出されたうえに
アカデミー賞受賞というニュースが飛び込んできた

中日新聞の映画案内欄をみると
西美濃地方で今「おくりびと」上映館はふたつある
カラフルタウンとモレラ岐阜だ

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そこで、さっそく今日「モレラ岐阜」のトーホーシネマへ出かけた

平日とあってモレラは人も少ない
ここで映画を観るのは始めてだ

入場券をあらかじめ買っておいて
上映10分前に入った

アリャ、なにこの人達、中高年ばかりじゃないか!

ま、私もそうなんだけどね

それに夫婦、女友達、それも腰が曲がったような人が目立つ
日頃、映画をあまり観ない田舎のおばあさんだらけ
ポップコーンにコーラなんていう人ほとんどいない

でも、評判を聞いたのか前の席を除くとほぼ満席
アカデミー効果だろうか

予告編に続いて「おくりびと」が始まった

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ストーリーはこれから観る人もいるからあえて書かない

正直、泣いてしまった
いや、私だけではないよ
ほとんどの人が泣いていたと思う

ラストシーンが思いがけなく終わった感じで
出演者などのテロップが出ても誰も席を立とうとしない
いや、できなかったのだろう。

泣いているからこのままでは帰りにくい
すこし余韻が欲しい
で、最後に場内が明るくなるまでじっと待っていたんだ

明るくなってやっと重い腰をあげてゾロゾロ無言で出て行く
まるで葬式の参列者のようだった

私も「フー」と深呼吸をしてから劇場をあとにした

2時間20分くらい、あっと言う間の時間が経過していた

悲しいシーンばかりではなかった
笑えるところもあって、泣いたり笑ったりで顔がクチャクチャ

あの「きみまろ」のお笑い、そしてこの映画の泣き笑い
どこかで共通しているものがあるような気がする

人間の持っている本質を見抜かれたようでもある

風景がいい
東北・日本海の酒田あたりの自然が豊かで
白く雪が積もった山々、鮭が遡上する冷たい川
田んぼ、古びた街、銭湯、鶴の群生、四季の移ろい

音楽がいい
特にチェロのどことなく寂しく、荘厳な響き
生死に正面から向き合うリズム
避けられない死、別れ、悲しみ

ここでも久石 譲が手がけており映画に深みをつけている

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「石ぶみ」がいい
文字がなかった時代に自分の想いを伝えるための石を
相手に手渡すのだという
この映画でこの「石ぶみ」が重要な役割を果たしているようだ

これから流行りそうかも

役者がいいな

本木雅弘はもちろん広末涼子、余貴美子、吉行和子、山崎努
笹野高史など好演している

特に山崎の納棺師はリアリティがある
ひとつの独特な世界を作り上げている
亡くした妻に死化粧したのが第1号
それから、ず~と「けがらわしい」納棺師一筋

シナリオもいい
笹野が演じる「火葬場」の職員
死は、もう一つの世界への入り口
私は門番でお見送りする人
「行ってらっしゃい」と

つい最近、近親者が亡くなった
危篤状態のとき病院に駆けつけた
声をかけたら、わずかに反応があったようだ
その帰り、今亡くなったとケータイに連絡があった

生と死の境はほんの一瞬だ
もはや、声をかけても反応はない

浄土真宗では葬儀に「白骨の章」を読む
「朝には紅顔、夕べには白骨となる‥」
生あるものは、必ず死がいずれ来る

元気な頃の姿が思い浮かぶ

この映画は観る人それぞれの持っている心のなかに入りこんで
ぐっと身近にリアリティを感じさせる

それが泣けるのだ

自分もこうなるのかという想い
棺が閉まるときや火葬場の炉が閉じられるとき
死者の側からカメラが回っている
まるで観客は死んだ人だ

でも、それも正解かもネ
観客は、もうそれほど遠くない先に
「おくられるひと」になるはず
その疑似体験がこの映画といえなくもない

久々にいい映画をみせてもらった

今夜は眠れないかも

2009年2月20日 (金)

残日録を読んだ(2)

藤沢周平の「残日録」を読むとなんか嬉しい
懐かしい風景が心の中で鮮やかに浮かんでくる

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それに食べ物がいかにも美味そうだ
「涌井」という小料理屋に清左衛門が飲みに行く

風呂吹き大根、茗荷の梅酢漬け、赤蕪漬け、
蟹の味噌汁、小鯛の塩焼き、豆腐のあんかけ、
山菜のこごみの味噌和え、はたはた、鱈汁、
クチボソ焼き、筍の味噌汁、山ごぼうの味噌漬け
など肴に、熱燗をグイーとやる

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気のおけない旧友と話をしつつ酒を酌み交わす

「いいなあ~」と思う
ぜいたくとはこういうことだろう

素朴だが旬の野菜や魚を本来の旨味を生かした方法で食べる

今や飽食の時代で、何でもが年中食べられる
この意味でも季節感が失われている

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テレビのグルメ番組はタレントが大袈裟な身振りで
いかに美味いかを表現してもウソに思える

それにしても小説は読者に文章だけで伝えるのだ
「うまい!」だけでは伝わらない

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もうひとつ、同感できるものがある
隠居の身となったもの、
つまり第一線から退いた男の心情が実によく描かれている

