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2008年8月31日 (日)

東海道本線の車窓から(岐阜~尾張一ノ宮)

岐阜駅は3階建てなので展望がききます

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名古屋へ行く上りでは、北つまり左の席からは岐阜の駅前の景観がいいですね

かつては駅前も路面電車が走ってとてもにぎやかでした

廃止寸前の頃は珍しい路面電車が多く、全国の鉄道フアンが集まりました

その名鉄岐阜市内線も廃止され、揖斐、谷汲線も美濃町線もなくなりました

広島、松山、富山、豊橋なんか行きますと路面電車が街をにぎやかにして

何となく人間的で私は好きなんですがねえ‥

さて、岐阜駅を出ますとすぐ左手に名鉄岐阜駅が見えます

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名鉄の岐阜駅前には最近まで「新岐阜」としてデパートや
パルコ、ダイエーなどがあり若者中心に大いに賑わってました

いまはその繁栄はなく、名古屋に吸収されてしまうほど
寂れて見る影もありません

北側には、金華山の山頂に岐阜城を見つけることができますよ

あの、信長の城です
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最近では、JR、名鉄の駅周辺に中高層マンションが建ち始めました

駅を出ると大きく線路が右旋回して南の方向に進みます

高山線は東に直進して高架から下におります

高山線はまだ単線非電化ディーゼル車なのです
ちなみに「ワイドビューひだ」もディーゼルです

岐阜から途中、各務ヶ原市の鵜沼までは名鉄線が並走してますが
これは複線電化ですから勝負はJRが負けてます

面白い話をひとつ

名古屋への通勤客は、季節によって座席の優先順位が変わります

夏は、名古屋行では右側の座席が、冬は左側席が人気です

つまり、岐阜からは南に向かって走るので夏の朝、暑い日差しは左から入るので
ブラインドを下ろします
それでも暑いのです、冬はその反対ですね

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岐阜駅から次の木曽川駅までは8キロくらいあります

いつ頃だったか岐南町あたりに駅をつくろうという声がありましたが
消えてしまいました

高架から下におりると
右側に笠松競馬場の厩舎が見えます

地方競馬の笠松競馬場は何度も廃止の動きが出ています

最近でも地主との土地問題でもめていますね

アンカツこと安藤勝巳騎手も有名ですね

たまに競争馬が走っているのが見られます

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木曽三川の最大の川、木曽川を渡ります

川幅も広くさすがという感じです

ところで、この木曽川に橋が架かって大垣~岐阜~名古屋へというルートが
完成したのは、明治20年4月でした

大垣~岐阜(当時は加納)間は明治20年1月、また熱田~木曽川間が明治19年6月開業しています

どうして木曽川が最終になったのか?

それは、始めは幹線ルートが中仙道を通ることになっていたからです

理由はいろいろありましたが、名古屋を経由するルートでの建設に決定され現在に至っているのです

ですから、東海道線とはいいながら、名古屋~岐阜~大垣~米原~草津のルートは

昔の美濃路~中仙道のコースをたどっているんですね

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東(左側)が上流側で、国道22号線の新木曽川大橋があります

名古屋まで続く幹線道路です

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木曽川を渡って右側をみますと
木曽川の堤防はずいぶん頑丈にできているようにみえます

江戸時代は左岸の尾張側が右岸の美濃側より三尺高く築かれていました

このため増水したときは、必ず美濃側で氾濫し、農民泣かせでした

徳川御三家の尾張藩を守るためです

文句ひとつ言えなかったのです

このことが、今でも岐阜と愛知の間の水問題にしこりとなって残っているようです



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東側にツインアーチが見えます

正式には「ツインアーチ138」で国営木曽三川公園のシンボルタワーで

高さ138メートルはイチノ(1)ミヤ(38)にかけてあります

放物線のアーチがふたつあるユニークな形で岐阜付近からでも見えます


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木曽川駅です

新快速は通過します

現在、駅工事中です

2階に改札を設け東西の自由通路をつくるなどしています

木曽川町は、今は合併して一宮市になっています


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西を走っていた名鉄・名古屋本線が右側から接近し並走します

