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2007年6月30日 (土)

自由放任主義か厳格取り締まりか!

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自転車を置いてもよし
サラ金の広告OK
水道トラブル広告OK
植木鉢OK
ゴミの集積無論OK

ま、取り締まってもきりがないから
ほっておきますわ

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自由だって!
そんなの許せねえ
江戸っ子は気が短けえんだよ
張り紙、ポスターなんかすぐ剥がしてやるさ
コレ見ろ
貼ればすぐ剥がす
気持ちいいだろ
ざまあみろ!
      (東京都台東区根岸)

1090回めの土佐源氏

坂本長利の一人芝居「土佐源氏」を観た
この芝居については前から評判を知っていたが
なかなか出会うチャンスがなかった

今回は
府中市郷土の森博物館開館20周年・宮本常一生誕100年記念特別展
に合せた企画のひとつとして公演されるものだ

事前にはがきで申し込み多数の場合は抽選になるらしい
やきもきして待っていたら10日前にやっと届いて「当選おめでとう」だ
やはり人気が高い

公演は23日に1回、24日に2回の3回公演
各回100人だから300人のみがOKさ

23日は夕方17時30分から開演
会場は博物館内にある旧田中家住宅和室だ



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博物館では今回の特別展にそうとう力を入れているようだ

園内では、あじさいまつりも開かれている

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今回の公演会場となる旧田中家住宅は
甲州街道・府中宿を代表する商家で
明治天皇行在所にもあてられていた
移築された土蔵や表門がなかなか立派である

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入り口に看板があった

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まだ1時間もあるのに受付は並んでいる
お客も入れ込んでいるぞ
期待が高い

2000円の参加費を支払って靴を脱ぎ会場に入る

10畳程の和室が3つ
襖をはずして縦長の通しの間になっている
その中央に黒い布で覆われた2畳ほどの高くなった舞台がつくられ
その上に15センチほどの太いローソクが一本おかれているのみ
背後は黒い暗幕である

座布団が敷き詰められこれが観客席だ
最前席は舞台からわずか畳一畳分離れているだけ
ほとんどかぶりつき状態

早くも前の特等席は埋まっている
2番目に陣取った
一人で着た赤いTシャツの若者
府中市の中年女性ふたり連れ
演劇好きらしい男
宮本ファン
混在の観客
年齢層も幅がひろい
観てみたい、という一点では共通している

開演時間が迫ってくるとどんどん人が増えて
それによって部屋の温度が上がってくる
観客の熱気も加わる

お互い同士の会話を聞いていると
どうやら宮本常一の企画展の関係者もいるようだ
周防大島からの人もいる

開演のあいさつがあり部屋の電気が消される
そしてローソクに火が入る
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会場を静寂が包む
音がしてくる
どうやら太鼓のようだ

その音が観客を徐々に特別な世界に誘いこんでいく

風のうなり声にかわり、暗闇から何かが現れた
モゾモゾという音にハーハー、ゼイゼイという息づかい

ござで体全体を包み隠し、のそりのそりと近づいて
舞台の中央に現れた奇妙な人物

ドキリとする瞬間だ


「わしの話を聞きたいとおっしゃるのか
わしゃ、何もしらんぞ」

ポツリポツリと口が開き
少しずつ戸惑うように話し始める

遠い昔を懐かしく、あるいはため息まじりに

ご存知「土佐源氏」は宮本常一の名著「忘れられた日本人」の
なかで取り上げられた聞き取り話のひとつだ

土佐榛原で暮らす盲目の老人の話

牛を売り買いするばくろうの女遍歴を語るというもので
芝居はおおむねこれにそって展開していく

一人芝居も始めて観たし
坂本の芝居も始めてだった

トツトツと語る場面や大きく身振りする、あるいは
話し疲れてゴロンと横に寝てしまう

また起き出して
「あ、あの時はそうじゃった…」と次に展開していく構成

時折、観客から笑いも聞かれる

私の予想していたのはもっとどろどろしたものというイメージだった
闇の中で生きる凄さのようなものが底流を流れている
そんなことを想像していた

でも違った
意外に明るいのだ
というより自由奔放に生きた男が
盲目となったいま封印を解き自らが解放されるというような印象だ

いろいろ騙しもしたが牛と女は騙さなかった
庶民のずるさとしたたかさ

「かかあがもうじき戻ってくるでな、
 おなごのはなしはここらでやめよう」

吹き荒れる風にござを飛ばされそうになって舞台から消えていく

ながい余韻があった

舞台が明るくなって俳優・坂本長利が登場する
拍手が起きる
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演じられた男はどこに消えたのか
ここにはダンディな男・坂本がいる

