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2006年10月30日 (月)

路上観察・中仙道(武佐宿)5

電線音符です。
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大空をバックに、気持ちよいね。
自然と鳥が止まって、作曲します。

五線譜どころか、もっと自由に歌ができそうです。
悩んでいる作曲家のみなさん!
来て下さい。
きっと、よいメロディができますよ。
(滋賀県五個荘町)

路上観察・中仙道(愛知川宿)

蜃気楼の階段だ!
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ふと、気がついた。
ある工場の階段。
手摺りがついている。

しかし、よく見ると影ばかり。
実体がない。

近寄ってみると、屋上の手摺りが壁に映っていたのです。
これはまさしく、蜃気楼現象です。

ただし、この現象は午後3時以降しか見られません。
悪しからず。
(滋賀県愛知川町)

路上観察・中仙道(武佐宿)4

巨大な飾り物!
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玄関に飾るものといえば
信楽の狸や招き猫というのが一般的だ!

でも、これは何なんだ!エッ!
釣鐘だよ。オイ。

こんなもの置いてどうするの?

確かに目をひくことはあるし、結構もの好きかもね。
いくら、立派でもね、誰も持ってかないよ。
(滋賀県五個荘町)

路上観察・中仙道(武佐宿)3

木の世代、ここにあり!
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かつて華やかに活躍していた木製電柱の根跡。
いまは、
コンクリート世代に譲って隠居の身だ。

でも時々、私のことを思い出してくれる人もいるよ。
生きた年輪が証拠さ!

(滋賀県五個荘町)

2006年10月29日 (日)

路上観察・中仙道(武佐宿)2

駆け抜けゲームは止めよう!
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車が来る直前に走り抜ける。
危険な遊びだ!
左の僕が、今にもやりそうだぞ。
いや、右の子も隠れているがミエミエだよ。

滋賀県のドライバーは
これで肝冷やしてるんだナ。
(滋賀県安土町)

路上観察・中仙道(武佐宿)

定員は4人ですよ!

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お父さん、お母さん、それに僕と妹の4人
仲良く並んで右左!
ハイ!渡って良し。
微笑ましいですね。

右上は、愛犬の位置ですか?
(滋賀県近江八幡市)

2006年10月24日 (火)

路上観察・中仙道(加納宿)3

宙に浮く庇だ!
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な、な何と!
このガラス窓には庇が浮いているぞ!
どういうしかけ?

それに、右側の戸は左にスライドするの?
世の中、いろいろな人がいるなあ。
どうしてこんなこと思いつくのかな~
(岐阜市加納)

路上観察・中仙道(加納宿)2

おみせ屋さん?
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「おみせ屋」って簡単に言いますけど
本屋なのか
魚屋なのか
薬屋なのか
化粧品屋なのか

さっぱり分かりせん。
(岐阜市細畑)

路上観察・中仙道(加納宿)

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過保護なガスメーター

どっちもどっちですなあ!
こんな危険な場所しかなかったの?
車がぶつかってすぐガス漏れするのは必至です。

対策としてはやむを得ない措置であると
私も思います。

それにしても全体的にずさんな計画が非難されて
当然、って気がいたします。ハイ。

(岐阜市加納)

2006年10月23日 (月)

道路がキャンバス

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これこそ、路上に展開される自然流芸術。
硬質なグレーチングと名無し草とのコラボレーション。

足元にこんな芸術があるなんてね!
(岐阜市加納町)

犬の待ち合わせ

犬の待合所だって!

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最近では、犬も堂々とデートするらしい。
ここが、その待ち合わせの場所だ。

でも、あまり公然と場所を指定されると反発したくなるし
人目、じゃなかった犬目につくから恥ずかしい。

しばらくここを見ていたけど利用した犬はゼロだったワン!
(大垣市赤坂町・虚空蔵)

2006年10月19日 (木)

赤レンガの無用門

無用門も厚い壁!
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何気なく通り過ぎていたこの道にもあった!
赤レンガの歴史ある塀に、存在したトマソン物件。

れっきとした門が、さりげなく塞がれている。
しかも違和感がない。
保護色でカバーしてなかなか凝っている。

ここは名古屋控訴院、という元裁判所だ。
ネオバロック様式の建築で、
なんと、国の重要文化財なのだ。

国家公認、お墨付きのトマソンなのか。
さすが、やることが堅い。
やはり、司法の壁は厚いのだ!

今は、名古屋市政資料館となってます。

(名古屋市東区)

たった9歩のビル

たった9歩のビルです

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天に伸びる鉛筆ビル。
わたくし、測ってみました。
1歩、2歩・・・9歩ありました。

間口9歩のビルです。
中、どうなってるか興味深いです。

江戸時代、間口の広さで商家の税金が決まりました。
で、間口をより狭くして、その分、奥行き長くしました。
この精神、今も健在!