かつては、名鉄特急とJRの新快速がスピード競争したりしていました

乗ってる乗客も隣の電車を見て「追い越せ!」と心で思っていたりします

確かにJRになってから岐阜~名古屋間は競争区間です

でも安全第一でお願いしますね

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一宮駅に近づくと高架になります

赤い電車が名鉄です

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JR,名鉄ともに2階がホームです

尾張一宮駅に到着です

新快速、特急なども停車します

2008年8月28日 (木)

東海道本線の車窓から(穂積~岐阜)

大垣駅から約5分で穂積駅です
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穂積駅は、平成15年に巣南町と穂積町が合併して瑞穂市になったが
駅名は、ホズミのままですが、
市名はひっくり返したようにミズホ市に変わったのがややこしい

まあ、どちらにしても濃尾平野の豊かな稲作を想起させますね


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昔ながらの商店街があります

さあ、穂積駅を出発しましょう!

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出るとすぐ鉄橋です

この川は木曽三川のひとつ、長良川です

「長良川」という響きはどことなくロマンチックですよね

五木ひろしの「長良川艶歌」なんて唄にもなるし‥

しかし、このあたりどこを見ても車窓からはその雰囲気はありません

左手・北側が上流になりますが、長良川はこの先大きく右にカーブしていきます

約1キロ北には中仙道・河渡宿があります

さらに少し先、鏡島弘法の西に「小紅の渡し」があり現在も運営されています

今と違い、昔は、川や海を利用した舟運が主流でしたから

ここらあたりも上り下りの舟でずいぶん賑わったでしょうね

美濃市にある上有知湊も有名です

今の川は堤防で遮断され、人々の生活とは無縁な存在になっています

長良川と言えば岐阜の鵜飼や夏の全国花火大会が有名ですね



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長良川を渡ると右手に「宇部日東化成」の工場、
さらに少し離れて高いビルがふたつ見えます

右側が岐阜県民ふれあい会館で14階建て
その左に岐阜県庁の12階建が遠くに見えます

岐阜県庁は岐阜市内の中心部・司町にありましたが
1996年(昭和41年)に現在地の薮田南に移転しました
当時は田んぼの中でよく目立ちました

今ではその周辺には岐阜県美術館などの公共施設、スーパー、レストランなど
立ち並び国道21号線沿いに賑わいをみせています

続いて右手に貨物ターミナル駅が見えてきます

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たくさんのコンテナが積まれていますね

この貨物ターミナル駅は岐阜駅高架事業のため、貨物専用駅として移転し
昭和61年に開業しました


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力強い機関車によってコンテナ貨物を引っ張っていきます

貨物駅が途切れたところに西岐阜駅が見えてきます

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西岐阜駅は貨物ターミナル駅と同じ昭和61年に開業しました

南と北に駅前広場がありますがほとんど人はいませんね

とにかく周りを見ても人が集まるような店がなく、閑散としています

岐阜駅へたった3分なのに、マンションもあまり建ちません

20年たっても当時とあまり大きな変化はなく
駅の南には田んぼが残っていてのんびりしたムードです


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駅前の一等地でも開発されていないのはどうしてかな?

この駅から県庁やふれあい会館など無料バスも出ていますが
利用客も多くはないようです

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そのためか、駅の南側、北側周辺は小さな民間の月極、
時間貸し駐車場が多く見られます

1時間100円、一日最大800円らしいです

ほとんど「美濃善不動産」という看板が目立ち独占状態です

岐阜西部、北部から名古屋へ出るにはこの駅までマイカーで来て
JRに乗り換えるという人が多いですね

いわゆるパークアンドライドです

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西岐阜駅を出るとすぐに岐阜環状線が下を走っています

それを越えると線路はすぐに高架になります

岐阜駅周辺の高架事業は、名鉄電車が2階相当を縦断しているので
3階建ての高さになります
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その分、眺望が抜群です

左側(北側)窓には密集した民家やマンションが立ち並んでいます

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駅西の村上記念病院周辺もマンションが建って賑やかになりました

さらに話題の高層マンションも昨年10月オープンしました

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「岐阜シティタワー43」 の名が示すとおり43階建です
岐阜では飛びぬけて高いので遠くからでもよく見えます

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(2006年、建設中の高層マンションを岐阜駅南口から撮影)