やれやれといった「安堵感ののち強い寂寥感がやってきたことは
思いがけないことだった」のである

「用人という職から身を引くと心に決めると、にわかに居場所を失ったように勤めをつづける気力もうすれて‥‥」

「隠居したあとは悠悠自適の晩年を過ごしたいと心からのぞんでいたのだ」

「ところが隠居した清左衛門を襲って来たのは、そういう開放感とはまさに逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである‥‥」

「多忙で気骨の折れる勤めの日々。ついこの間まで身をおいていたその場所が、いまはまるで別世界のように遠く思われた。
 その異様なほどの空白感が、奇妙な気分の原因に違いないと‥」

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私のばあいも、多少の差異は当然あるもののこうした気分は充分に分かるのだ。

老い、というものだろうか

肉体的以上に、精神的な老いが「気力を失ってしまう‥」ことになる

 これが世間から離れてしまったものが味わう気分なのだろう。

現役時代はあれほど複雑な人間関係に疲れてしまい、
開放されたいと願う一方で、
そうした社会に漬かっていることの安心感もあったのだろう。

世間からもはや忘れ去られてしまったのだという寂寥感は、心の片隅のどこかにあるのだ。

「どうしようもない寂しさ」を紛らわすため人は何かに夢中になるのだ

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「残日録」とは「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」の意味で「残る日を数えようというわけではない」と主人公はいうが、本当のところはどうだろうか

ともかく余韻の残る珠玉の作品で、久々に時代小説の醍醐味を味わった。

2009年2月19日 (木)

残日録を読んだ(1)

時代小説の人気作家・藤沢周平の「残日録」を読んだ
文春文庫から出ている「三屋清左衛門残日録」のことだ

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読み終えて、久しぶりに懐かしいというか、
爽やかさ、とでもいうのか
こころが洗われるような気分が残った

この本を読むきっかけは
「文藝春秋」2月号に掲載された筑紫哲也・「がん残日録」と
鳥越俊太郎と立花隆の「がんと共に生きる」対談を読んだことだった

筑紫が肺がんで入院したとき、鳥越が見舞いに贈ったのが
数冊の藤沢周平の時代小説だ

筑紫は藤沢の作品を気に入って後に買い求めたのが
この「残日録」だったらしい

筑紫が昨年11月7日に亡くなる直前までの500日余りを書き残した日記を「がん残日録」と名づけたという

私もこの「残日録」という意味を間違えていたが
筑紫はこの「残日録」というネーミングが気に入り
あえて使ったのだといっている

「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ」というのが本当の意味だとか

舞台は東北の日本海側にある小藩のようだ

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主人公・三屋清左衛門は用人という要職に登ったが
藩主交替を機に隠居したという身分。
まあ、今でいう定年退職というより早期退職かな
52歳。
息子が無事、家督相続し、男の孫にも恵まれた
妻は3年前に亡くなって隠居部屋で暮らすが
よくできた嫁がなにかと気をつかってくれる

そんな境遇の中で話が展開されていく

まず風景がとても気に入った
遠くに連なる山々や葦など生えた川、曲がりくねった道、
広がる田や畑
武家屋敷、店が並ぶ賑やかな通り、静かな村の様子

春夏秋冬の自然の移り変わりが何とも豊かな世界で
春の香り、稲妻、激しい雨、蒸し暑い夏、積もる雪

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菜の花、猫柳、梅の花、桜、稲穂、枯野、ススキ、紅葉

今では失ってしまったような季節感があふれている

そして夕陽のまぶしさ、月の明かり、闇の暗さ
行燈、提灯などの火が造り出すやわらかい陰影

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これは江戸時代まで遡らずとも、昭和30年代頃の田舎では
まだまだあった世界だ

私の住む田舎でも昔の道は曲がりくねっていたし
雨上がりは水溜りがあちこちにでき
冬には軒先に下がったつららなどとても季節感があった

クーラーもファンヒータもない時代で
冬は火鉢やコタツ、焚き火、夏には蚊帳をつるしたりもしていた

まだまだ便利さや効率性を追い求めなかった時代で
貧しかったけれど、のんびり、ゆったりしていた気がする

こうした人間的な感覚を想い起こさせてくれる心地よさ

読んでいるとたっぷりその世界に入ってしまう(続く)

2009年2月 8日 (日)

とうとうイズミヤが消えた!

リオワールドから「イズミヤ」が消えた

1月の31日は凄い人、人、人だった
しかし、もう品数は残り物で手が出るものはなく
人を見てきただけだ

あの喧騒から1週間たった

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イズミヤはなくなったけれど、食品スーパー「トミダヤ」を中心にテナントはなんとか営業している
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こんな貼り紙がなんか哀れを誘う
16年間もあったのだ
ちょくちょく靴や服など買っていたから
慣れ親しんでいたのだがなあ~

そのせいか空虚な気持ちが漂う

従業員たちは、どうしたのだろう?

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2階は相当部分がイズミヤだったので廃墟のようだ
歩いていると時代の変化を感じる
まさに大不況時代に突入したという想いだ

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「パワフルタウン」というのが今となっては違和感が‥


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4月にはカルチャー教室になるというが‥
005

新しい店もそれなりに進出しては来るが‥009

リオワールドだけが不振なのではないようだ
モレラ岐阜も、アクアウォークも、大垣南イオンも
空き店舗が目立つ
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これから大量の失業者が増えて、ますます消費は冷え込む
つい1年前ごろは空前の売り上げなんて景気よかったのに

政治は全く機能していないし
人が人を信じられなくなるし

なんとなく暗い時代に突入するのだろうか
といった不安が心をよぎる

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