あいさつが始まる
「きょうは1090回目の公演です
みなさんが呼んでいただきこれまで続けられることができました」

大きな拍手

「諸外国にもいろいろ公演いたしました
日本語でセリフを全部言うんですが、笑うところは同じなんですね
どうして分かるんでしょうか
不思議です
日本語って素晴らしいと思います」
などユーモアをまじえたあいさつ

40年もライフワークとして演じ続けた味がにじみ出ていた
今年77歳で多分生涯演じていくだろうと思う

私としても恐らくもう二度と観る機会はないだろう

宮本常一の世界をこうした形で伝え遺されている

見ごたえのあるお芝居を堪能しました


2007年6月29日 (金)

特別展「宮本常一の足跡」に行く

今年・平成19年は、民俗学者・宮本常一の生誕100年だ。
明治40年8月1日、山口県の周防大島で生まれ今年で100年目というわけだ。
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東京都府中市郷土の森博物館では開館20周年記念として
特別展「宮本常一の足跡」が開催されている

ネットはありがたい
岐阜の西美濃にいても、こんな情報が手に入るのだ

それにしても「なぜ、府中市なの?」という疑問

その理由がわかった
宮本は昭和36年から73才で亡くなるまでの約20年間は
府中市に家族と住んでいたのである

そればかりか
市内を何度も歩き「府中市史」の調査、執筆など
いろいろ関わっていたのだ

そこで、無性に行ってみたくなり
ノコノコと出かけたのである

新宿から京王線「分倍河原」駅下車、バスで約5分
郷土の森は全体が公園のようになっており緑豊かな施設だ
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なかでも、けやき通りは歩いていても気持ちがいい
園内では、明治から昭和まで旧い民家や商家などが
移築されてかつての府中市の面影が見られる
こうした施設の構成にも宮本が関わっていたようだ
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特別展はこの博物館の中で開催されている
概観は大きな和風民家のようにもみえる

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博物館の中に入って驚いた
左手にミュージアムショップ、資料室、右手に喫茶コーナー
少し奥に今回の展示会場、さらに右奥はプラネタリウム

全体をつつむ雰囲気がとても温かい
そして賑わっている
子供から高齢者まで、そろっているのもいいな
これも宮本精神がどこかで生きているような気がする

よく、博物館へ入ると何となく空気が冷たくて
知識やモノやアタマだけが先行して
お仕着せの展示が鼻につくところが多いが…

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特別展の入り口には
「宮本常一の足跡~旅する民俗学者の遺産」
と書かれている

宮本はいつも笑っているか、何か真剣にみつめているような写真が多い
それは、温かいまなざしといえようか

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宮本が書いた膨大な書籍の山の一部が展示されている
彼が遺した著作を順次整理し出版されているが
おそらく100巻はくだらないだろうといわれる

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この特別展はきらびやかさはない
そして美術品のように鑑賞する貴重な展示品はない
古ぼけた書物であり、古い写真であり、手紙やハガキである

それでも、展示が興味深く、面白いから
熱心に見ている人が多い

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来場者は、全体的に中高年層が多い
懐かしそうな顔をしたり
嬉しそうな顔だったり
不思議そうな顔や
うなずくような顔だったり
みんな、それぞれの世界で宮本を見ている
そして心で会話しているようにもみえる

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とにかく、宮本は全国歩き回り
撮った写真が10万枚とか

府中市関係でも1000枚程あるらしい

宮本は昭和35年にオリンパスペンを買ってから
あらゆるものをメモ代わりにとり
ネガを残したのである

ちょうど高度成長で日本がどんどん変わり
生活も古いものが切り捨てられていく頃だった

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宮本が記録したり書き残した原稿も展示されていた
とにかく、筆まめというのか
小さな字で、しかもていねいな筆遣いで
読みやすい

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私が嬉しかったのは、
交流のあった教え子や後輩との書簡集だ

あるハガキには

私はファブルの昆虫記をよんでとても感激したものですが
我々が本当に人々のために啓発するような仕事をすることの出来るようになるには
あたたかい心と
こまやかな観察と
忍耐づよい努力が必要です
そして生涯 開拓者の気持ちで生きることです
どうぞ そうした人であって下さい

