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2008年7月19日 (土)

ああ!大垣駅

今、大垣スイトピアセンターでは
「鉄道と交通のまち」大垣というテーマで5人の先賢展が開かれている。
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                                         (大垣市スイトピアセンター)

これは、大垣市制90周年記念事業のひとつで
「大垣ルネサンス先賢フェスティバル」の夏のイベントとして開かれているもの

ポスターが大垣駅や名古屋駅でもみられる

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ここでは、主に西濃地方に関わる鉄道事業における
明治のパイオニア的な人が紹介されている

松本荘一郎
野村龍太郎
立川勇次郎
那波光雄

それに芭蕉と交流があった江戸期の谷木因

谷木因以外はほとんど知らないが、
わずかに立川勇次郎が養老駅前に記念碑が立てられているので
知っている人がいるかもしれない

会場に出かけた

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休日は子供連れが多く賑わっている
展示そのものはほとんど興味は示さずペーパークラフト、オリジナル乗り物Tシャツ
作り、鉄道模型などのイベントに人気が高い

先賢展をみているのはほとんど中高年だ

写真、年表、パネル展示、資料として手紙、日記、図面、辞令などが並べられているが
松本が米国留学中に勉強した英語の練習ノートや明治の逓信省のボーナス給付辞令など
面白いものも展示されている

しかし、画家や小説家といった文化人とは違い
技術者というとなかなか残してある遺品など少ないし
何を持ってその人の生きざまや性格、人間味を表現できるかはかなり難しい

彼ら自身がこうした功績がたたえられるとは考えていなかっただろうからだ
技術者が残したもの、
それは、橋梁や駅舎などハードなものが作品であり
技術革新や老朽化に伴って消えていくものだからほとんど残らない

これだけの展示で人柄や業績を理解することは困難だろう

私が面白いと思ったのは、先賢展にあわせての大垣駅の沿革を紹介したコーナーだ

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                            (昭和61年建設の現在の大垣駅ビル) 

大垣駅は明治17年5月に開業した

名古屋や岐阜よりも早く鉄道がやってきたのだ
滋賀県の長浜から関ヶ原、そして大垣まで布設されたのだ

つまり、西から延長されてきたのだ

なぜ長浜だったか?
これは大阪から京都さらに大津まで建設され、
大津からは長浜まで琵琶湖を汽船で運行されたからである

その先は長浜から敦賀まで布設して日本海へとつながる計画だった
さらには長浜から東に延びて大垣までつなげたというわけだ

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                 (長浜市の旧長浜駅舎)

明治5年に新橋~横浜間が日本で始め開通し、順次広げられていったが
面白いことに明治人の鉄道建設に対しては、
船運を利用するという考えが色濃く残っていたようだ

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                   (スイトピアセンター)

大垣まで繋げば大垣~桑名間は船で揖斐川を利用できるから、というもの
実際に明治16年2月から大垣・桑名間を濃勢汽船が運行した

写真は明治23年当時の案内板で毎日2回運行しており
大垣から桑名まで3時間、桑名から大垣へは5時間かかっていた

明治政府は、莫大な鉄道建設資金不足に悩み、
木曽三川などの橋梁技術の進展などで
ようやく明治22年に東海道線が全通したのであった

現在の大垣駅はそれから5代目になり昭和61年に竣工している
その前の4代目は昭和15年から45年間利用されてきた

私にとってなつかしいのはなんと言ってもひとつ前の4代目だろう

鉄筋コンクリートのひんやりした駅舎で木造の長椅子、切符売り場
鉄パイプで囲われた改札口、駅の大時計などまさに昭和の時代がよみがえる

パネル展示にあった昭和27年当時を写した待合室風景
「お買い物は大垣マルブツへ」「金蝶饅頭」「酒は玉泉堂酒造」の看板がみえる

切符売り場の格子のある窓口、電々公社公衆電話マークの扉がついたボックス

駅前にあった噴水池は亀が一杯いたなあ
持ち込んだ人の名が甲羅にペンキで書いてあったような気がする

当時の大時計が実物展示してある
ガラスにヒビが入って長く活躍してきたのだ

実になつかしい

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昭和30年6月には大垣~豊橋間に初の電車運転

昭和38年には修学旅行専用電車「こまどり号」に乗って大垣から東京へ行った
そして今はなき日劇で黒澤明の「天国と地獄」を見た
強烈な印象が今でも残っており決して忘れていない

昭和39年は井沢八郎の「ああ上野駅」が大ヒット!
「どこかに故郷の香りをのせて 入る列車のなつかしさ
上野は俺らの心の駅だ くじけちゃならない人生が
あの日 ここから始まった」

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大垣駅だって我らには心の駅だと思う

旧駅舎は多くの西濃の人にとって人生のスタートであり別れでもあった

昭和62年4月 国鉄が民営分割化されJR東海となった

そして平成もはや20年だ
昭和の時代が風景と共に薄れていく

でもときどき、駅や街の風景のなかに懐かしい昭和を見つけたりすると
なぜか心が和むような気がするのは私だけだろうか

なお、この展示は7月27日(日)まで開かれてますよ!

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