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2006年12月31日 (日)

今年もなんとか!

ありがとう、2006年

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             (大垣市・金生山)

2006年もあと少し。
何とか無事に終わりそうです。
思えばいろいろありました。

特筆すべきは、やはりブログを開設したことですね。
ホームページはおろかブログでもとてもできない
そう思ってました。

でも、やってみてよかった。
自分でも今度は何を書こうかなっていろいろ考えたりする。
それがけっこう楽しい。

しかし、これまで3日坊主が多かった。
半年も続いた。
これは、私としては大成功!(笑)

コメントをくださるのも励みになるし
「見たよ」って言葉をいただけるのもうれしい。

内容は「西美濃のあれこれ」と「路上観察日記」の二本立て。
この路線で来年も続けるつもりです。
ご声援に対し感謝するとともに
来年もよろしくお願いします。

2006年12月29日 (金)

にしみのスーパー戦争!

いま、西美濃ではすごいことが起きている。
大型ショッピングセンターがしのぎを削っているのだ。
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今年4月、本巣市三橋にオープンした「モレラ岐阜」
『おさまりきらない日本最大級モール』というキャッチフレーズ。
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240店のショッピング街、12の映画館、医療機関まで入っている。
5000台の駐車場。おまけに赤字で悩む樽見鉄道が
「モレラ岐阜」駅をオープンさせ、この辺りの状況は一変した。

それに対抗するのは「リバーサイドモール」と「リオワールド」だ。

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これも本巣市政田で、モレラ岐阜から5キロ程度南にある。
すでにこれまで、多くの話題を提供してきた。
さらにこれにとどまらず負けてはおられないのだ。
『中部地区最大級ショッピングゾーン』というふれこみ。
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107のアウトレット、専門店。16の映画館。天然温泉「ぬくいの湯」
大観覧車、さらに最近スポーツ施設を増設した。
6400台の大駐車場がある。

さらにこの中間に「アピタ」北方店(本巣郡北方町)がある。
専門店数や映画館がないなど規模は小さいが、
これまで若い夫婦などが住む団地を控えて賑わう。

この3つの大型店は西美濃北部から岐阜市西部を商圏にしている。
特にモレラ、りバモは、岐阜、尾張小牧、名古屋、三河、滋賀ナンバーの
車が多い。

ここから南下して大垣市内中心部にあるのが
「ロックシティ大垣ショッピングセンター」である。
マックスバリューと82の専門店があり、コロナワールドの10館の映画館、
天然温泉、コナミスポーツクラブなどがある。2100台の駐車場があり、
大垣駅から無料のシャトルバスも出ている。

その南東近くに「アル・プラザ鶴見店」が11月にオープン。
以前のタマコシショッピングセンターがダメになって、
滋賀県の平和堂にバトンタッチ。
リニューアルしたわけ。

これ以上書いても訳が分からなくなるので止め!

岐阜市42万、大垣市16万、瑞穂市5万に
安八、揖斐、不破、本巣など郡部で17万として
約80万の人が住む西濃および岐阜周辺。

これだけしかないパイをお互いに食い合うことになる。
さらに郊外の大型店の間をぬぐうようにあるのが
食品系スーパーで
トミダヤ、三心、ヤオセイ、カネスエ、バロー、など。
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ほとんど買い物は車だからどこへでも行ける。
それだけに競争も激しい。
まさに戦国時代だ。

西美濃は、昔から天下の行く末を揺るがす舞台であった。
壬申の乱。
関ヶ原の戦い。
そして今、大型スーパーの明日の覇者を決定する戦が始まった。

リバモから「ユニクロ」が消え、
今夏ごろからアピタでは土日でも駐車場に空きがある。
すでにこうした影響が少しずつ出てきた。
消費者側にもこうした動きに戸惑いもでている。

大垣駅前にある唯一のデパート「ヤナゲン」も
いまや平和堂の資本下にある。
どこの駅前商店街も人が集まらないように
ヤナゲンもその象徴だ。
特に若者の姿が見えない。
このままでは、街が消えてしまう。
こうした現象は地域住民にとってどうなの?
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そして、来年には、JR大垣駅北に大型ショッピングセンター
「アクアウォーク」がオープン予定だ。
どこまでエスカレートするか

この西美濃スーパー戦争!

2006年12月24日 (日)

商売もプレゼン時代だ!

よくしゃべる店(1)

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とにかく、何でも承るお店です。
積極性が売り!です。
聞かれる前に
「できます」という、意思表示だけは。

頑張ってますよ。

(滋賀県米原市)

よくしゃべる店(2)

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これだけ書くには、勇気がいりました。
本当は気が小さいのです。
ちょっと、文字も遠慮がちでした。
でも仕事はバッチリです。
任してください。

(岐阜県瑞穂市)

2006年12月15日 (金)

浮いた?梯子

なぜ、ここに梯子があるの?
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工事用梯子かな、と思ったが
梯子が地についていない。
2階の屋根に固定してあるようだ。

さらによく見ると、2階にドアがあるじゃないか。
ここからどこに行くの?

とすると
この店の従業員が閉店後に
夜遊びする出入り口かもね。

でもこれじゃ、バレバレだし
酔っ払うと足踏み外しそうだし
不思議な物件である。
(岐阜県恵那市)

2006年12月11日 (月)

超芸術トマソンへの道

2000年6月最初のトマソンを発見!
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いつも歩く道の風景である。
何の変哲もない寂しい殺風景な歩道。

だが、ある日ふと気がついた。
よくよく見ると
木が何となくおかしいぞ。

伸び方が斜めっているでしょう?
しかも1本じゃなく、その向こうの木も。
何、これ!