しかし横風大丈夫ですかね?

(名古屋市東区)

2006年10月16日 (月)

超芸術的ポンプ

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なんという重厚な存在感だろう。
周囲を圧倒し、歩く人も思わずよけて通る。

青みがかった台座もさらに歴史を感じさせる。
ポンプの柄はすでに失われ、誘い水を入れても
すんなりとは上がってこないかもね。

しかし、
そこは老巧なる知恵モノ、焦らないでじっくと
ポンプに話かけるうちに、突然、清らかな水が一気に噴き出す。
なんてこともありうる。

道路管理者もはれものに触るかのように
撤去は差し控えている。

かつて、このあたりでも
「水をくれ!」と懇願していた被爆者がいた。

このオブジェの存在が町の歴史そのものだ。
(広島駅前付近)

2006年10月14日 (土)

白洲正子の西美濃(2)

白洲正子が西美濃を訪れたのは少なくとも3回はある。
そのうち、大垣市赤坂町の御茶屋屋敷に2度、牡丹を鑑賞に来ている。
あと1度は、安八郡神戸町の日吉神社にも来ている。

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「白山比咩(ひめ)の幻像」(十一面観音巡礼、講談社文芸文庫)という随筆に掲載されている。
この中で、正子は「この連載をはじめた頃から、どうしても見たいと思っている観音様があった。」
この観音様が神戸町の日吉神社にあるとわかり訪れたのだ。

日吉神社は、弘仁8年(817)安八太夫安次という人が、伝教大師を招いて近江の日吉山王を勧請したと伝えられ、毎年春に行われる「神戸の火祭り」は有名である。
しかし、優れた十一面観音像があるとは、私も知らなかった。
いや、地元でも知っている人はほとんどいないのではないだろうか。

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(行雲抄、世界文化社)
正子が、日吉神社を訪ね、宮司さんから収蔵庫の安置してある観音様をはじめて眼にしたとき
「私のあこがれていた観音様で、想像して以上の美しさに、思わず深いため息をつく」のであった。

「それは、
『梁塵秘抄』の今様が、そのまま現実の形となって現れたように見えた。
時代は平安中期ごろであろうか、今まで見たどの仏像より日本的で、彫刻も、彩色も、単純化されている。宝瓶は失われているが、首飾や瓔珞をつけていた形跡もない。頭上に十一面は頂いているものの、これはあきらかに神像である。

そういって悪ければ、日本の神に仏が合体した、その瞬間の姿をとらえたといえようか。
十一面観音は、様々の神に変化するが、美濃ならば白山比咩(ひめ)に違いないと私は思った」のである。

確かに、写真でみる限りこの十一面観音は実に素朴でいかにも初期のうぶな趣がある。
均整の取れた美術的な意味での作品というより、
かわいいというと失礼だが、愛嬌がある。

実物は30センチにも満たぬものらしい。
「行雲抄」のなかに
「心に残る観音像」という随筆では、正子が63の観音像をリストアップしている。
その中で、この日吉神社の観音像は、国宝の法隆寺の救世観音に次いで2番目にあげられているのである。
この観音像から受ける印象を
正子は
『梁塵秘抄』の
「仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見え給ふ」
ということばに置き換えている。

多くの観音像を見聞きし、観音信仰についての深い造詣のある白洲正子がこれほど絶賛している小さな観音像。

観音信仰は、この西美濃でも強く浸透している。
一方、白山信仰もごく普通に受け入れられている。
それにもかかわらず、なぜ地元はこれを取り上げていないのだろうか。
見方は、人それぞれではあるけれど、
なぜ評価されていないのか、
無視されてるのだろうか。

無名の彫刻師が、ごく自然に作り上げた観音像。
実物をぜひ見てみたいものだ。

2006年10月12日 (木)

不安な看板

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で、いったい1台いくらで借りられるんですかね?
いくら「ミタカ」さんでも
書いてないのにわかりませんよ。

もったいぶらないで最後まで書いてくださいよ。
それとも、言い値ですか。
(岐阜市上川手)

街道てくてく旅(3)

雨の中の郁恵ちゃん、かわいそう!