いよいよ岐阜駅に近づきました

上り線からはあまり見えませんが南側には全国的に有名な場所があります

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知る人ぞ知る金津園という特殊歓楽街です

地元としてはあんまり嬉しくはないのでしょうがね

あの小沢昭一様が涙オロオロにして喜ぶところです

詳しくは「小沢昭一的東海道ちんたら旅」(新潮文庫)を
読んでくださいね

夕闇せまり灯が灯るころ、下り電車に乗ればもう少し見えます

いよいよ岐阜駅到着です

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ただいま駅前を整備工事中です

円周の歩道デッキやバスターミナル、駅前広場が完成すれば
景観が一変するでしょう

岐阜といえば柳ケ瀬でしょう
駅前は昔からなんにもないところでしたね

戦後、満州からの引き揚げ者が古着を売る店が集まって

だんだん大きくなり「ハルピン街」ができました

なかでもアパレル産業を中心に
全国の業者がやってきて一時は大いに繁栄しました

しかし、時代の流れで衰退し、駅前も火が消えたようで
寂しい限りでした

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繊維問屋街もシャッターが閉まって駅前が機能しないし
岐阜県の県庁所在地としてはイメージ低下です

この鉄道高架事業から始まって駅前広場の整備が
周辺の再開発と結びつけば大きな変化があるかも‥

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岐阜駅に到着です

続きは東海道線の車窓から(岐阜~尾張一ノ宮)へ





2008年8月24日 (日)

不気味なカラスの集団!

夏の夕暮れどき、カラスの集団がいた!

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どれだけいるのだろう?

ざっと見ても300~500くらいはいるようだ

電線にぎっしり並んでギヤーギヤーとうるさい

ハシブトガラスか、ハシボソガラスかしらないけど気味悪い

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写真を撮ろうと近寄っていく
すぐに感ずいて飛び出して行く

例えば、電柱にいるカラスに石を拾うマネをしても飛んで行く

道路上にいるカラスに向かって車を走らせても
まるで馬鹿にしたようにチョンチョンと横によけるだけのふてぶてしさ

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猛暑の今夏は蝉も多いのに、この付近では鳴き声が少ない
どうやらカラスが蝉を食べてしまうらしい

先日も蝉がジージーと鳴いて飛んでいくところを
カラスが飛んできて蝉を食べてしまったのを目撃した

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都会のカラスは人間のゴミを食べて生きている
賢いカラスはゴミ袋を破って食べ物を食い散らかす

最近、このカラス対策でゴミ集積場にネットを張ったり
ゴミ袋を黄色に変えたりしている自治体もある

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ところが田舎のカラスは田んぼや畑の野菜をねらう

スイカやウリなんか作っても全部食べていってしまう
大被害にあって怒っていた人が何人もいた

昔はこんなにいなかった
権兵衛さんが種まくとカラスがつつく、なんて言われていたが
そんな程度じゃ納まらない

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数年前にもカラスが大発生した
このときは、近くの大きな工場にある樹木がねぐらだと分かり
上のほうをバッサリ切ってしまったのでカラスはどこかへ移転した

昼間は民家の屋根や田んぼなどで何か獲物を狙って活動している
そして陽が西に沈む頃、どういうわけか
ある場所に集まってくる

そしてねぐらに飛んで行くらしい

ヒッチコックの「鳥」というアメリカ映画があったが
このカラスたちが突然人を襲ってこないだろうか

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カラスが乱舞する中、ヘッドライトの車が通っていく
犬を連れて散歩している人も不安そうにカラスの行動を見ている
ギヤーギヤー、ガーガーともカアカアとも鳴くし
カラスの真っ白なフンも落とされて道路は汚れている

カラスの異常発生は何か不吉な先行きを暗示しているのだろうか

2008年8月22日 (金)

東海道本線の車窓から(大垣~穂積)

休みを除いて毎日の通勤電車
あきもせず朝夕と往復している

車窓から春夏秋冬の移り変わりや、
少しずつ変わる町並みや風景を眺めています

大垣から名古屋まで約40分

本を読んだり、うたた寝したり爆睡もしたり
時にはぼんやり夢想して時間を過ごしたり

でも、やはり私は車窓から眺めていることが好きなんです

そこには、どんな風景が展開しているのでしょう
デジカメで写してみました

あなたも、車窓からの眺めを見て楽しんでください

まずは大垣駅からスタート

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大垣駅ビル「アピオ」です
南が表玄関になっていて
この2階に改札口があります