と書いてあった
後輩に対する温かいアドバイスがよく伝わってくる

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府中市民は宮本常一をどれだけ知っているのだろうか
「旅する巨人」といわれるほどの人が府中市に住んでいたなんて驚きではないか
誇りにすべきではないでしょうか

特別展でのあいさつ文に
「(郷土の森)博物館では、この節目の年に催しを通じて
生涯と業績を振り返り
地域のアイディンティティ再生に向けた情熱を
宮本と共有する機会にできればと…」
企画しましたということである

いまどこでも地域が疲弊している、無くしてしまった郷土愛、
それがひいては生きる力を消失してしまっている
そういうなかで宮本をどう共有するか

つまり、宮本が遺した遺産をどう活用していくかが
大切だ、ということだろう

私は、昨年、周防大島へ行き宮本の生き方が少し分かったような気がした

そして今回こうして東へスタコラ出かけて参りましたが
その大きさには面食らってしまいます

つまりは
私は「宮本常一」について何も知らなかったと
いうことがよく分かりました

民俗学ってなんだろう

人や社会の進歩・発展ってどういうこと?
豊かな生活って、幸せな人生とは?

そんなことを帰りのバスの中で考えてしまいました

でも、
とてもていねいな心のこもった特別展で
ノコノコと西美濃から出かけたかいがありました

2007年6月22日 (金)

失礼なこと 2題

自分のことしか考えない娘

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大垣駅始発の電車でのこと

ドアが開き乗客が一斉に乗り込む
私も車両の4人掛けの席の窓側に座った

私の隣に座り込んできた20代の女性が
立ったまま、
ブラインドにいきなり手を伸ばしたかと思うと
ズーと一番下まで降ろしたのだ

「あれー、チョット待てよ!」と言う間もなかったほどすばやい

「勝手にするな!」と言いたかったがなぜか言葉が出てこない

あまりにも大胆で当たり前にやってのけたので
私もさすがにビックリだ

私も行動に出た
降ろされたスライドを目の高さまで上げ戻したのだ

そしてチラリと隣の方を振り向くとそしらぬ顔をしている
そしてあらぬ方向をみている

それ以上、何もなかったかのように
お互い自分の世界に入ったのである

私は、彼女がブラインドを降ろした理由は分かる
日焼けしたくないのだ

一方、私の通勤電車の楽しみのひとつは
車窓風景を眺めていることである

そのために窓側に席を確保するのだ
いきなりブラインドを閉められて
楽しいわけはない
「そりゃないだろう!」ということだ

チョット気が利いた娘なら
「スミマセン、ブラインドをさげていいですか」
って言いますよね!

それが配慮っていうものですよ
私は窓側に従えなんて言わないけど
勝手にやることはないでしょう!

彼女、多分悪い人じゃないけど、気がつかないのかな
そういう微妙なことに

日頃からの感性というか女性の品格というか
もっと磨いてもらいたい

まあ、私もそんなこと言えるほど「男の品格」ないけどね


 『割り込み常習犯は女学生だ

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これまた大垣駅始発電車でのこと

大垣から名古屋まで朝の通勤時間は35分ほど
座りたいから早めに来て並ぶ人が多い

このとき、私は4列目に並んでいた
私の前は女学生らしい
教科書には「酵素の種類」はナントカカントカと書いてある

10分以上待っている
あと3分くらいで電車が入線してくる時間だ

一人の白っぽい服装で現れた娘が
「オハヨウ!」と私の前にいる学生にあいさつして
その横に並んだ

そのまま動く気配がしない
これは、前の学生と一緒に乗るつもりではないか

注意というか、後ろに並ぶんだよ、と言おうか迷っていた
だって、そう言うと
「私は乗りません」「立ってますから」とか弁解するかもしれない

やがて電車がホームに入ってきた
ドアが開いた
乗客が急ぎ足で乗り込む
注目の女性が、女学生と並んで入るようだった
ヤッパリ!
ズルだ!

勇気をふるって
「ダメだよ、ならんでなきゃ」
というと
さらに後ろに並んでいた男性も
「横入りしてはダメじゃないか!」と大きな声で怒鳴った
おお~
私以上に怒ってるヤツがいるぞ、いいぞ!

