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2006年8月26日 (土)

周防大島の旅(5)

写真を撮る

Photo_39
文化交流センターの受付で若い女性職員に尋ねた。
「宮本さんの生家はどのあたりですか?」
やや、沈黙があって
「ご子孫が住んでおられますのでお教えできません。スミマセン」
「あそうですか。住んでおられればご迷惑ですね。わかりました」

確かに私が間違っていた。
聞くべきではなかった。

ただ宮本がなつかしく語るふるさとの風景、神社や道や山がどのようなものだったのか一度見ておきたかった。そして祖父や父、母、宮本自身の生き方を育んだ郷土を少しでも歩いてみたいと思ったのだ。

東和町西方に生まれた常一は16歳で大阪に出るまでこの地に住み、祖父や父と百姓をしたり魚を採ったりの生活をした。
祖父・市五郎に10歳になる頃まで育てられた。夜になると祖父から童謡や民謡、昔話を数限りなく聞いた。
そのことがいつまでも常一の心に深く関わりを持った。

また、父・善十郎は貧乏のどん底にあったため、フィジーへ出稼ぎに行ったり、田畑に何でも植えつけたりする一方突然旅に出かけたりした。小学校もろくにいけなかった父だが多くの人から聞いた知識の蓄積で不思議なほど物知りだった。
物の見方などじつに多くのことを教えてもらったのだった。

ある冬、父に連れられて家のすぐ南にある白木山へ薪をとりにいった。
頂上から見える中国、四国の山々、海にうかぶ島々の一つ一つについて話してくれる。
どうしてこれだけの知識をどこで得たのだろうかと思うほどよく知っていた。
そして常一の夢を大いにかきたててくれたのである。

父から話された10カ条の話のなかに

(2)村でも町でも新しく訪ねていったところはかならず高いところへ上がってみよ。
  そして、方向を知り、目立つものを見よ。
  峠の上で村を見下ろすようなことがあったら、お宮の森やお寺や目につくものをまず
  見、家のあり方や田畑のあり方を見、周囲の山々を見ておけ。
  そして山の上で目をひいたものがあったら、そこへはかならずいってみることだ。
  高いところでよく見ておいたら道にまようようなことはほとんどない。

 この教えは現在でも充分通用する。カーナビなどより余程確かなものだ。私自身も例えば城下町などへ行けば天守に登ったり、高いビルから街のおよその配置を頭に入れたりする。こうすればそれほど間違いはおきない。

  センターの女子職員に白木山への道を尋ねたところ、道が崩れて通行できないとの返事だった。

 台風10号接近で何となくざわざわしていることもあって当初の予定がだんだん萎んでくる。
今回はやはり無理か。
国道から町のようすをカメラに納めるがいまひとつしっくりこない。
なぜか。
この国道より中に地元の旧道があるのだ。そして民家はそこに向いて建っている。
狭い道に入ってみた。
誰もいないはずなのに家の中から視線を感じる。
見られているかも、と思うとシャッターは切れなかった。
(以下、次号)  

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