昨年,北口に大型ショッピングセンター「アクアウォーク大垣」がオープンし
今夏から駅北口、広場、南北通路の新設改良工事もいよいよ始まり
数年後にはこのあたりの景観が一変するでしょう

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駅構内に入りましょう
一番線ホームの真ん中あたりにある標識
(なかなか気づきにくいのですが‥)
「410」という数字は
東京駅を基点に東海道線410キロ離れたところが大垣駅だという意味です

昔から、「東京へは100里もあるでな、そら遠いわ」、と年寄はよく言ってました



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この電車に乗ります
8両編成の豊橋行です

上りは4番線を基本に始発電車は1番、5番から出発です

大垣にはJR東海の電車基地があるので
快速電車は大垣始発が多いのです

基地は駅の西、つまり米原行き下り電車に乗ると見られます

美濃赤坂線は東海道本線の支線(盲腸線)で2駅しかないユニークな路線で
3番線から発車します

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養老鉄道の大垣駅も南西側に隣接しており
養老、桑名、揖斐方面に出ています

樽見鉄道も5番線の北側から出ます

このため、大垣駅は今でも西美濃地方の拠点駅として存在しています


1番線はお馴染みの「ムーンライトながら」の到着番線です

東京を深夜に出て大垣には早朝に到着します

2番線から連絡する関西方面への乗り換え客が
陸橋をドタドタ走るおなじみの光景がみられます

青春18キップの旅行案内本にはこのことがたびたび書いてあります
特に夏休みなどは大変なようです

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さて、樽見鉄道のりばにユニークなデザインの電車が停車してますネ
特産の富有柿と真桑文楽のデザイン
車両ごとに異なったデザインはけっこう楽しめますよ
池田満寿夫のデザイン画も見かけました


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それでは、出発進行!

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3本のレールが並走してます
右から東海道本線の下り線、上り線
そして一番左が樽見鉄道線です

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右側には大型ショッピングセンター「ロックシティ」が見えます
帝國繊維大垣工場の跡地に造られたものです

映画館、温泉、ゲーム、ショッピングなどで構成されています
にしみのスーパー戦争のあおりで顧客を取り合ってます

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右側の奇妙に目立つビルは「ソフトピアジャパン」です
岐阜県がIT人材の育成とベンチャー企業の育成を支援するため
大垣市につくった先進情報産業団地です
ちょっとした未来都市のような新しい街ができています

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シンボル的な建物は、黒川紀章建築事務所がデザインし
平成8年完成しました
鬼の角のような2本のタワービルは大垣駅からでもよく見えます

周辺はまだ田んぼも見られ、面白い対比です

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反対側の左窓にはこんな看板が見えます
日本100名水のひとつ大垣市加賀野にある
「八幡神社の名水」です

毎日、名水を汲みに大勢の人が押しかけます
コーヒーやお茶にすると美味いのです

昔から大垣は「水の都」として少し掘れば豊富な地下水が出ました
湧き水のような自噴水が市内のあちこちで見られます

この水で冷やした「水まんじゅう」も大垣の名物ですね


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名古屋までには大きな鉄橋をいくつも渡ります

まず木曽三川のひとつ「揖斐川」です
左に見えるクリーム色の鉄橋は初代の東海道線の鉄橋です

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明治18年に完成したトラス橋で大垣から加納(現・岐阜)まで布設された当時の橋です
岐阜県では最古の鉄道橋でもあり貴重な歴史的産業遺産であるとして
国の登録有形文化財にしようという動きもあります

現在は人と自転車が通行できます

その左は樽見鉄道の鉄橋です

約2キロの上流に中仙道が通っています
幕末には皇女和宮も渡し船に乗った呂久という場所には記念公園があります
現在は鷺田橋があり自動車もスイスイ走っており
時代の移り変わりを感じます

また揖斐川の水源地近くの徳山村が消え
巨大な徳山ダムが完成しました

将来、この出来事がどのように伝えられていくのでしょうか


揖斐川を渡ると樽見線は徐々にカーブして東海道線と離れ北に向かっていきます

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揖斐川を渡るとそのまま堤防のような高さで走ります

右も左も田園風景が広がっています
濃尾平野の豊かさが感じられます

この辺りの風景は私も気に入ってます

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五六川は小さな河川ですが
左側(北側車窓)の風景がちょっとしたヨーロッパの絵画的風景です
いい感じで何とも癒されます