そこで、娘もチョット困った顔をして苦笑いで立ち止まってしまった

並んでいた乗客はほぼ全員座れた
先ほどの娘はバツが悪そうに
友達の女学生の近くに来て立っていた
無言で

以前にもこうしたことがあって
私も何となく思い出したのだ

そのときは私の前ではなく別のドアだったが
だれも止める人がなく
すんなり割り込みに成功したようだった

もちろん、同じ娘とは断言できないが

でもね、やっぱり誰か言わないと直らないよな

今回はありがたい応援があったのでよかったけど
例えば
娘にボーイフレンドがいて
咎めたことに逆ギレして暴力沙汰になることもありうる

だからなかなかチカンやら暴力やらあっても
止める奴がいないから減らないのだね

「自分さえ良ければ主義」が横行してるなあ

カミサマ!仏サマ、あと少しの勇気と強い腕をください

臭い

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満員の通勤電車で嫌なもののひとつに「臭い」がある

特に、この梅雨時になると服から発する強烈な臭気は
とても我慢できない
とくに若い男性が目立つ
すれ違っただけでもその臭気は鼻にくる

離れるか席を立つかしなければ吐き気がしてくるほどだ

洗濯の生乾きが原因だといわれている

不思議なのは、その本人が平気なこと
自分で気がつかないほど臭いに鈍感なのか
最近何かと話題の「鈍感力」か

今の若い人は臭いを気にする人が多いと
言われているだけに意外な気がする

スプレー式の消臭で汗や体臭を消すもの
トイレ、部屋、車、冷蔵庫、あらゆるところに
消臭剤が使われている
今やドラッグストアではこうした商品が売れ筋で
新製品ラッシュだ
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さらに近ごろ「加齢臭」なんて言葉も出てきた
嫌なコトバだ
年齢を重ねると独特の皮膚の臭いがするのだろうか

また体臭が強い人も時には乗り合わせることがある

そして、ひげ、頭は伸ばし放題、ゴミのような荷物を手に持って
見るからに何日も風呂に入った形跡のないような人も乗ってくる

鼻を押さえるわけにもいかず困ってしまうのだ

電車は余程のことがない限り乗車拒否しない

終電に近い頃には、酒とにんにく臭と化粧の臭いが複合して
どうすることもできないほど車内が異臭で充満する

煙草は今でこそ車内でもホームでも禁煙になり
その臭気はほぼ消えた

しかし、酔っ払いが吐く息にはアルコール臭に煙草臭が混じっている
喫煙者はもはや衣服にも煙草臭が染み込んでしまっているから
始末が悪い

臭いと感覚は不思議なもので、自分のことはなかなか気がつかない
例えば、にんにくのたっぷり入った餃子を食べて、翌日に家族から
「臭うよ!くさいよ」と言われるまで分からない

まして電車では誰も言わない
言いたくても言えない

こうなると臭いに敏感な人はとても耐えられない

JRの普通車両には、たいてい1つ、2つのトイレが付いている
昔は垂れ流しの構造になっていたが今はタンク式だから
外へは漏れないはずだ

しかし、トイレからの臭気と思えるものが漂ってくることがある
「あ~あ、またか!」と思う
特に2ドアの旧車両が臭うようだ

こうした臭いに対する感覚をどう思っているのでしょうか
単なる個人的な嗅覚の問題だろうか

日本文化は香りを大切にしてきたはず
お香、花の香り、日本料理でも、着物でも
繊細な香り、季節の匂いを感じ取ってきた

古来の文化が崩れ、
大量生産の化学合成香料が普通に受け入れられてきている

キンモクセイはトイレの匂いだと思う人もいるかもしれない

自然にふれあい、野山や海の匂いを自分の体で感じとることが
ますます必要じゃないかな

2007年6月18日 (月)

父の日に思うこと

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きのうは、6月の第三日曜日で「父の日」であった

折り込み広告には「父の日」特集のオン・パレードだ

『お父さんに贈りたい「ありがとうの」の気持ち』
『父の日は癒しのプレゼント「一生懸命働いてくれるお父さんに
ありがとうの気持ちを送ろう』
『1000円以上お買い上げで箱代ラッピング無料サービス』
『大好きなお父さんに贈るプレゼントが勢揃い』
『大好きなお父さんに日頃の感謝の心を込めてー父の日ギフト』

