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2007年12月31日 (月)

今年もありがとう!

大晦日の西美濃の天気は
雪の予想が少しはずれて
ときどき晴れ間も見える寒い日だった

もちろん、池田山は雪雲に覆われ
ひゅーひゅーと電線がうなりをあげて
パラパラと雪が少し飛んでくるような天気

例年、師走には2,3度はやってくる空模様なのだ

一方、
海外で正月を送る家族連れや
ふるさとで正月を楽しもうという若い家族たちが
嬉しそうにインタビューされる
おなじみの風景がテレビで映し出される

毎年、この風景を羨ましいやら、
帰省ラッシュご苦労なこった、それでも帰りたいのやな
など複雑な想いを持って観ている私なのだ

今年の年末のくらしぶり
(1)
年賀状
年賀状は、例年の場合28日から30日位でやっと投函するのだが
今年はなんと21日に投函完了だった
異例の速さである

郵政民営化で「元旦にもらってうれしい年賀状」
にはやし立てられたわけだはないが
思った以上にスムーズに進行したわけです
年賀状を出す相手の選択には毎年苦慮しますよね

もう止めたい、と決意してやめる
でも相手から送られてくると、「お尻まくり」でお返しします
で、結局、次の年また出してしまいますので
止められないのです

(2)
お餅つき
毎年自宅で餅をつきます
といっても、杵で餅をつくことはしません
「餅っ子」という便利な電気調理器具です

親父のいた頃は、近所の数軒で一緒に餅をつきました
4人一組で杵をポンポンと調子よく打っては休み
手返しをしてまたつく
そうした光景を子供の頃よくみていました
寒い冬に農家の土間で湯気がもやもやと立ち威勢よい掛け声
そしてもち米の美味そうな臭いがなんとも懐かしい

時代が変わって飽食で餅そのものが珍しくなく
それほど食べたいわけでもない贅沢な今日
お正月の行事としての「お雑煮」のための餅つき

便利な機械の餅つき機で1升餅を3つつきました
もち米を6時間水につけ、水上げして20分後に機械に入れ
蒸すこと40分、15分つくとお餅の出来上がりだ

お飾り餅を7つつくりあとは切り餅用で四角に伸ばす
あくる朝、包丁で切り餅にして冷蔵庫で保存する

こんな作業は昔なら一大イベントで準備が大変だった
しかし、今では一日でOKで、28日や30日につくことが多い
29日は「苦モチ」とも言われ嫌われたのだが
最近は「フクモチ」といってつく場合もあるから気の持ちようだ

(3)
お飾り
田舎の家だと大概、仏壇があるし、神棚もある
お飾りモチはそうしたところが中心だ
わが家では、神棚1、仏壇3(阿弥陀さま、親鸞さま、ご先祖さま)水神さま1、床の間1、玄関1の7つを飾った。
数年前まではそれにマイカーや勉強机などにも飾った
玄関にはもちろん〆飾り、神棚にはしめ縄も吊るす
神棚には伊勢神宮と日吉神社の御札が新しく入れ替える
お墓にも花をお供えする
けっこうこれらの準備が忙しい

(4)
掛け軸
お正月のふさわしいものに掛け替える
最近は「徳川家康公遺訓」が掛けてあった
今年は「虎」の掛け軸にしてみた
お宝鑑定団のような値打ちモノは一切ない

(5)
大掃除
以前は、窓ガラスふき、部屋掃除、玄関そうじ、など大変だった
何日もかけて掃除をした
今年の場合、年末にいろいろなことが重なったこともあって
掃除はほとんどやらなかった
年が改まる、」ということに対する新鮮さが
だんだん薄れてきているのも確かなことで
切り替わっていかないもどかしさ
ずるずると引き延ばしていくだけのようなだらしなさ
「お掃除のする」心とはそういう想いを断ち切る行動かもしれない