この五六川というのは、この上流に中仙道の美江寺宿があります
江戸から56番目の宿場町であることから名づけられたといいます

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この辺りよく見るとあちこちに池が残っています

ここ穂積も輪中地帯ですから明治の鉄道建設当時、河川の氾濫を恐れて
一段と高く土盛りして線路を築いたのです

そのときに線路に近く掘りあげた穴の跡がこうして池になっているのです
最近、埋め立てられ工場や宅地になりましたが、少しは当時のままで
昔をしのぶことができます

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穂積駅に近づくとこの道路と交差します
国道157号線、通称「本巣縦貫道」といいます

沿線沿いに宅地開発が進み店舗も増え賑やかになっています
大型ショッピングセンター「モレラ岐阜」もこの沿線にあります

薄墨桜で有名な旧・根尾村(現在は本巣市)に通じています

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穂積駅に到着です
駅前は昔からの店がほとんどで狭い商店街です
駅のホームは2階にあります
多くの通勤客が乗ってきますのでほぼ満員状態になります

    続きは東海道線の車窓から(穂積~岐阜)へ

2008年8月19日 (火)

マクワウリを食したぜ!

マクワウリって、知ってます?

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けっこう古典的な食べ物らしいです
もはや、絶滅?したかと思ってましたら

テレビで偶然見た旅番組
「土曜スペシャル・日本列島ふるさとの夏風景・郷土の味覚」で
やってました

レポーター(俳優さん)が本巣市の真桑地区の畑で
マクワウリを生産している農家を訪ねて
その場で食べてました

「うまいですね~」と感想を言ってたな

マクワウリのマクワというのは「真桑」という地名で
その昔、一大生産地だったらしい

お盆にはお供えにされたし
暑い夏には、涼を呼ぶ食べ物として
天皇にも献上されたらしいが
明治以降にメロンが作られてだんだん廃れていったとか

地元の西濃地方のスーパーで見かけたこともないので
エ!まだ作ってるの?とテレビを見てビックリだった

で、本巣の農協に売ってるかも?と出かけました
ありました!
今は、梨の出荷が中心で、ほんのわずか箱にゴロゴロ入ってました

店の人の話では
今日も大阪方面に出荷したらしいが
もう、今年は今日で終わりとか

ラッキー!最終日で間に合った!

2個購入。一個100円だった

早速、家に帰って冷蔵庫で冷やし
夜のデザートに切ってみました

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何ともいえないほのかな良い香りがします
一口食べると上品な味です

でも、正直言ってあまり甘くはないです

最近のフルーツ、メロンや梨や桃など
品種改良されて糖度が抜群にアップし
こうした甘さに舌が慣らされてしまった現代人には
チョット物足りなさはあります

でも、本来の味とはこんなものだったのだと思います

そうか、ふるさとの味覚が偶然にしても実感できるなんて
普段はなかなかないよな~

イヤ~、忘れていた郷土の味を思い出させるいい日でした

2008年8月11日 (月)

金魚さん ゴメン!

それは本当に偶然だった

わが家に3匹の金魚がやってきた

9日の土曜日に予告無しで来た
ワケアリだった

夏祭りの金魚すくいでとったものをもらうはめになった
固辞していたが、返すわけにもいかず持って帰ったのだ

小さなプラスチックの金魚鉢と金魚の餌つきだった

さっそく、川で水を汲み金魚をビニール袋から鉢に移した

小さな器の中で元気そうに泳いでいる
でも、眺めていると窮屈そうだな、とかわいそうに思う

それに水を絶えず入れ替えないと酸素不足で死んでしまいそうだ
まじまじと見つめていて
「よし!もう少し大きな水槽を買おう!」

すぐ、ホームセンターへ出かける
おう!さすがあるある

夏休みシーズンで、金魚用の水槽が山積みだ

横が30センチくらいの一番小さい水槽を購入した
ポンプ、餌、カルキ抜きなどもセットだった

またまた近くの川で水を汲み、ポンプをセットし電源をオン
下が寂しいので、わが家にあった細かい砂利を水洗いして底に敷き詰めた

さあ、準備OK

金魚くん、どうぞ!