壁に寄り添うように傾いている。
木と壁は相思相愛の仲?
「わたし、あなたのそばにいたいの!」なんて。

それからここを歩くたびに
「これはトマソンだ!」
と私一人で納得していた。

純粋にはトマソン物件ではないが
トマソン的物件を見つけるきっかけとなった
貴重なものである。

が、トマソン的物件は、はかない存在である。
2年ほど前に壁も樹木も取り払われてしまった。
今や、写真にのみ残されている歴史的物件です。

私にとって、トマソン的物件第1号であります。
(大垣市林町、現存せず)

2006年12月 7日 (木)

何とも、つげ義春風な!

あの、つげ漫画の家がここに!

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ムー、これは凄い!
この錆びぐあいといい、
この形といい、
何とも風情が出ている。

あのつげ漫画に出てくる家にそっくりだよ。
それに、
2階の庇はまさにトマソンだ。
窓もないのに庇だけ残ってる。

左の大きな木もこの情景に華を添えている。
なにか全体がドラマチックだ。
(名古屋市北区)

2006年12月 5日 (火)

クーラー専用手摺りですか?

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2階のフェンスは、どうみてもクーラーのために
設置されたものとしかおもえない。

それとも、人がここに降りるのかな?
でも、窓はそうなってないし、
ドアもないし。

不思議なものをつけたものだ。
(名古屋市北区)

消えた?交通標語!

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ちょっと、まって!
何、これ?
「事故 多し」は、いいけど
それで、どうすればいいの?

上の句だけ作りましたので、
あとは「あなた」が考えてくださいだって?エッ!

事故多し スピード落とせ!
事故多し 左右よく見て 渡りましょう!
事故多し とびだす前に 右左!

どれもイマイチですかね?

いっそ、上の句も変えて

『美人多し ゆっくり走って 右左』 

どうです。

芭蕉の史跡も多い鳴海宿近くで
見つけたました。
(名古屋市緑区)

2006年12月 3日 (日)

街道てくてく旅(7)

ついに、日本橋にゴール!
12月1日、東京、日本橋に着いた。
大勢の人に迎えられ、笑顔と大きな拍手の中、
郁恵ちゃんが来た。

橋の銘板に抱きついて、号泣。
感極まって涙が止まらない。

530キロの中仙道を完全踏破!
まずは、おめでとうさん!
よくやったね。
なんだか、こちらまで目がウルウルしたよ。

9月18日に京都三条大橋・滋賀県草津宿をスタートして2ヶ月。
土日を除く毎日歩き続けた。
69宿のさまざまな史跡、風景、くらしを
地元の人との交流をしながら紹介した。

それぞれの顔がとても生き生きしていた。
「頑張って!」
「見ているよ!気をつけてね。」
声援に送られて手を振って歩いた姿が思い出される。

関ヶ原宿あたりだったと思うが
草取りをしていたおばあさんが郁恵ちゃんに手を合わせられ
涙まで流して送られていた姿も
感動だった。

まるで観音さまが浄土に向かって
迷い人を案内されるようなイメージを感じた。

旅を人生に重ねて合せて見ることは
松尾芭蕉の「奥の細道」などでも
すでに実証済みだ。

西美濃付近を歩いていたとき
日頃、見慣れた場所が新鮮に感じられた。

400年以上も昔から
いろいろな人が通った。歩いた。

そして、平成の時代に、郁恵ちゃんが歩いた。
歩いてしかわからないことを
感じ、それを私たちに伝えてくれた。

テレビというマスコミの演出過剰な面もときどき見られたが
それを差し引いても
久々に気持ちの温まる、楽しい番組だった。

ありがとう。
お疲れさま。

2006年12月 2日 (土)

トマソン誕生・目撃!

見た!トマソン誕生の瞬間!
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古い和食の老舗がついに壊された。
隣家にぴったりくっついていた家がある日忽然と消えたのだ。

しかし、珍しくその瞬間を目撃した!
その消えた建物の痕跡が隣家の壁に生々しく出現した。
これぞ、純粋なトマソン物件。

にわかに出現したこの影をトマソン用語で「原爆タイプ」という。
あのヒロシマの原爆の熱でコンクリート壁に残された人影。
それに似ているところからそう呼ばれているらしい。

芸術作品は芸術家が意識して造ったもの。
しかし、「超芸術」は芸術家が意図して制作したのでもなく
フツーの人が無意識のなかで偶然できた物件。

そしてその「超芸術」をするどく発見するものがいるのです。

くわしくは、
赤瀬川原平著の「超芸術トマソン」(ちくま文庫)をどうぞ。

こうしたトマソンは、とてもはかない存在です。
ゴミのようなものです。
存在自体が認められているわけではないからです。

いつ消滅するかわかりません。

現にどれだけのトマソン物件が消えてしまったことに
「あきらめ」と「せつなさ」を覚えてきたことでしょう。

明日には、消えているやもしれません。
だからこそ、
こうしてカメラに記録して時間を止めているのです。

そして、その物件に再会すると
「やあ、ひさしぶり!」
なんて、声をかけてみたくなります。
(岐阜県大垣市)

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