(6)
お買い物
年末はどこもかしこも買い物客で一杯だ
お正月準備用品、家族団らんのための食品、冬対策用品など
2割引き、半額セールなど食品スーパーを中心にした
西美濃年末戦争はスゴイぞ
アクアがさらに加わっていまや共倒れの恐れ

わが家はそれに逆らったわけでないが「ヤナゲン」で挽き売りコーヒー豆
、大垣駅前寿司「にしき」でにぎり寿司、アピオ食品館で年越しそば、モチ菜などユタカドラッグでパンシロン、酔い止め、スーパー三心でインスタントカレー、おせち、ブリ、漬物、なんかを購入した

もちろん昨日もアクアのアピタで食料品を購入しているし
リオワールドでもお酒や衣料品を買った
バロー資材館で石油ストーブを買った

なんだかんだ言っても西美濃スーパー戦争はわれわれに利便性を与え
買い物には不自由しない環境ができてよかった

困っているのは既存の商店街だ
この歳末商戦を見る限り苦戦していることは明白だ
今日の大垣駅前商店街の寂しさに引き換え
北口はアクアウォーク客で賑わっている

(7)
今年の西美濃ニュース
なんと言ってもアクアウォークの開店と
養老鉄道の開業だろう

いずれもまだこれからどう影響するか時間をかけて見守る必要がある
また、食品の偽装表示の問題や
年金問題、民主党の躍進と自民党の混乱
サブプライムローン、石油価格高騰、食品の安全性など
事は遠い世界、あるいは中央の問題でなく、この西美濃とも深く結びついているのだ
どの問題も自分の足元から関係づけてみてくると
自分自身や家族の生きる問題につながってくることを実感する

2007年は決してよい年ではなかったかもしれないが
ほのかな明かりは見えた部分もあったかも

今年もこうしたブログを書けたことに感謝します

今年もありがとう!


2007年12月29日 (土)

旧暦ブームが来るか(1)?

今年も、あとわずかとなった。
一日中、雨が降ってさえない年末である
異常気象といわれ
地球温暖化がジワジワと進行中の気配を感じた1年でもあった

「偽」という漢字がシンボリックに新聞をにぎわせる

賞味期限って一体何なのさ!
テレビに写る責任者の総懺悔

自分自身の体、五感が麻痺している
旅番組、グルメ番組が日替わりメニューで
何でも絶品だ、美味だ、極上などと持ち上げる一方で
老舗をたたく
お調子に乗るな!

お馬鹿が今年は人気者
亀か朝か知らんけど
マスコミもズルイわさ!

ところで、前にも書いたけど
時間って、回っているのか、まっすぐなのか分からんなあ

そんな変な気持ちでいたが
こんな本を見つけて買ってしまった

Photo
NHKの「知るを楽しむ・歴史に好奇心」
の『古今東西カレンダー物語』の教科書だ

来年1月10日から4回にわたって放映される予定

今は本当に季節感がない
冬でもトマト、きゅうり、バナナ、もあるし
なんでもない日に、寿司だ、うなぎだといって
年中食ってるから喜びも少ない

冬でも花火が上がり、夏でも鍋をつつく

昔の人は、太陽が上がると起きて働き
西に沈むと寝る

あるいは、月の満ち欠けで月日の進行を知る
そしてつくしが生え、桜が咲き、夕立や秋の紅葉で
季節を知り、月日の変化を実感するのだった

今や都会のマンション住まいでなくても
季節感が薄れている

時間の速さはわかっても、
あまりに無味乾燥で生きている実感が薄い

電波時計の正確さや秒刻みのスポーツ記録は
人生とはあまりにもかけ離れてはいないだろうか?


さて、旧暦とは、太陰太陽暦のことで
日本でも明治5年までは実際利用されていたのだ

旧暦を今一度見直すことによって
人が生きることの意味や生き方を改めて考えてみるのも
2008年を迎える節目として
いいんじゃないかと思うなあ

(続きはまたね)

2007年12月23日 (日)

カミも人間的ですなあ!