3匹の金魚、たちまち広い水槽で喜んでいる(ように見えた)

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金魚といっても、いろいろな種類がいる
これまでわが家で飼ったことないから全くわからない

5~6センチぐらいの白いのが一つ
3センチくらいの赤と黒の混じったのが2つ

白いのは動きもよく上に行ったり来たり
小さいまだらは底にある砂利に身を寄せるようにしている
別の赤黒はポンプの隅ッコに隠れるようにジッとしている

すぐさま、名前がついた

白いのは「デブ」
小さいまだらは「シャイ」
赤黒は「スミオ」

水槽は居間の本棚の上に置いた

家族が珍しそうに、交替でながめたりチョンチョンと突付いてみたり

餌をやるのは1日に2回と書いてある
量が分からんから適当にばらまく
でも、食べに来ない

遠慮してるのかな
疲れてるのかな
慣れてないからかもしれない

など勝手に思う

見ていると何となく楽しい
飽きない
水族館と違うのは、見れば見るほど可愛くなってくるのだ

それに家族の話題が金魚中心に盛り上がった

そして日曜日になった

昼過ぎ、白い「デブ」がポンプ付近に下を向いたまま動かない
口をパクパクさせない

死んでいた!

どうしたんだろう!

何が悪かったのかなあ

水質か、水温か、餌か、それとも金魚そのものか

そっとすくい上げて、川に流してやった
ゴメン!

そして今日、昼過ぎ「シャイ」も「スミオ」も死んだ

なんてこった
3日間の命だなんて!

ゴメン!といいながら川に流した

わずかな時間だったけど、なんか3日間ワクワクしていた
毎日眺めたり、声をかけたりして家族も楽しい思いをさせてくれた

漫画家さくらももこが「金魚すくい」をやるときは、家で飼う準備をしてから出かけなさい
さもなくば、その覚悟がないならすくった金魚は金魚やさんにその場で返しなさい」
と書いてました

私なんかはそんな心構えがなく「いきなり」金魚が来てしまったので
こんな哀しい結果になった

でも、次は頑張るぞ!

可愛い金魚クン、いらっしゃい!


2008年8月 9日 (土)

島崎藤村の「夜明け前」を読んで(2)

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島崎藤村の「夜明け前」の舞台は中仙道・木曽十一宿ひとつ馬籠宿である

その馬籠の本陣・問屋・庄屋を受け持つのが旧家の島崎家

ここを大名、旗本、幕府役人をはじめ多くの旅の人が宿泊し
あるいは昼など小休止したりする

この小説の別の楽しみ方としては
とにかくいろいろな食べ物が登場することである

江戸後期から明治中期あたりまで
山の中、木曽路あたりではどのようなものが食されていたか
興味深いところである

例えば半蔵の父・吉左衛門が友人で馬籠で造り酒屋をしている金兵衛から
誘われての夕食で

「酒のさかな。胡瓜もみに青紫蘇。枝豆。
到来物の畳いわし。
それに茄子の新漬。
飯の時にとろろ汁。すべてお玉の手料理の物で‥

お玉は膳を運んできた。
ほんの有り合わせの手料理ながら、青みのある新しい野菜で膳の上を涼しく見せてある。

やがて酒も始まった‥」

ごちそうというより山や畑でとれた素朴なものである
海のものとして畳いわしが出てくる
少しあぶってつまみにすると酒に合う
簡素ではあるが読んでいるだけで食べてみたくなるなあ

アトリ30羽に茶漬け3杯の話

「アトリ30羽に茶漬け3杯食えば、褒美として別に30派貰える‥
食えなかった時はあべこべに60羽差し出さなければならないという約束だ‥

食い手は、吉左衛門と金兵衛。さて、食った‥
アトリは形も小さく、骨も柔らかく、鶫のような小鳥とは訳が違う‥」

昔もこういった大食い大会的なものがあったのも面白い
アトリって、どんな鳥かな
野鳥自体、現在ではほとんど食わないが、
山間地ではよく鳥網にかかったらしい
なんだか想像しがたいが‥

一度伏見稲荷で雀の串焼きを食べてみたが
これといって美味くはなかったような‥

日常の食生活も登場する

芋焼餅というものがある

「本陣と言っても、吉左衛門の家の生活は質素で、芋焼餅なぞを冬の朝の
代用食とした」
「‥二人で松薪をくべていた。渡し金の上に載せてある芋焼餅も焼きざましに
なった頃だ。おふきはその里芋の子の白くあらわれたやつを温め直して、
大根おろしを添えて、新夫婦に食べさせた。」

