« 見事な壁画を発見! | トップページ | ナスカの地上絵か!? »

2007年11月16日 (金)

謎の人・伊藤萬蔵を探せ!(1)

020

西美濃の名刹のひとつ
西国33ヵ所観音霊場の最後の札所である谷汲山・華厳寺

いつ行っても参拝者が絶えないが、
特に春の桜、秋の紅葉シーズンはツアー客が大勢やってくる

みやげ物屋がならぶ参道を歩くと
大きな仁王門がある

門の特大わらじの前では記念写真を撮る人が多い

この仁王門の左手に大きな石の門柱が立っている

200511_012


「西国第三十三番満願霊場」と書いてある

彫りが太くかつ深くて豪快なタッチである

200511_023 


右側面には「高橋清助」と「伊藤萬蔵」の名がある
寄進した人の名が書かれているのだ

この「伊藤萬蔵」こそ
私の言う謎の人伊藤萬蔵その人なのである

いったい、この人はどのような人物なのか

私が、伊藤萬蔵の名をはじめて知ったのは
もう10年以上前になるだろうか

歩き仲間と一緒に垂井から美濃路を、大垣、墨俣
起、など経由して確か稲沢あたりだったろうか

小さな神社の石柱を見つけて
「伊藤萬蔵ですね」などと興味深げにしゃべっておられた

その時は、なんのことか理解できなかった
しかし、その後、いろいろな機会に神社、お寺など訪れると
あの、「伊藤萬蔵」の名を見つけることがあった

それから、興味を持って
写真を写したりして記録の残していたのだ

さて、西美濃の中仙道を
赤坂宿から垂井宿に向かって西に歩く

2キロくらい行くと青墓というところがある

北に向かう細い道の入り口の西角に
こんなものを見つけました

002

「国宝 観世音菩薩 園興寺」とある
そして右側面には、
200312_008

「名古屋市西区塩町 伊藤萬蔵」と彫り込んである
ここにもあった

西美濃では二つ目の伊藤萬蔵である

さて、園興寺のことであるが、寺暦は古い
790年(延暦9)に地元の大炊氏の帰依に得て
最澄によって創建されたといわれている

008
源頼朝とも関係が深く、兄の源朝長がここで亡くなり
近くの山に墓がある

011
まだ少し早いが、紅葉の名所でもあって
多くの人が訪れる

さて今度は、
西美濃からちょっと離れて西に飛びましょう

019
ここは、奈良の興福寺です
そのシンボル的な五重塔です

021
興福寺の西南にある八角の形をしたのが南円堂です
南円堂は813年(弘仁4)に藤原冬嗣が建立したもので
藤原家の発展を祈願し不空羂索観音がまつられています

西国33ヵ所の9番目の札所となっており、
巡礼で訪れる人も見られます

023

猿沢の池から南円堂に上がる石段の右側

ここにも「名古屋市塩町 伊藤萬蔵」の名前がありました!

024

裏側には「明治34年8月建立」とある
100年以上前に建てられたものです

025
反対側をみると下のほうに
「三河国岡崎 石工 成瀬来次郎」とあります
愛知県の岡崎は墓石、灯篭など石細工の伝統があるところ

その石工に彫ってもらい
遠くの奈良まで運ばせたのだろう

相当の財力があったとおもわれる

いったい伊藤萬蔵はどういう人であったのか
なぜこれほどの寄進をやったのか

ほかでも多くの場所で伊藤萬蔵を見ているので
シリーズでレポートします

このブログを見られた方で、
ここにもあるよ、あそこで見たよという方

ぜひコメントください

« 見事な壁画を発見! | トップページ | ナスカの地上絵か!? »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/111086/8906105

この記事へのトラックバック一覧です: 謎の人・伊藤萬蔵を探せ!(1):

« 見事な壁画を発見! | トップページ | ナスカの地上絵か!? »

2016年11月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

日本ブログ村

最近のトラックバック

無料ブログはココログ