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2007年7月16日 (月)

芭蕉元禄の街・大垣

大垣は、芭蕉ゆかりの街である

特に「奥の細道」むすびの地として知られている
しかし、それ以上になると知らない人も案外多い

そこで、観光案内的に少し紹介しておこう

名古屋からJR東海道線で30分 
大垣駅下車、新快速が15分おきにあって思ったより近いですよ

大垣駅の南口を出る
駅ビル「アピオ」1階にある「西美濃観光案内所」に寄ってみよう

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ここで「城下町大垣観光マップ」などもらって、おおよその方向
距離、目印など聞いておく
きっと、親切に教えてもらえるはず

駅前には「芭蕉元禄の街・奥の細道むすびの地」の看板が目立つ
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この駅前広場はかつて噴水公園があって、亀がたくさんいた
今はロータリーになり
近鉄養老線大垣駅、近鉄大垣市内路線バス、タクシー乗場、
アパホテル、交番などがある
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大垣は戸田10万石の城下町であった
また、揖斐川の西側に位置し、杭瀬川、水門川などが流れ
水の豊富な水田地帯でもある


駅前からは真っ直ぐ南に繁華街が続くが
芭蕉的雰囲気となると駅から東に直進してみよう

商店街からはずれて住宅街になり静かな町並みだ

こんな絵が出ていたりすると
芭蕉の足跡をたどってみたくなるなあ
Img_0500

5分ほど歩くと水門川にでる


かつては、ここは大垣城の外堀で、お城をS字状に回るかたちで
流れており、これに沿って遊歩道が整備され「ミニ奥の細道」という
芭蕉句碑めぐりができるのである
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水門川の水はきれいだ
両側に木々が植えられ夏でも比較的歩きやすい

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行春や 鳥啼魚の 目ハ泪

奥の細道旅立ちの句である
千住で見送られ旅に出たとき詠まれたもの

こうして奥の細道全行程約2400キロを
2,2キロに短縮して「結びの地」のある船町まで
20句が立てられているのです
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水門川沿いに約1時間歩くと船町に着く
この船町にある港跡と住吉燈台が往時をしのばせている
観光客が一番訪れるメインコースになっている

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蛤の ふたみに別 行秋そ

むすびの地・大垣で詠まれた句
始めの句 行春や‥に対し行秋そで終りと呼応している

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大垣の船問屋主で俳友でもある谷木因が見送る場面である

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この船町には「奥の細道むすびの地記念館」がある

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記念館には松尾芭蕉と大垣との関係などが
歴史年表的に紹介されたり、
谷木因など美濃派の俳人の活躍など遺品を通しての
説明などがある

また、街を歩くといたるところに芭蕉をみつけることができる
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このバス停にも

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あのバス停にも芭蕉さんがいる

芭蕉の奥の細道に関わりのある街には
何らかの記念碑的なものが多くある

しかし、大垣がなぜ「むすびの地」とされたのか

旅は人生であるという考えは今でも通ずる
生きることは何かを求めて旅する
そこに共感する人が多い

むすびの地は、また新たな旅立ちの地でもあった

芭蕉は大垣へ4回も来ているのだ
この地にそれほど魅力があったのだろうか

芭蕉と西美濃は深く結びついているようだ

また別の角度からも紹介しましょう

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