芋焼餅というのは今はないのだろうか
観光地で見かける芋を串に刺して焼いているのとは違うのかな
それとも里芋を茹でてつぶして団子状にして焼くのだろうか
一度食べてみたいものだ

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私の大好きな五平餅の記述もある

半蔵がお民という嫁をもらった頃のこと

「炉辺では山家らしい胡桃を割る音がしていた。おふきは二人の下女を相手に、
堅い胡桃の種を割って、御幣餅の支度に取り掛かっていた。‥

おまんは隣家の子息にお民を引き合わせて、串刺しにした御幣餅をその膳に
載せてすすめた。
こんがりと狐色に焼けた胡桃醤油のうまそうなやつは、
新夫婦の膳にも上がった。
吉左衛門夫婦はこの質素な、しかし心の籠った
山家料理で半蔵やお民の前途を祝福した」

「その名の御幣餅にふさわしく、こころもち平たく銭型に造って串刺しにしたのを
一つずつ横にくわえて串をぬくのも、土地のものの食い方である。」

ん、も~お、美味そうでたまらんな~

五平餅も地方によって形がいろいろあるが
岩村、明智、足助あたりは大きな小判型だし恵那、中津川、馬籠などは
みたらし団子状である
塗りつけるタレもその店独特であるが、胡桃や胡麻が入っていると美味いね


今頃の季節、夏の暑い頃は

「酒のさかなには、冷豆腐、薬味、摺り生姜に青紫蘇。
それに胡瓜もみ、茄子の新漬くらいのところで‥」

こんなのは今と同じで100年以上前と変わらんなあ

木曽名物といえば昔も今も蕎麦でしょう、ということで
こんなことが書いてある

「半蔵の家では、おまんの計らいで吉左衛門が老友の金兵衛をも招いて
妻後へ行く児を送る前の晩のわざとのしるしばかりに、新蕎麦で一杯
振舞いたいという。‥

酒は隣家の伏見屋から取り寄せたもの。山家風な手打蕎麦の薬味には
葱、唐からし。皿の上に小鳥。それに蝋茸(ろうじ)のおろしあえ
漬物、赤大根。おまんが自慢の梅酢漬の芋茎(ずいき)

薬味がわざわざ書いてあるところを見るとその地方の特色が出ているのではないか
今じゃ蕎麦の薬味に唐辛子は使わないよね?

本陣には幕府の高官が突然宿泊することがある

「お平には新芋に黄な柚子を添え、椀はしめじ茸と豆腐の露にすることから
いくら山家でも花玉子に蛸ぐらいは皿に盛り、それに木曽名物の鶫の2羽も
焼いて出すことまで‥」

蛸をどうして海から運び保存するのかな
海のものといえば信州松本あたりだと飛騨ブリが日本海から運ばれてきていたが
そういうものはさすがにここまではなかったのかもしれない

飲み物はほとんど「あついお茶」がでるが、ねぶ茶、というものも登場する

「あなたの好きなねぶ茶を入れてきました。あなたは‥」とお民がきいた
ねぶ茶とは山家で手造りにする飲料である」

これは聞いたことも飲んだこともない。今度馬籠に行ったら探してみよう
どんな味や香りがするのかな

こうして書いているときりがないが
とにかく「夜明け前」を読むとお腹がグ~となってくるぞ(笑)

2008年8月 8日 (金)

島崎藤村の「夜明け前」を読んで(1)

連日35度、36度と馬鹿に暑い日が続いている
何をしていなくても体がバテ気味で、居場所がない

かと言って1日中クーラーかけてるわけにはイカンし
とにかく今年はムチャ暑い!