071223_140835
こんな看板ありました
確かに気持ちはわかるけど、ここまで言うとチョットね

笑いをとろうとしたのかな?

(愛知県小牧市)

再び トイレ考(2)ですぞ!

わが家が洋式トイレに変わって20年近い
その間、世の中すっかり変わって洋式が相当普及した

駅やサービスエリアなどの公衆トイレも最近ではきれいになってきた
でも、小さな公園や寺社などの観光地はまだまだ汚いなあ

私も外で用をたすことがよくあるが
少しでもキレイで清潔そうなトイレを探しては利用する

大垣あたりでは、JR大垣駅ビル「アピオ」が推奨できる
洋式でしかもウォシュレットで気持ちよいし落ち着ける

大型ショッピングセンターでは、モレラ岐阜が一番お勧めだ
ロックシティ大垣も良いほうだな
リオワールドは施設が一番古くさいのでイマイチだ
快適さがない

アクアもキレイだが数が少なすぎる
特に「大」の時ほど待つイライラは相当なものだ
男性トイレにオムツ交換スペース付きだから
その広い分だけ個室数が少ない
改善されるべきだろう

名古屋駅前は、
ミッドランド、ルーセントビルが完成し
「元気な名古屋」といわれてから
本当に人が増えたのが実感できる

JR駅構内のトイレはいつ入っても満員状態だ
特に急いでいるときは悲惨な目に会う

こんなとき、穴場があるんだ
まず、高島屋のトイレが絶対お勧め
地下1,2階の食品売り場の奥にあります
洋式トイレで便座クリーナーもついている
003

洋式トイレは今でも「ノー」という人がけっこういるようだ
原因は便座に対する不潔感だ
見知らぬ人が座ったおしりにそのまま座ることへの抵抗感がある
だから、便座クリーナーがあれば安心できるのだ

名鉄デパートも店舗改装してからきれいになったようだ
ほかにも、快適なトイレがあるのを知ってるけど教えない
自分の足で探して見つけた方が喜びが大きいからね


たかがトイレ、されどトイレ、です

2007年12月16日 (日)

伊賀上野は魔界町か?

伊賀上野に行った
025

上野城や忍者屋敷など観光客の集まるところはわざと避けた
この町の裏側を見たかった

そのために裏通りに入り込んでみた

そこで、いきなりこんなものを発見!
019
3人のジジババの石像
小さな民家の中に並んでいる
ただ台座に「心」とあるだけで説明は一切なし

彼らはいったい誰なんだ、誰が何のために建てたのか!
021
石像のすぐ近くにこんな建物を見つけた
奇妙なのは2階だ
窓が全部外されて明け透けである

人形劇か、オペラ劇の舞台のようだ
夜な夜な、あの石像の老人がここで演説するのかもしれん

聴衆は誰なんだ?

015
この壁から突き出した意味不明の張り出し?
この一角に何があるのか
我々には見えない謎が隠されている?

032
上野天神宮の天井にある不思議な飾り物
干支らしき絵と磁石のようなもの

矢先は一体どこを指しているのだろう
秘密めいたものを感じてワクワクするなあ!

040
空を見上げたら「ナナ何だ?」
電気湯だって!
誰がこんな湯に入るんだ
抜け忍の体罰執行所か?
ビリビリ感電死だぜ!

いよいよ妖しい町だ、伊賀上野は!
056

街角に建つ真っ赤な超どハデな建物
どうやら表向きは寿司屋らしい
「忍者チラシ」なんてメニューあったが
じつにあやしい食べ物だ

049
こんな看板があちこちの町家に発見される
集議所だって?
忍者の密会場所がこんなに堂々と公開されてよいのか
ますます分からない!
063
壁にラクガキ?
それとも忍び者の暗号か!