要するにどれもこれも金を使わせようというのだ

父の日はいつからできたのか

どうやら発端はアメリカで母の日があるのに父の日がないのはおかしい
ということで決められたとか

でも正式にアメリカで祝日になったのは1972年と遅かった

確かに、昔は父の日もなかったし誕生日なんかも
わざわざ祝うようなことはしなかった

また父親もそんなことをされても嬉しくもない
子供にとってもそんな余裕はなかった

貧しかったからでもある
第一、父親は子供たちからお祝いを貰うなんていう
考えがなかった

今のように優しくて、お友達的父親は珍しかった

それだけに威厳というか、尊敬できる父親像が消えてしまって
実に物分りがよいお父さんばかりになった

しかし、いまさら威張ってみても「張子の虎」現象で通用しない
お母さんの方が偉いことは、子供が見抜いている


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私が学生だった頃、父が私宛にくれた手紙だ
関西に下宿住まいで、私自身が病弱で、将来不安な日々を送っていた頃だ。

新緑の候となって生活の最も楽な季節となった。元気でいるとの事
何よりと喜んでいる。当方も元気で暮らしている
昨日の日曜は久しぶりの百姓で大いにつかれた。苗場を作り、もみまきと
あぜ草刈で一日中忙しかった


手紙によれば悲観的な文章であるが心を大きく持つことだ。
俺だって小学校を出ただけで今の今まで苦しみながら頑張ってきたのだ
そんなことでへこたれてはいけない。社会人として誰にも負けない根性が必要だ。…(略)


散髪後の気分も又格別だ。あまりくよくよせず大いに胸を張って荒波を切り抜けることだ。
くれぐれも体に注意して勉学に励んでください。
                             父より
  ○○君へ

  二伸 別の1000円は床屋代」

筆まめだった父から送られた手紙は私にとって何よりの励ましだった。

「父の日」にふと思い出した。

2007年6月16日 (土)

つばめの巣立ち

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わが家にいるツバメの子が大きく育ち、
元気に昼間は飛び回っている

5月に飛来し、6月始めに子供が誕生してから3週間

まだ、慣れていないせいか、行動半径は狭い
わが家のすぐ前も電線に止まって休息している
安心なのであろう
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しかし、時々巣に戻っているときもある
私が近づくと親鳥が接近してきて
「来るな!」と言わんばかりに周回する

ツバメの親も子のことになると懸命になる
最近の人サマよりも頑張っている

ツバメを見習え!と言いたい

人間世界の親子関係がおかしくなっている
親を殺す
しかも、首を切るなんてどうみても異常だ

あるいは、子供に多額の保険金をかけて殺す親もいる
現実が小説の範疇を越えている

鳥の世界、自然の世界はどうか
弱肉強食といわれるが
それは生きるためのシステム

ムダに殺しあうのではない
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夕方、あれほど忙しく飛んで
訓練飛行をしていた子ツバメも
親の指示でねぐら近くに待機する

午後7時前には親子ともに巣に戻る
そして
明日に備えて静かに眠る
親鳥は、蛇などの夜襲に警戒しながら
子供を朝まで保護する

わが家の近くで飛び回るツバメ
なんと楽しく充実した一日だろう
ツバメの愛情がうらやましいほどだった

2007年6月10日 (日)

アクアウォーク出現! どう変わる大垣駅前商戦(2)!

さて、駅ビルやデパートのほか
駅前商店街はどうだろうか
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ここでも同じ悩みを抱えている

人が集まらないのだ
はたして、人が大垣駅からどこをめざして歩くのか

その先に何があるのか
目的があるから歩くので歩く必要がなければ歩かない
たとえば、通勤、通学のためとか
家に帰るためとか
何かを買いに行くとか

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大垣共立銀行本店のある郭町までが
大体、駅前商店街として整備されているようだが

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しかし、どこを歩いても店には人が入っていない

日常品を売る店が少ない、高齢化して古臭い
あるいは品揃えが悪い、といった課題に
なかなか対応できないようだ

シャッター街などといわれるように閉店し取り壊され
空き地になって街が歯抜けになる

楽しく歩ける街がない

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こんな空地は駐車場化する程度でまた一層寂しくなる

それが悪循環でよけいに人が来なくなる

そればかりではない
車社会で荷物を持つことに不慣れになってしまった

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市当局も道路を整備したり町の景観をよくしたりしている

訪れる観光客には好印象であっても
住民にはそれほど魅力的ではないのかもしれない

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最近の新しい傾向として
街の中心地にマンションが建ち始めている

