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2007年3月30日 (金)

錯覚・思い込み

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                (大垣市内)

どう見てもアンパンマンだよね。
そう読んじゃうよ。誰だって。

よくみりゃ、錯覚だけどね。

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            (名古屋市)
チカン!
特に男はそう読んでしまう。

これも1種の思い込みですね。
違うんですが、チラリと見ると
そう見えて、ドキリ!としますね。

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                (名古屋市内)
ドイ チエコじゃない
ドニ チエコって?

ドイ タカコの親戚か何か?

そうじゃなくて、
土日エコきっぷのことですよ。

これも錯覚。
しっかり読めば、なんてことはないんです。

街にはこうした看板がけっこうあって

「アレ?」とつい立ち止まってしまう。

2007年3月25日 (日)

そんなに、走らないで!

みんな、なぜ、そう走りたいの?

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バーゲンセール?
それとも、人気スターが見られるって?

違うの?

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ああ、何だ、そうか、分かった。
駆け込み乗車のことか!

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10キロ/h 以下?
つまり、走らないで!ってことだよね。
ユニークな看板だよ。

それにしても、こんな特殊な標識がやたらと多いな。

どこですか、ここは?

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ここは、東海道線・大垣駅です。

なぜ、大垣にこんな看板があるの?

走る人、駆け足の人、が階段を上がり下り
一目散に集団マラソン的風景が
繰り広げられます。


実は、これ朝の6時58分ころに
この季節だけ、
毎日繰り広げられる風景です。

青春18きっぷの旅で定番の
前夜23時10分、東京発大垣行き
「ムーンライトながら」が
6時55分に大垣駅に到着。

1番線に到着し、
陸橋を渡って2番線に待っている
7時00発「加古川行き」普通電車に
乗り換えるんです。

その間、わずか5分です。
大きな荷物を持った集団が
ドヤドヤと大移動するのです。

だから、こんな看板が必要なんです、ハイ。

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そして、電車が定刻どおり出て行くと
また普段の静けさを取り戻すのです。

       ★  ★  ★

かつて、芭蕉が「奥の細道の結びの地」としたのが
ここ大垣でした。

日本の西と東を分けるポイントともいえる大垣。
東西文化が混在し、交流する場所。


大垣は、今も昔も「旅の結び目」の位置を占めています。

何か不思議な気がします。

2007年3月24日 (土)

らくがき蔓延!

通勤電車の車窓から眺める風景。
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線路沿いの倉庫に描かれている奇妙なモノ。
RA・KU・GA・KI
ラクガキだ!

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電車のスピードにより、しっかり見えないが、
どうやら、絵というかイラストっていうのか。

意味不明だし、
そう上手く描けているとも思えないが。

それでも、多少は美術的なことは知っているような?

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気をつけて見てみると
街のいたるところで発見される。

大垣、岐阜や、名古屋でも。

しかも、
形が似通っている。

同一人物か、同一グループのしわざらしい。

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最近、とみにカラースプレーで描くのも多い。

雲のような、ふわふわした絵柄。

ラクガキをされるところは、やはり人通りが少ない場所。
深夜にでも作業しているのだろうか?
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私鉄の駅の駐輪場。
文字を抽象化したのか?

何を訴えているのか、
よくわからん。

それとも、仲間どうしの暗号のようなもの?かな。

らくがき、っていうのは、随分昔からあったらしい。

神社・仏閣など観光地なんかに行くと、
必ず、柱や壁に
恋人のあいあい傘や
○○ちゃん、スキよ!なんて書いてある。

記念に残したい、という想いがあるのだろう。
だから、
京都にはわざわざ「らくがき寺」といわれるような
サービスというか、
人寄せというか、変り種も現れているのもうなずける。

でも、「描いてもいいよ!」っていわれると
なかなか描けないもんだよ。

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歩道の電気ボックスの裏にも
こんな文字が見られ、
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こんな乱雑なのもある。

トイレの個室なんかにあるらくがきなどは、
「やりたい!」なんて下ネタが多い。

まあ、書くことによって欲求不満のはけ口とする
マスターベーション的な行為だろうな。

駄目!って禁止されるとやりたくなるのが
微妙な心理だ。

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「らくがき消し隊」なんていう、
ボランティアも発足。

商店街や住宅街が汚れて、
手をこまねいてもいられないってことか。

捕まったら、罰金なんて止めてさ
自費で原型復帰させる、という労働奉仕刑でも
科さないとダメかもね。

春が近いぞ!