083
こうして街のいたるところで見つけた証拠物件は
あやしいものばかりだが
もともと、伊賀上野は伊賀忍者の里だから
何ら不思議でもない

多くの仕掛けが日常に溶け込んでしまって
一般常識人では何も感じなくなっただけのことだ

芭蕉も謎の人だ、といわれている
忍者ではないか、とか

芭蕉の母方は桃地姓だ
だから芭蕉も「桃青」という俳号を使っていたこともある

ともかく、芭蕉でなくても
伊賀上野の町の底流には深い暗闇が漂う
それは、誰しもが持つ叫びのようなものかもしれない

それにしても、豆腐田楽は美味かった




2007年12月13日 (木)

臭くない?トイレ考だ!

012
昨日、仕事帰りにアクアに寄った
そこで、にわかにもよおしてきたのでトイレに入った
もちろん大にである 

洋式トイレだ
幸いにも、すぐに入れた
これはめずらしい、ラッキーだ

で、コートを着ていたので脱いで架けようとした
アレ?引っ掛けるフックがない!
なんで?

ドアにフックの跡があった
外してあるのか、とれたのか

ともかく、ショルダーかばんとコートを便器後ろの平らなところに置いた
そしてなんとか目的を遂げたが不可解だったなあ

もうひとつ、これもアクアの話だが
2階のカルチャーセンター付近で変な臭いがする
しけ臭い悪臭だ
時々、おしぼりや雑巾、下着から発生する例の臭いだよ

ゲームセンターの従業員が拭いていた雑巾が原因かな?
ともかく逃げたくなった

はっきり言って、アクアにはこうした繊細な感覚がないぞ!
見回っている奴は鈍なのか?

アクアのオープン以来ず~と見てきたが
トイレ環境は「モレラ岐阜」や「ロックシティ」に劣るぞ!

アクアは1階と2階にそれぞれ4箇所トイレがある
男トイレは大がふたつあり、洋式1、和式1だ

つまり全体でも16人分しかないわけだよ
ドニチのアクアをみてごらん
どれだけ多くの人がいるのか

絶対的にもトイレが不足している

私が気に入っているのはモレラのトイレ
数にしても清潔さにしても断然よい

アクアは男トイレの中にオムツ換えベットまであってスペースが広い
けど、そのぶん、数が足りん

オムツ換えの環境も大切だが、我慢して待ってるほうが
怒れるんじゃないの?

快適な環境にするならもっと考えるべきじゃないのかな?

どう思います?

2007年12月11日 (火)

中仙道・柏原宿

中仙道を京に向かって、赤坂、垂井、関ヶ原と進むと
次の宿が「柏原」です

中仙道六十九宿のうち江戸から60番目の宿場だ
もう、近江の国、今でいう滋賀県に入る

私なんぞ、子供の頃、
岐阜県は米原までと思っていた

関ヶ原までとわかってからも
何となく米原駅が
JR東海と西日本と別れるので
気分的に「ああ、関西に来たな」と感じる

ともかく、関ヶ原と柏原が県境なのです
070
国道21号線から右折してJR東海の踏み切りを渡る

063
すぐにこんな案内板が立っている
「近江美濃両国境寝物語」
溝のようなものがあり岐阜県・滋賀県という杭が打ってある
064
反対側に「寝物語の里」の碑と
「寝物語の由来」の説明書きがある