かつてのデパートや商店街の一角が
買い取られ中層のマンションと建て替えられている

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街の中心に住居を構えたいという人も増えている
特に団塊の世代では多いという

便利さを求めているのだ
田舎といえども夫婦単位での生活が
当たり前になりつつある

高齢化世帯ほど都心が住みやすい、ということか

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駅前はかつて下駄履き住宅が黄金期を迎えた時がある
今、
そうした建物は老朽化し空き家になって危険な状態だ

このマンション建設ブームは
都市の再生を進めるチャンスかもしれない

こうした現状から
アクアウォークの出現は多くの変化をもたらす予感がする

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まずこれまでの大型ショッピングセンターとの違いは
駅まで2分の立地条件だ

JR東海道線の大垣から岐阜、名古屋に通勤するサラリーマンは
パークアンドライド、あるいは近鉄養老線、樽見鉄道など利用者も
多い
彼らは、帰りにショッピングする可能性は高い

岐阜経済大学、日大、北、東、商業などの大、高校生も
大きな顧客層だ

また、車に乗れない主婦(最近は少ないが)や高齢者層は
平日でも買い物できるようになる

大垣駅前からイオン大垣や、ロックシティに直通無料バスが出ている
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顧客の分捕り合戦が始まる

集客力はまさしく大型店のパワーに勝てない
しかし、共存共栄の道をとるか、それとも棄てるか
魅力ある街づくりを模索しながら生き延びるより
道はない

大垣にも「10万石祭り」「スイト祭」など大いに賑わうときもある
それがヒントだと思う

にしみのスーパー戦争は、既存の商店を巻き込みながら
まさに天下分け目の関ヶ原の前哨戦としての大垣や
西美濃を舞台に展開されていく

歴史は将来の見本だ

2007年6月 9日 (土)

アクアウォーク出現!どう変わる大垣駅前商戦(1)!

アクアウォーク、着々と建設進む!

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JR大垣駅北口の元オーミケンシ跡地に
今秋のオープンをめざし
大型ショッピングセンター「アクアウォーク」
の建設が、今、急ピッチで進行している

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そして、ついに「AQUA WALK}のメイン看板が現れた

大垣は昔から「水の都」といわれてきた
豊富な地下水は近代になって多くの産業を支え
特に紡績関連の工場が進出した

いまは時代と共に紡績がすたれて
こうしたショッピングセンターに生まれ変わっている

「アクア」はラテン語で「水」で
「ウォーク」は歩くということから
ショッピングを歩きながら楽しむということか

まあ、水都・スイト、大垣にはふさわしいネーミングかもしれない

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アピタをキーに約130の専門店が入った巨大な商店街が誕生する

それを迎え撃つ地元はどうするか、
どうなるのか
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まず、JR駅ビルの「アピオ」はどうか

1Fにはミスドー、ロッテリア、エピシェール、美濃味匠など
高校生や若い女性、主婦などまあまあ人は入っているようだ
手頃さが受けているのかな

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2Fは改札口でヴィデフランス、ドトール、マツモトキヨシなど
名古屋周辺、独特モーニングサービスの伝統の中に乗り込んでも
180円のコーヒーが今ではよく売れている

一歩、郊外に出るとやはりサービス合戦だが駅の利を生かして
健闘している

3Fの居酒屋「日本海庄屋」はまだ進出新しい
岐阜駅、尾張一ノ宮駅にもあり
サラリーマン層に徐々に人気を得てきている
これまで、鈴の家など進出したが
撤退を余儀なくされた
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4Fは三省堂など。
5Fはダイソー、スガキヤなど

いずれもJRや近鉄など高校生、サラリーマンなどの乗降客が
大きなウェイトを占めている

しかし、どこも経営が安定しているわけではない
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各階にこうした空きスペースがみられ
なかなか入居が決まらない

店舗改装を繰り返し、イメージを変えながら
お客を呼ぼうとするが決定打がないのだ

そもそも人が少ない
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大垣駅前は、かなり整備され美しく、そして機能的になった
アパホテルも進出し都市機能も充実されてはきている