そんな中、島崎藤村の長編小説「夜明け前」を読み終えた

岩波文庫で第1部、第2部、計4冊ある
若い頃少し読んでみたが手に負えなかった

003

今回のリベンジは3年前から始まった
仕事で少しばかり木曽路へ出かけたりして
興味が深まりぜひ読んでみたいと思ったのだ

通勤電車の中で少しずつ読んでいたのだが、前回同様に途中で挫折しかけた
やや難解なところがあったからで

それが今年になって第2部を読み始め、この7月末にようやく読了したわけだ


この小説は藤村の父・島崎正樹(小説では青山半蔵)の生涯を描いたもので

時代的には幕末の嘉永年間から明治中期頃までだ

舞台は中仙道・木曽路の馬籠宿だ

「木曽路はすべて山の中である」の書き出しは有名である

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読みすすめていくとまるで映画を観ているようであった
あの馬籠宿、十曲峠、恵那山などの四季がカラーでよみがえってくるのだ

数年前に中津川から落合宿、石畳の十曲峠、芭蕉碑がある新茶屋、新町を抜け
馬籠宿まで歩いたことがある

別の日には馬籠から峠を通って大妻籠、橋場、妻籠へ出て南木曽まで歩いた

この体験があったので小説がより面白くリアルに私の体で理解できたところもある

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それに
西美濃地方に住む私にとっては中山道という一本の道で繋がっており、
遠い東の山の中でのデキゴトとは思われず、ず~と親近感があるのだ

西からの動きは京、近江、大垣へと順に伝わっていったから
波が押し寄せるような、風が吹き抜けていくようなさまざまな動き

車も鉄道もなかった時代、人は歩くか、船に乗るかしか移動手段はなかった

山の中とはいえ、中仙道の宿場・馬籠の本陣には多くの情報が入ってきたのだ

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特に維新前後にはさまざまな人々が西へあるいは東へと
動きが非常に活発だった

まさに「風雲急を告げる」日々だった
江戸の幕府の要人から、あるいは京都の天皇側近・勤皇派からの動向が伝わってくる

皇女和宮、水戸天狗党、赤報隊、東山道総督府など
ものものしい集団が通り抜けていく

中仙道の街道筋にあたる西美濃地方でも大騒ぎだった

馬籠宿の本陣という定点に身を置き
その対応に追われ苦渋しながらも
先行きどうなるのかという不安
一方でわずかな希望を半蔵はもったのだが

あれほど望んだ新しい夜明けは結局来なかったのだ

失望の中、自宅の座敷牢で狂乱死する

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悲惨な結末に
読み終わってみると
大きなため息と
やりきれなさが残った

やりたいことがあっても、本陣・庄屋の勤めがあるので
勝手に抜け出せば、家族はどうなる、
そうして悶々とした日々を送るのだ

人生ってそんなもんかもしれんな、とも思うし
自分に置き換えてみると複雑な思いがする

藤村は、晩年にこの長編小説を書くことによって父を理解し
また己を知ることで
人の持つ不条理を越えることができたのかもしれない

20069_062

坂本龍馬、勝海州、福沢諭吉など幕末から維新にかけ活躍し
今日の日本をつくった有名人の偉人伝は多い

しかし、山間の僻地で、
半蔵のような名もなき人の生涯については
ほとんど埋もれて消えてしまう
それが普通だろう

作家・藤村により鮮やかに生き返らせ、私たちに大きな感動を与えた

何を考えどう生きたのか

膨大な資料をもとに綿密に当時の社会状況、生活、経済、
取り巻く風景や空気を
具体的に鮮やかに描きあげた描写力は素晴らしいと思う

時代を取り巻く状況が克明に書かれ、多少難解なところもあるが
それによって当時の人が懸命に生きているのが理解できるのだ

半蔵はこう言った
「わたしは、おてんとうさまも見ずに死ぬ」

死に物狂いに生き
正直で真っすぐであったがために
人一倍挫折感が大きかったのだろう

明治19年半蔵没、享年56歳

まさに私自身が半蔵になって、今、人生を終えたような奇妙な安堵感があった



                           (2)につづく

2008年8月 1日 (金)

ひょうきんな神輿蔵じゃのう!

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すぐ近くを歩いても気がつかない

が、ふと遠くから見上げてみて

あれ、なんとなく可笑しい!

満点大笑い じゃないけど、

アハハ、なんとなくおかし~いと

あとからクス!と笑いが滲み出てくる

まあ、そんな感じです

なんとなくとぼけたような

まったりしたような

「ひょうきんさ」が漂ってます

トトロの世界に近いのかな?

この蔵には日吉神社のお神輿が入ってますよ

                   (岐阜県神戸町)

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