あいにくの雨、しかも十三峠の足場の悪い山道。
最悪だったね!
しかし、
これが本来の旅かもしれない。
歩くしかなかった時代は、雨だから、雪だからといって
宿に居座るわけにはいかなかった。

さわやかウォーキングのように
雨天中止じゃない、ところが厳しい。

距離が14キロと少ないけど
昔は30キロぐらい歩いていた。

石畳がよく出てくるけど、ほんと歩きにくいよね。
シューズは滑るからね。

昔はわらじだから良かったかも。
大井宿は、今の恵那市。
広重美術館からの中継。

版画の印刷体験コーナー。
私もやりました。
けっこう、はまります。

ところで、今日の相手はNHK岐阜のアナウンサーでした。
さすが、うまい、と思いますね。

でもね、昨日の「おりべネットワーク」のなつみさん
台本に沿って進めるんだけど、
どことなく間が空く。
空白が生まれ、「つぎは、誰の番?」ってモタモタ。
これがまた微笑ましい。
笑える。

ローカルから全国ネットになってしまう緊張感がありあり。
これが単純な街道歩きをより人間的で温かいものにしている。
地元アナ、くじけず頑張って欲しい。

それにしても年寄りがどこでも多い(大井)
しかも元気!
テレビ慣れしてるのか、普通にしゃべってくる。

郁恵ちゃんの岐阜弁もローカル色豊かで
中仙道らしいキャラだ。
頑張れ!

2006年10月 8日 (日)

おおがきビエンナーレ体験

都市の浮沈が激しい西美濃の中心都市、大垣市。
戸田十万石の城下町として、毎年開催されるのが十万石まつり。
今年はそれに合わせ「おおがきビエンナーレ」が始まった。

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(大垣駅前の案内板)

「おおがきビエンナーレ」と聞いても大方は分からない。
IAMAS(情報科学芸術大学院大学・国際情報科学芸術アカデミー)主催
のコンピュータを駆使したメディアアートの祭典というらしいが
これでもわからんよ。

ともかくいってみた。
駅前通りは「ホコ天」で人が一杯。
それぞれ参加企業などのみこしが勢揃い。
若い法被姿の社員が総出でみこしを担いだり、のぼりを持ったり。
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イビデン、太平洋工業、土屋組、ヤナゲン、サンメッセ、大垣共立銀行
など地元企業に加え、サンビレッジ、岐阜経済大学、大垣女子短大
など思い思いのみこしの行列。

{わっしょい、わっしょい」の掛け声。
車椅子、外国人もいる。
屋台もずらりと並んで久しぶりに大垣商店街にも人が集まってきた。
最近では珍しいことだ。

ところで、ビエンナーレのことだが
どこでやっているか、という情報がない。

駅前に特設案内所があったのでパンフをもらう。
スタンプラリーの台紙、ビエンナーレ新聞、それに「クロッカス」通信など。

それによると作品展示会場7.イベント会場4、など全部で16もある。
一番近い新大橋会場にとりあえず行く。
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入り口に『物乞いロボット2号』というのがある。
なんかしゃべって手が出たり引っ込んだりする仕掛けの手作りロボット。
でも、あまりに安っぽくて注目されない。
理念だけが浮いているな。
愛知万博で目が肥えているからこんな「ロボット」じゃあ
見向きもされんわなあ。

建物の中に入る。
パソコンが3台。
ディスプレイはお絵かき、じゃない字書きクイズのようだ。

若い女性が説明してくれた。
それによると、在日ブラジル人(特に子供)のために日本語を楽しく覚えるための学習ソフトを開発した。
そのデモだということらしい。
この女性は東京出身で、IAMASに入学するため大垣に来ました。
7年もたちましたとのこと。
へえ、そうなんだ、と妙に感動する。
けっこう地味な仕事?しているんだ。
もっと、PRしてもいいのに、と思う。

次の会場は、大垣城の南にある武徳殿だ。
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玄関横の敷地に、羊の群れがいる!
なんだろう?
木造の古い建物でくつを脱いで上がる。
あの羊群は、
『羊飼いプロジェクトin大垣』という作品?らしい。
顔のない羊のパネルを市内のあちこちに「放牧」し
その映像を記録する、そして放映するというもの。
ムー、わからん。
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けど、なんか面白そうだ。
『三人三脚』というのもあった。
パソコンが3台あって画面上にはアームが3つのロボット。
3台のマウスでアーム(足)を動かしていくという遊び。
1つの体を3人で共有して活動する体験ゲーム。
3人でやる目的が決まらないと勝手に動かしてるだけだ。
楽しいけど、
それほど驚きはないな。
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『じゃんけんー勝者なきゲーム』
3人の手が映し出されている。
最初、意味が分からなかった。
じゃんけんしているだけの映像。

しかし、ずーと見ていると
じゃんけんは、グー、チョキ、パーか
グーばかり、チョキばかり、パーばかりの
4通りの繰り返しだということがわかる。
つまり、誰も勝てない。誰も負けない。
勝者なきゲーム、っていうわけ。
これは、なんとなく面白い。
比ゆ的でもある。