国境を溝ひとつ隔てて宿があり
壁をはさんで寝ながら話ができた、という

司馬遼太郎も「街道をゆく・近江散歩」に
この寝物語の里のことを書いている

068
さて
この国境(今の県境)の北側に溝を隔てて家が2軒並んでいるが
右が美濃側、つまり岐阜県関ケ原町で
左が近江、滋賀県米原市(合併前は山東町)だ

学校も岐阜県と滋賀県で全く反対方向に行くのだろうが
毎日の「おはよう」やらのあいさつや世間話をするし
子供たちだったら一緒に遊んでいるはず

でも行政区が違うとゴミの出すところも出し方も違うはずだし
税金も違うだろうからつい何で?なんて比べたり
実際のところ、どう思っているんだろうな

056
寝物語の碑の近くに
芭蕉の句碑がある
「正月も美濃と近江や閏月」
野ざらし紀行における句らしいが
司馬氏の指摘するようにあまりよい句ではない

053
柏原宿へは、JR「柏原駅」で下車するのが便利だよ

050
でも駅舎は何もない殺風景なものである
無人駅ではないもののチョット寂しい

さて、降りてからどうするか
観光案内所もないし
駅前には店なんかナ~ンもなし
自販機で飲み物と新聞を売ってるだけ

駅から少し出ると左右の通りが中仙道だ
002
街道の面影はよく残っているが
とにかく店がない

そこでだ
柏原宿を理解するには「柏原宿歴史館」がお勧めだ
右(つまり西)に向かい5分も歩くと北側にある建物がそれだ

031
豪壮な旧家を改築したもので国の登録有形文化財になっている
入館料300円を払って中に入りまず紹介ビデオを見よう

030
ほかに宿場全体の模型や、蔵には中仙道六十九次の浮世絵があるし
江戸時代にタイムスリップした感が味わえるかも

まあ、柏原宿の概観や歴史はほぼ理解できるぞ

西美濃四宿と近江8宿中、
この柏原宿が13町(約1.4キロ)と1番長いとか

宿場の規模も家数344軒、旅籠22軒
そして名物のもぐさ屋が10軒と大きな宿だったようだ

023
映画監督の吉村公三郎の生家が柏原とは始めて知った

歴史館は喫茶コーナーもあって地元のおばチャンが集まっていて
サロンのような雰囲気だった
私は気後れがして中へは入らずだった
004
歴史館を出てブラリ散策する
どの家にも、昔の屋号と職業が書かれた看板が架けてある
014
街はひっそりしている
ときおり車が走り抜ける

しかし、国道21号線が旧道から南に少し外れたため
こうした旧い町並みが残ったのだろう

034
旧銀行跡が補修工事の調査のため井桁が組まれていた
保存に向けてそれなりの声が上がっているのだろうな

017
柏原宿で有名なのが伊吹もぐさの「亀屋左京」だ
亀屋の何代目かの松浦七兵衛が江戸吉原で散在し
芸者に唄を歌わせた
「江州柏原 伊吹山のふもと 亀屋左京のきりもぐさ」
まあ、これがCMソングのはしりで中山道の行き帰りの土産に
よく売れたという

あいにく、この日は店が閉まっていたが
この店の大きな福助がトレードマークでもあるらしい

026
さきほどの歴史館で福助がたくさん並んでいたのは
福助の「発祥の地」ともいわれているからだ
044
唯一の店屋?
ともかく食堂もコンビニも土産屋も何もないから
有名観光地のような歩きかたは無理だ

006
街道からの横道に猫が道の真ん中でこっちを見ていた
「あ どうも!」という感じで目を合わせてしまった

003
街道横にはこんな洗い場があった
谷川の清水がここに流れている

045
もうひとつの亀屋の跡地に当時を偲ばせる
大きな蔵が2つ残っていた

それぞれの家の繁栄と没落の歴史をみるようだ

年に1度「やいと祭」つまりお灸の祭りがあり
その時は大いに賑わうという

象徴的で何か神々しい伊吹山の下にある柏原宿である

2007年12月 9日 (日)