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昨日、岐阜でも桜が開花したという。
今年は、暖冬といわれ、
事実、2月でも雪が全く降らなかった。
珍しい年だ。

毎年、1度や2度、2月に雪が降り
西美濃の大垣あたりでも10センチくらいの積雪がある。

けれど、3月に「寒の戻り」があって、
伊吹山でも雪が積もった。

桜の開花時期も早まったり、延びたりと
予報が難しい。

しかし、確実に春は近くに来ている。

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つくしが出てきているし

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菜の花もきれいに咲き出したからね。

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富有柿の木の冬の手入れもバッチリ出来て
春を待つばかりだ。

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プランターに植えたチューリップも
少しだけ、つぼみを出している。

日本では、春夏秋冬の四季が肌で感じられ
冬のため息から、
春の希望へ切り替わっていくような予感がする。

今日は、
久しぶりの雨。

この雨は、春を運ぶ雨だろう。

西美濃にも、
春が、もうそこまで来ている。

2007年3月21日 (水)

東海道線・穂積駅あたり

輪中地帯を走る東海道線
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大垣駅を出た上り列車は、
木曽三川のひとつ、揖斐川を渡る。

揖斐川は、三川の中では一番西を流れている川だ。
揖斐川の鉄橋は、現在の橋の上流に旧鉄橋が残り
車道として使われている。

さらに上流には樽見鉄道線の鉄橋があり、
3つの鉄橋が並び、歴史を伝えている。

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揖斐川鉄橋を越えると、土盛りされた築堤上を走る。
やがて、犀川、五六川、中川などの中小河川を渡る。

高架の線路から眺める車窓風景は、瑞穂の国そのものだ。
田園地帯に最近では住宅が乱開発で建てられてきている。

線路近くにため池のようなものがある。
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以前はこうした池があちこちで見られたが、
現在では、多くは埋め立てられて、
2,3箇所しか残っていない。

この池は、人工の池である。
明治20年1月に東海道線の、
大垣~加納(現在の岐阜)が開通。

この工事のとき、土盛り高架用として
田んぼの土が使われたのである。

そしてその跡が、池として残されたのである。

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水郷地帯のような風景も車窓から眺めることができる。

この五六川 はこの上流にある中山道・美江寺宿が
江戸から56番目の宿にあたるため
この宿場町を流れる川の名前として定着したもの。

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五六川に架かる鉄橋は古いが頑強だ。

この一帯は、いわゆる輪中地帯である。
この東海道線は、当初、中央線として
建設されていたもの。

紆余曲折があって、長浜から大垣、岐阜
さらに名古屋からは静岡へというルートになった。

頻繁に繰り返す洪水の被害は、
この地の人たちの人生を絶望させた。

有名な宝暦治水工事でも解決できず
やっと明治になって、
お雇い外国人ヨハネス・デ・レーケの計画により
木曽三川分流工事として、
明治20年に着工され明治45年に竣工している。

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そのころ、東海道線が少しずつ開通し、
明治22年になって
一部、琵琶湖の水路を利用して
全通したのである。

その頃に、建造されたものか、
レンガ造りの人道トンネルが今でも残っている。

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100年以上もの歴史を持つ
土盛りの築堤上を
特急・しらさぎが走り抜けていく。
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五六川親水公園では、
豊かな水がゆったり流れている。

しかし、ひとたび雨が降れば
いつでも洪水の危険がある。

昭和51年9月、長良川右岸で決壊。
この東海道線より南の安八町では
大きな被害を受けた。

そのとき、まだ残されていた輪中堤が
見事に役立ち、

先人の教えが生かされたのだ。

今日も、車窓から
のどかな風景を眺め
つい忘れてしまいそうな
輪中に生きるひとびとのことを思うのである。

2007年3月17日 (土)

ヘンリエッタの中山 咲

このコーナーでは、西美濃から生まれた
今やちょっぴり有名人となった人を取り上げていきます。

最初はこの人です!
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大垣市内のある書店。
「ヘンリエッタ」という本が山積みされている。

著者は『中山 咲』という18歳
現役の大垣北高3年生だ。

第43回文藝賞を受賞した作品が
「ヘンリエッタ」だ。

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文藝賞は、河出書房新社の文学賞で、
小説ジャンルにおける新人の登竜門である。

第18回には「1980アイコ16才」で
名古屋の堀田あけみが受賞しているし

第39回は大垣出身の中村 航が
「リレキショ」で受賞した。

       ☆彡
「ヘンリエッタ」の受賞理由に
作者の聴覚・耳のよさがすばらしく
音というものをていねいに描いている、とか

センスよし、文章よし、
あるいは、完成度の高さに文句のつけようがない、

などべたほめである。

私、読んでみました。

確かに、音、空気など、こんな表現はうならせるものがある。

たとえば、
「カタリと箱が空く音、カチャンとなにかが触れあう音、
コツリという音で作業は終了。届け物は箱におさめられた。

ふぅふぅは少しの間だけその場にあって、ふいにカチャカチャにとってかわった。
来たときとまったく同じリズム、同じ速さで帰っていく。」

これは牛乳配達がやってくる情景。
読んでいると、音が聞こえてくるようだ。

主人公はまなみ、という高校生。
でも登校拒否し、通えないらしい。

あきえさんの家に、みーさんの女ばかり3にんの奇妙なくらし。

劇的な展開があるわけじゃないけど、
ついつい読んでいってしまう。

「水をまいたように、しっとりとつめたい畳」に寝ころがり
「わたし、死体みたい」とつぶやく。
「天井の木目をみつめる。」

こうした表現は、なかなかうまい。
状況を、空気感で表わす。

ところで、「ヘンリエッタ」って何のことかって?