次の会場は十六銀行大垣支店旧店舗だ。
ここは別の意味で興味があった。
建物の中は、薄暗い。

かつて銀行の窓口として機能していた支店は
間仕切りがないガランとした空間そのものだ。
突き当たり壁に金庫だ!
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映画の銀行襲撃シーンをほうふつとさせる。
手で触ると冷たい感触。
そして金庫室に入る。
『五つの証拠物件』という作品。
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頑強な鉄格子のなか、事務的なキャビネットが置かれて
空いたケースにパソコンが1台。
内容不明の映像が映っている。
またまたわからん。

『テーブルの上の白雪姫』
これは、白いテーブルにある黒点に手をかざすと
影絵のように、白雪姫や小人たちが動き
物語が展開していくもの。

説明してもらいそのことがわかった。

ふぁー、疲れたよ。

どの会場も、どの作品も、なにやら観念的で
ひとつひとつ考えることが面倒になる。
メディアアートだ、なんていうけど
日常と乖離しすぎている。

会場に来るのは、好奇心モリモリか、近所の子供。
作品より、休憩用においてあった、三角形の車輪が付いたイスに
乗り回して子供たちは楽しんでいたのが印象的だった。


会場の外、駅前通りでは、カラフルなおみこしが
威勢良く通過していく。
観客の背中で展開しているビエンナーレは忘れ去られている。
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そりゃ、バーチャルな意味不可解な世界より
目の前で繰り広げられる現実的なお祭りのほうが
圧倒的に魅惑的で心ワクワクだろう。

このふたつの世界をあえてドッキングさせた試みはどうだったか。
空き店舗、シャッター街に異質な空間を注入し
祭りという起爆剤で一気に街を再生させようとする意気込みは
なかなかアイデアとしてはよい、と思う。

まあ、楽しかったという感想が残れば一応、成功といえるかな。
まだ15日まで開催されているから他の会場も行ってみるかな!

アーケード観覧席

不思議な階段?
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街を歩いていると不思議なことに出くわす。
普段、よく通っても気がつかない。
ある日、交差点で信号待ちをしていたら
目の前のアーケードが野球の観覧席?に変身していた。

手摺り付き階段が妙にリアリティがあって
「なに、これ!」
いったい、この街の人はここでなに観てんですか?
早くもドラゴンズ優勝パレードのための特別席なの?

わからん。
ひょっとすると船着き場?
大雨で水がついたとき、この階段まで船をつけて
避難用の設備かなぁ?

じっと思案していたら、歩行者信号が
また赤に変わってしまった。

誰か教えて!
    (大垣市の駅前通)

2006年10月 4日 (水)

街道てくてく旅(2)

郁恵ちゃん、鵜沼宿へ
4日の放映では郁恵ちゃんは鵜沼に来ている。
昨日、岐阜の加納宿から各務原を歩いて鵜沼宿に着いた。
17キロで始めての長距離だ。
まあ、昔の旅人は30キロぐらいは平気だったから、それに比べりゃたいしたことはないのだが。

私も、歩き仲間とたまに街道を歩くが15キロから20キロくらいかな。
しかし、単発の1日でなく毎日歩くとなるとこりゃしんどい。

江戸時代と違い、今日では安心して歩けるような道が少ない。
危険が一杯だ。
歩道が整備されているところはそれ程ない。
いつも車に脅かされている。
だから、新しいバイパスができ、旧道が残されているとほっとする。

加納から鵜沼までは単調な道だ。
名鉄線、JR高山線にほぼ平行して道が東に一直線。

以前、すこし部分的に歩いたことはある。
周辺は畑が多い。
黒っぽい土である。
広大な各務原飛行場が続いている。
周辺には航空機関連の工場が多い。
木曽川は南に平行して流れるため、水のにおいがしない。
乾いた道の印象。

鵜沼宿の中継場所は、脇本陣跡かな。
芭蕉句碑があり解説した人は、緊張で口が乾いたのか何度も舌をなめていた。
「ふぐ汁を喰えば喰せよ菊の酒」
「中仙道てくてく旅」も日に日に街道に集まるファンも多くなり結構観ている人がいるんだと思う。
年寄りが多いが・・・
郁恵ちゃんは、京都、草津宿あたりのぎこちなさが取れて、生き生きしてきたようだな。
愛想がよく、可愛くなった。
確かに。

それにしても、赤坂宿から美江寺、合渡まで見過ごしたのが心残り。
いつかまとめて再放送してよ。






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