捨てる、ということ

今朝、地域の子供会による「廃品回収」があった
古新聞、着なくなった服、ダンボールなどに
昔、買った本を大量に捨てた

持っていてもたぶん読まないだろう、
が、なかなか捨てられないのだ

自分の生きてきたことが重なってしまうから
愛着がわくのだろう

昭和40年代の「キネマ旬報」やら「映画評論」やら
今、昭和ブームがきているがまさにその頃の雑誌も捨てた

野坂昭如や唐十郎が絶好調
ボウリングも中山律子さんだ

歌も黛ジュンやいしだあゆみなんかヒットしていた

そういう時代の本を捨てた
思い出も捨てようとしたが、捨てきれない

まだ読まない本もゼッタイに着ない服もあるけど
とりあえずタンスや本棚にそのままにしてある

「捨てる!技術」という本を買って読んだけど
あまり参考にはならなんだ

この本のなかに『あなたが死ねばみんなゴミ』って書いてある

自分で生きているうちにすっきりさせておいたほうがよいのでは
と著者はいってます
014
まあ、シンプル・イズ・ベストかも知れんけど
捨てられんのが人間だよ

世の中そう単純に割り切れないよね

で、この本もまだ捨てきれずにしまってあるのです

2007年12月 7日 (金)

時間の流れかたは?

001

最近、朝の通勤で不思議なことを感じることがある

「アレ?この風景、同じじゃないのかな?」

7時過ぎにJR大垣駅から名古屋まで乗る

名古屋駅で大勢がドドッと降車して、
足早に改札を通りぬけていく
そしてそれぞれの職場に急ぐ

あわただしい風景だ

この改札を抜けて、地下鉄に向けて歩いている時だ
昨日と同じじゃないか

昨日もこの服装でこのショルダーかばんを持って
ここをあるいていた

何も変わるところはない
でも、日にちが違うし、今日は昨日ではないはず
1日たったはず

だとしたら、時間と言うのはグルグル回っているのか
でもさ、歳は取ってるから
やはり時間は直線コースでまっすぐ進むはず

今朝の私は、昨日の朝の私ではない

そんなお馬鹿なことをふっと感じてしまう空気がある

2007年12月 6日 (木)

養老鉄道のこれから!

007
今年10月に発足した養老鉄道が2ケ月経過した

先日の中日新聞の西濃版に「電車でGO!PR奏功」の記事

11月11日に開催された「2007いびがわマラソン」で
養老鉄道を利用した人が昨年より37%増えたという

いびがわマラソン実行委員会が公共交通の利用をPRした
これが功を奏したらしい

帰りの利用も揖斐駅の乗車数で約51%増加した
養老鉄道としても嬉しいニュースだろう
003
養老鉄道は三重県の桑名から養老・大垣を経由して
揖斐にいたる57.5キロのローカル線

そのうち大垣から揖斐までの区間を地元では揖斐線と
大垣から桑名までを養老線と呼んでいる

朝夕の高校生・サラリーマン通学・通勤客を除けば
昼間はほとんど数人程度の赤字路線だ

線路や電車、駅施設などは近鉄が保有し、
経営を100%近鉄の子会社である養老鉄道が受け持つ

沿線自治体も赤字分の一部を補助するという
厳しい中でのスタートだった

運賃もアップしたが、最悪の廃止は一応免れてホッとしたところだ

でも、大幅な赤字であれば再び廃止論議が出てくるだろう
多くの乗客を呼ぶにはどんな手があるのか

こうした中での「いびがわマラソン」イベントだった

さらにもうひとつのビッグイベントがあった
JR東海の人気イベントである
「さわやかウォーキング」だ
Photo
11月23日のコースのひとつ
「垂井本龍寺と紅葉の霞間ケ渓公園・池田温泉を訪ねて」

JR東海道線垂井駅をスタートし、中仙道垂井宿から円興寺
人気の池田温泉を通り霞間ケ渓公園から
養老鉄道・池野駅にゴールする14.6キロのウォーキングだ
Photo_2
このイベントに対し養老鉄道も
通常、昼間の時間帯の1時間に1本を
12時から2時まで臨時列車を出して
20分ごとの運行とし便宜をはかったのだ