それは、読んでみてください。


この先が期待できる有望な新人

中山 咲ちゃん、がんばってね!

2007年3月14日 (水)

トチル防犯ポスター!

大丈夫かい!
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何だい? これは?

「せず かけ かけ がけ」って、おまじない?

合言葉? 呪文?

よく見ると、赤字が消えかかって、見えなくなってるんだ。

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なになに
「油断せず 鍵かけ 声かけ 心がけ」

何だ、そういうことか。
納得、納得!

でも、空き巣多発地帯でしょう。
このポスターで効果あんの?

なんか、ノホホンとしてる感じだよな。
しっかりしてよ防犯会長さん。

(名古屋市北区)

2007年3月13日 (火)

風の芸術じゃ!

出ました!トマソン芸術賞!

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いやぁ、素晴らしい!
こんな1級品は、まず出ませんね。
赤瀬川先生も推奨でしょうね。

雑草が風に吹かれて
ぐるぐると円を描く。

まるで、連獅子が首を回して
舞台で汗かきながら演じています。

その姿に
観客の拍手が聞こえてくるようです。

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さらに、もう1点。
きれいに弧を描いています。

しかし、この芸術性に気が付く人は皆無?
孤独な中にも純粋なひたむきさが感じられます。

感無量です。ハイ。

(名古屋市北区)

2007年3月10日 (土)

マックじいさん、新登場!

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最近、どこのマックでも若いお姉さんが少ないですよね。
特に、田舎はおばさんが正直いって多いです。

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あるお店でこんなポスターを見ました。
年齢16歳~70歳

なんと70歳ですぞ!

「求人情報」がときどき新聞に入ってますが
多くは40歳~45歳程度です。

清掃、配達関係などで60歳までですよ。
最近、人手不足のせいか65歳までOKという会社もママあります。

でも、堂々70歳は、マックが初めてですよ。
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そこで、この店にも
はじめて、マックじいさんが登場しました。

でも、注文はたどたどしいし、
注文した飲み物は、わすれて聞きなおすし

おまけもどこにあるのか分からず
結局、先輩のおばさんスタッフがカバーして
なんとか終了。

お客もイライラ。
じいさんもパニック。

これじゃファーストフードじゃなくスローフードだよ!

一部、うわさでは、若い娘はドトールやスタバで働くから
確保できないし、

これだけ全国の田舎まですみずみ進出してるから
「企業市民」として地域にも貢献しなきゃいけないと
本気で考えてるらしい。

まあ、それは良いことではあるけどな。

マックもファミリーをターゲットにしているから
スタッフも男女、年齢問わずどんどんバイト採用して
地域社会にマッチしたお店にしていく方針かな?

でも、じいさんにとってキツイよな、この仕事。

がんばれ、マックじいさん!

今朝の折込広告は81枚だ!

驚きの81枚!
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今朝の新聞に入っていた折込広告。
どっさり重かった。

年末や正月なら分かるが、今何だ?

面白半分に少し調べてみた。

全部で81枚もあった。

それで、分類してみると、
トップは住宅・土地の不動産関係で19枚

オープンハウスやら住まいの見学会やらイベントも多い。
どうやら、春の引越しシーズンを当て込んだものらしい。

第2位はケータイ関係で13枚だ。
auが5、ソフトバンク4、ドコモ4

今の世相を反映してるな。

第3位発表。
車関係で9枚。
新車より中古車販売が多かった。

第4位は、パチンコ、スロットで7枚。
「スーパー海物語」ナンタラカンタラ。

最近行かないのでこの世界分からない。

第5位は、ショッピングセンターや食品スーパーで5枚
同位でファッションも5枚

リバーサイドモール、リオワールド、マックスバリューや
三心がよく入るなあ。

これらは無難なところかな。
むしろ金曜日あたりに入れるところが多いようだ。

土日休みが定着してきたのかな。

ファッション関係は、この時期新社会人目当てで
青山、メイシンなど男性向けも目立つ。

その他に21枚。
家具、園芸、薬局、家電、
眼鏡、時計、レンタルショップ、靴

変わったところで、墓石、仏壇。

定番のバス旅行案内、宴会、美容院、イベント広告。

とにかく、これだけあると1枚づつ、めくるだけでも大変な労力。
情報が多すぎて、私にはほとんど意味のないものばかり。

大量のゴミもつくるし。
けれども、1枚もないと何となく寂しい気がするのも事実だ。

前に書いた「西美濃スーパー戦争」でもわかるけど
過当競争になっているかもね。

こうした状況って、西美濃地方独特のものかな?