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さて、大垣で唯一のデパート「ヤナゲン」はどうか

平和堂の資本下に入った「ヤナゲン」は
西濃では唯一デパートとしての名が知られている

名古屋での「松坂屋」ブランドのように
ヤナゲンブランドがまだまだ生きている

しかし経営の実態は苦しいと思われる

休日でも人が少ない
少ないとひやかしショッピングもできない

店内が閑散としているため活気がない
店員も手持ち無沙汰である

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A館、B館と分離されているのも不利な点だ

駅から少し離れていて地下道を通り抜けることも
客離れの原因ではないか

そもそもデパートたるものの価値観が田舎では
消えつつあるようだ

多くの地方都市のデパートが廃業に追い込まれている

大垣でもマルイ、タマコシが撤退した
はたして
復興の手立てはあるのだろうか

アクアの影響は吉と出るか、それとも凶となるのか

                                  ((2)に続く)

2007年6月 8日 (金)

曽根城公園しょうぶ祭

大垣市北部にある曽根城公園で今年もしょうぶ祭が開かれる

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しょうぶ池は日頃は地元の釣り人が多く訪れているが
雨模様の平日とあって今日はひっそりしている

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しょうぶ祭は明日6月9日と10日に開催される

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ハナショウブには、いく種類もの品種がある

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業平というらしい

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なかなか見事なできばえだ

ライトアップもされるとあって
それも綺麗だろう

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五月晴れ

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黄色の花もひときわ目立つ存在だ
「愛知の輝き」という品種とか

今、元気なトコロだから目立つのか

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近所のお年寄りがさっそく鑑賞に来ている

まだ、つぼみも多く
見ごろは6月の中旬ごろになるかな

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静かに眺めていますと
なごみますなあ~


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写真マニアも三脚を立てて丁寧に撮影中


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美しく育てていくには、手がかかります

ごくろうさん!

明日からは多くのハナショウブ愛好家が押し寄せて
賑わうだろう

6月の西美濃の楽しみな風景のひとつでもあります

2007年6月 5日 (火)

徳山ダムは、今!

1年ぶりに徳山ダムを訪れてみた
国道303号を北に向けて走る

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揖斐川に沿って久瀬地区を過ぎたあたりに
道の駅「星のふるさとふじはし」がある

休日とあって駐車場はほぼ満車の状態
この施設も年毎に充実している
新たに2つの施設ができた

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ひとつは、はやりの日帰り温泉がオープンしている
「藤橋の湯」と名ずけられている

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もうひとつは、徳山民俗資料収蔵庫だ
休日のみの開館で入場料大人300円

いずれも、今回は入らなかった

横山ダムで303号と離れ、国道417号へ入る
前回訪問時と比べ、山奥に来たという感じは薄れている

車の数が断然多くなっている
揖斐川の水も多いようだ

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6月は新緑が美しい
周囲は民家がないし、山に覆われていて
静かだ
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赤い橋がひときわ緑に映えている
横山ダムがつくる「奥いび湖」に水を湛えている

少し広がった鶴見というところを過ぎると
トンネルの連続だ

工事用ダンプがひっきりなしに走った道路だ
さすがに休日で目にするのはマイカーばかり

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幻想的なトンネルを抜けるたびに
不思議な想いがしてくる

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トンネルを出ると右手に視界が開ける

徳山ダムだ!

車を止めて眺めている人に混じって
ロックフィル式ダムの全体をみる

前回見たときとは、明らかに印象が違う


提高や総貯水量など
どれをとっても日本有数の規模となるのに
今回、それほど大きさが感じられない
なぜだろう

ひとつには下から見上げていないからだろう
ほぼ水平に見ているのでそびえ立つという感じではない
それにダムの大きさを比較する人、建物などが周囲にないせいもある

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昨秋、9月から試験湛水を開始してから
この冬は暖冬で雪解け水が少なく
満水になるのが遅れるのではといわれていた

でも、私の印象ではかなり水が溜まっていると思った

そのせいか、前回の来たときの印象とは随分かけ離れている

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道路際のミニ展望所?には、こんな看板までできている
「ようこそ、徳山ダムへ」
揖斐の防人、濃尾の水瓶!
なんて書いてある

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建設中には天空に架ける橋のごとく
見上げるような橋脚の美しい橋で
一度は通り抜けたいと思っていた

「徳之山八徳橋」と呼ぶこの橋は全長503メートルだ

しかし、なぜか今回ちっぽけで平凡な橋の印象だ

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      (建設中の橋・平成18年6月撮影)

建設中ではまさに天空を走るイメージだったのに



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国道417号線はダムを渡り左岸を北に進み
冠山の横を抜けて福井県池田町に通じている