近鉄時代では考えられなかったことである
必死の生き残りをかけているのだ

こうしたビッグイベントは今後も続行されるだろう

しかし、根本的にはもっと地元に利用されることが必要だろう

飲酒運転が大きな社会問題となり厳罰化されたが
忘年会など飲酒する機会が多くなる割には
電車の利用が促進されないのはどうしてか

早い終電、駅の無人化による治安の問題、駅から自宅までの足など
すぐ電車に切り替えはむずかしい課題がある
008

つい先月にも養老鉄道の広神戸駅で
高校生など6人が恐喝の被害にあうという事件があった

揖斐線に限っても駅員がいるのは、大垣駅と揖斐駅のみだ
無人駅で降りた時など特に若い女性などは不安だろう

人件費削減は当然という結果、無人駅が増加した
そして事件が多発するようになりますます人が遠のいた
目に見えて治安が悪くなっている

かつてはこの近鉄広神戸駅前は町の玄関口だった
駅前には商店や自転車預かり所、旅館、タクシー営業所などが
並んでおり活気があった

023
そこで提案だ

無人駅に人を置こう

もちろんボランティアだ
地域と連携して安心して上下車できる環境にするのだ
モノを販売しても良い
売れなくてもかまわない

時間が許される範囲で交替して務める
あいさつだけでもいいではないか

人がいるだけでどれだけ治安回復になるか

養老鉄道の歴史は古い
近鉄以前からここに電車は走っていた

新生・養老鉄道は2ヶ月だが工夫アイデアしだいで
大きく変わる可能性もないではない







  

2007年12月 1日 (土)

奥びわ湖・菅浦を訪ねて

いよいよ師走だ

いっこうに寒くならないのは、やはり温暖化なのかな

紅葉の名所は車で一杯、渋滞でイライラ
人があふれて、花より団子

それよりも、ゆっくり、静かなところへ行きたい

というわけで、奥びわ湖の隠れ里「菅浦」に行った

022
国道8号から303号線を通り
西浅井町に入る

湖岸沿いに走るがほとんど人、車がいない
桜の季節、夏の時期を除けば閑散としている

そして「つづら尾崎」の行き止まりの集落
菅浦である

004
大きな2本の公孫樹の木がお出迎えだ

001
赤く染まった蔦もキレイ
この道で見かけるのは老人ばかりである
若モンはおらんのか
050
須賀神社は淳仁天皇が祭神と言われている
奈良時代からの古い神社らしい
イチョウの黄色もなかなかのもの!
007
集落の入り口にある「四足門」
四脚の草葺の堂々たる門だ

018
ハッサク?がびっしり実をつけている

009
干し柿が吊るしてある
西美濃地方では、こんな干しかたはしないぞ
なんかイカ・タコ風にみえる
011
蔵のある家に、梯子がかけてある
当時の繁栄した頃の面影を残している
012
菅浦の港だ
かつて海運が盛んだった頃は賑わったはずだ
湖北の飯浦、塩津浜、大浦など湖上交通の港として
京、大津から北陸と結んでいた
013
湊には、淡水魚を獲る船が停泊している
びわ湖はバス釣りやボート遊びのレジャーの人がいるばかり
020
大根を干して漬物にするらしい
037 
この菅浦の集落の真ん中に見つけた古い門の家
かつてはここを取り仕切った家であろう
044
庇の裏にスズメ蜂の巣があった
ウヒャ!怖ア!
030
集落のはずれにあった廃屋
誰が住んでいたのか
この家にも繁栄と没落があった
029
ウォーキングしている集団に出会った
ほとんどが中高年で、
静かに歩いていたのが印象的だった
010
この菅浦には民宿が2軒、料理旅館が1軒?ある
「すっぽん鍋始めました」が、なぜか面白い
この看板からして、いつから始めたのだろう
036
風もない師走の土曜日
時間が止まったような、静かな「菅浦」は
幼い頃のなつかしい風景を思い出させました

冬の菅浦もおすすめです

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