他の地域はどうなんだろう。



2007年3月 4日 (日)

増山たづ子さん、1周忌!

旧徳山村のあの「カメラばあちゃん」
増山たづ子さんが亡くなって、3月7日で1周忌。

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この笑顔がいつみてもいいね

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今、揖斐川町中央公民館で写真展が開かれている。

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なんとも、大げさな看板である。

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だって、ロビーにこうして並べられているだけで
その数、たった17枚ぽっきり。

期待してきたのになあ!

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7万枚も写したんだって。すごい。
それが17枚しかないなんて。

今はその写真どうなっているのかな。
貴重な歴史的資料だよ。

その一部は、すでに写真集で公開されているし
写真展も開かれた。

昨日、3月3日に講演会があって
滋賀県立大の野部助教授が
増山さんについて語ったということが
中日新聞で報道されていた。
(私は聞き逃してしまい残念だったが)

野部さんは徳山村の伝承研究をするために
村に来て増山さんと出会ったという。

講演の話の中で
増山たづ子さんは
徳山の文化を人に伝え
記録に残すことに使命感があった、という

アルバムが500冊もあるが、未整理らしい。

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こんな写真が撮れるのも
同じ村の人でごく自然にカメラに向いているからだろう。

どんな芸術家でも、これは無理だろうな。

増山さんの写真集をみると、こういう写真が多い。

こうした人たち、いま、どうしてるのかな。

徳山ダムは、
昨年9月に試験湛水を開始し
徐々に水がたまって、
もう徳山小学校も水の中だ。

1年、また1年と記憶が薄れていく。

歴史の渦のなかに飲み込まれていく。

(増山さんが撮影した写真を使わしてもらいました)

2007年3月 3日 (土)

西美濃の名水(5)

教如上人『御清水潤いの泉』

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揖斐川の支流・粕川に沿って車を走らせる。
北に小島山、南に池田山。


この辺りは旧・春日村だ。
合併して揖斐川町になった。

今年は暖冬で、この辺り、雪がない。

曲がりくねった狭い道を上っていく。

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山沿いに車が止まっている。
どうやらこれらしい。

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教如上人「御清水 潤いの泉」と書いてある。

教如上人といえば、東本願寺の創設者だ。
この山奥とどういう関係があるのか。

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冷たい清水が流れ出ている。
岩の中から湧き出しているのだ。

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御清水・潤いの泉」の謂れが書いてある。

さらに詳しく調べてみると教如上人と西美濃とは深い関係にあった。

織田信長と本願寺との闘いに破れ、大阪本願寺が焼失。
その後教如上人は美濃、飛騨などを転々とした。

秀吉が天下をとり、京都・7条堀川に広大な土地を寄進され
第11代顕如上人、その後、教如上人が跡をついだ。

そして、今度は秀吉から突然の隠居命令がでる。
秀吉が死ぬと政局がさらに混乱。

教如上人は家康に近づく。
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そして、
1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いのすこし前、7月
家康のいる関東から京へ帰る途中、美濃に入り
教如上人は三成ら西軍方の襲撃をうける。

美濃の安八町の光顕寺に匿われかろうじて生き延びた。
さらに信徒に守られ安八郡平野庄草道島(現大垣市)・西園寺へ

ここからは揖斐春日谷の強者に伴われ池田町の正光寺、などを経て
春日村へ逃れたのであった。

9月、関ヶ原で三成ら西軍が破れたため、国見峠を越え
近江長浜から京にたどり着いたのである。

1602年、家康は京都・6条烏丸に広大な土地を寄進。
こうして東本願寺が成立したのである。

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この御清水は、そのときに休息され口にされたもので
今でも流れ続けている。

プラボトルに詰め込んでいる女性に聞いた

「お茶に使われるんですか?」

「いいえ、そのまま飲むんです。
私のお友達がこの水を飲んでから石が消えちゃったというんです。
それ聞いて、私も貰いに来てます」

そして、何本も詰めておられた。

多分、こうしたクチコミで知られていくのだろう。

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地元・岐阜や尾張小牧、名古屋ナンバー。
次から次へと車がやってきて、黙々と作業を終えて帰っていく。

信ずることは確かに強い、そう思った。

やはり、これも「名水」だろう。

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