このダムに建設にあわせて建設されていた取り付け道路も
完成間近だ

ほとんどがトンネルで中には3330メートルというチョー長いのもある
湖岸すれすれの高所を走るので途中休憩するところはなさそうだ

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何もないダム湖周辺では
右岸側に唯一、休憩施設がある
「揖斐川町 徳山会館」だ

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宿泊施設、レストランがある
中では、ビデオが上映され、写真展が開かれていた
特に徳山村を偲ぶものはほとんどない

むしろ、その記憶はそろそろ薄めていきたいような
想いも伝わってきたのだが…

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前庭からは、あの橋がよく見える
素晴らしい展望だ

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北側にも新たな湖水の風景が広がっている

もう、あの徳山小学校も見えない
集落も村の道路も湖底の中だ

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ただひとつ、徳山村を思い出させるもの
映画「ふるさと」の碑である

元の役場に建っていたものを移設したらしい
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            以前の「ふるさと」碑

村ごとダムに沈んだ村
徳山村

7月5日まで岐阜県博物館で
「心の宝 ふるさと徳山」
ー増山たづ子写真展ー
が開催されている

また、見に行こうと思っている

2007年6月 3日 (日)

わが家のつばめ

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今年も、うちにツバメが来ている
5月に来たから、もう1ヶ月か

最近、雛がかえって、親ツバメがエサ捕りなど
子育てで忙しそうだ

デジカメで撮ろうと近寄ってみると
親が周りを飛び回り、チュチュと威嚇してくる

だから傑作写真は撮れなかった

ツバメは、毎年南の国からやってくる渡り鳥だ
そして、いつも同じ場所に巣を作る

といっても、家のツバメは去年の巣を利用している
傷んだところを多少修復して済ませている

リユースってところか
合理的ともいえるけど、手を抜いているとも思えるが

ところで、わが家にやってくるツバメは、
去年家で生まれたツバメだろうか

同じ場所に来るナビのようなものを持っているのかな
なにか、不思議な気がする

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ツバメの巣の近くにある電線にいつもこうしてとまっている
私がジーとみつめていても動じない

家の人だから安心しているようにもみえる

もう10年以上も前のこと
このツバメの巣を蛇が襲ったことがある

その少し前に蛇の姿を見つけたので
こないように追っ払ってやったのだ

しかし蛇は執念深い

その晩のこと
高い壁を登って横にはいずり
ツバメの雛を飲み込んでしまった
そして高いところからわざと落ちて逃げていった

そのときの親ツバメの悲鳴がなんとも哀しくて
今でもそのことを思い出す

最近では、蛇というものが庭先にも田んぼにも
見かけなくなってしまった

このごろ、毎日雛ツバメのエサを貰う喧騒が
あ、育っているんだな、という安心感を与えている

またここで育ったツバメは来年も元気でやってくるのだろう
わが家の無事を確かめるように

2007年6月 2日 (土)

にしみの6月の風景

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6月の西美濃は青い水田の風景が広がる
5月の連休頃に植えられた稲がもうこんなに元気だ

真っ白いコサギが水田の小さな生物を狙って集まってくる

どれもが生きていることに精一杯で
6月の風と青空は明るい

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一方、すこし目を横にスライドしてみると
こんな黄金色の風景もみられる

小麦の栽培だ
米の減反政策で麦や大豆やレンゲなどの栽培を
奨励した結果だ

それもこの先どうなるのか
「猫の目農政」ではまったくわからない

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もうそろそろ収穫を迎える頃だ
そして、またこの風景も一変する

季節の移り変わりを景色の色や匂いで感じさせてくれる

時代は過ぎてもやはり「瑞穂の国」だ

土地と水は、食料を生み出す大切な基なのに
この国では
森や農地が放棄され荒れていく


西美濃の豊かな水と豊かな緑の風景が
いつまでも続くという保障はない

2007年6月 1日 (金)

どんな仕事?

どんな仕事をしているの?
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遊園地の仕事?
科学の遊園って?
お茶ノ水博士が働いていそうな会社みたい

いや~、想像できないな!

京都市内でみつけました

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金液?
キンエキと読むのかな?
金色の液、とはなんだろう

これもわかんないよ!
秘密の液体でもないよな。

分かってる人は、なんでもないことだろうが
シロウトには、興味ひくよね

会社の中に入りたいもんだよ

これ名古屋市内で見つけました

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