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2006年8月30日 (水)

周防大島の旅(10)

 私の中の宮本常一

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久賀の町は、すごい雨が降り続いている。
天気が良ければ穏やかな瀬戸内の海が見られたであろう。
台風の動きは依然はっきりしない。
いよいよ戻らねばならない。
まだまだ行きたい所はあるが、またの来訪までとっておこう。

国道からはずれ、旧道筋にある小さな商店街をゆっくり走らせる。
名菓「みかん最中」を製造する和菓子屋がないか。
しかし、土砂降りのなかでは見つけるのも困難だ。

ところで、みかんは宮本にとっても縁が深いのだ。

「父・善十郎が村で始めてみかんを植えた。
私はその後それを奨励したため、ほとんどの田がみかん畑にかわった。
しかし、生産が拡がるとみかんが値崩れをし、農家は食べていけなくなった。
私は大変困った。
そんな中でも、私(常一)の息子はのちに農家の跡を継いでくれた。
そしてこれまでの温習みかんの枝を切り、
毎年すこしづつハッサクなどに品種を転換した。
いろいろと一生懸命に努力している。
しかし、これを指導してくれる人がいない。
これは、今どこでも問題なんです。
地方が豊かになるには補助金を打てばいいというものではないのです。
地元の自主性と豊かな知識を持った指導者、それを資金援助するシステムが必要です」

昭和54年の中央省庁の講演会で宮本はこのような趣旨の話をしている。(炉辺夜話)
現在ははたしてどうなっているのかは分からない。

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大島大橋のたもとの店で「みかん最中」をやっと手に入れた。
雨はすこし小降りになっている。

大橋を渡り周防大島に別れを告げた。

宮本は、73年の生涯に合計16万キロ歩き続けたという。
日本列島に足跡を赤インクでたどると日本列島は真っ赤になる(渋沢敬三氏)といわれた。

ということは、西美濃へも来ているはずだ。
確か、揖斐の奥の八草峠から滋賀県の木本へ抜けた話をどこかで見たが思い出せなかった。

後日、調べると宮本常一の研究家、ノンフィクションライター佐野真一の書「旅する巨人」でこう書いてあった。

「・・・さて私11日夜9時40分の汽車にて東京をたち、12日朝6時10分大垣着、そこより支線を揖斐まで乗って、揖斐からバスにて廣瀬に行きました。バスは1日に2回かよっており、八里の道中を歩かなくてすんだのは仕合わせでした。(中略)

・・・峠の1里ほど手前から雨になり、きっと晴れるだろうと思って峠の途中の炭小屋で雨を避け、苫があったからそれを敷いて2時間ほど寝ました。
峠近くから土砂降りになり、峠の上までは草が刈りあけてあってよかったのでございましたが、両側は全く雑草の繁ったまま、それが背丈ほどにのびてゐ、所々は雪害のために道が崩れてしまって居り、実に大変な道なのでございます。
その道を雨の中を行くので、全くずぶぬれになり、その上ころんだり滑ったりと散々、引きかへすのも馬鹿臭く、いささか無理をして近江に下りました。(中略)

・・・『無理をするな』とのお言葉でございましたが、別に無理をしようとは思わずして、無理になってしまひました。」

これは、昭和16年8月、宮本が旅先から渋沢敬三に宛てて送った手紙の一部である。

揖斐川から坂内村に入り八草峠あたりを超え木本町に抜けたのだ。
今では、八草峠もトンネルが開通し車で楽に峠越えができるようになった。

戦前でなくても、ついこの前までは大変な難所であった。
宮本という人の凄さはこんなところにも出ているのだ。

宮本がこの西美濃に来て、どのようなことを聞き、なにを残していったのだろうか。
まだ宮本の残した調査・研究の成果が手付かずの状態なのが相当あるという。

とくに宮本が写した写真はふるさとの貴重な財産である。
私にとって、今回の周防大島の旅は、宮本常一の魅力を肌で感じとるに充分だった。
台風の襲来というアクシデントもまた、今回の旅をさらに印象的にさせるものであった。

もう一度、行ってみたいし、今度はぜひともリュック姿で歩いてみたいものである。

(完)

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宮本常一 生誕100年 福岡フォーラム

5月27日(日) 13:00~17:00
アクロス福岡 円形ホール

フォーラム概要
主催者あいさつ[ 代表世話人 長岡秀世 ]13:00~13:10
ドキュメンタリー鑑賞[ "学問と情熱"シリーズから ]13:13~14:00
基調講演[ "家郷の訓"と私 原ひろ子 氏 城西国際大学客員教授 お茶の水女子大学名誉教授 ]14:05~15:20
パネルディスカッション[ コーディネーター 長岡秀世 ]15:35~16:45

パネリスト
武野要子 氏 (福岡大学名誉教授)
鈴木勇次 氏 (長崎ウエスレヤン大学教授)
新山玄雄 氏(NPO周防大島郷土大学理事山口県周防大島町議会議長)
佐田尾信作 氏 (中国新聞記者)
藤井吉朗 氏 「畑と食卓を結ぶネットワーク」
照井善明 氏 (NPO日本民家再生リサイクル協会理事一級建築士)

作品展示
宮本純子[ 宮本常一名言至言書画作品 ]
瀬崎正人[ 離島里山虹彩クレヨン画作品 ]
鈴木幸雄[ 茅葺き民家油彩作品 ]


http://miyamoto-tsuneichi.blogspot.com/

日本を旅した民俗学者 宮本常一。その足跡を地図に印すと忘れられた日本人が視えてくる。
宮本常一を語る会では、民俗学を柱に宮本常一の志を学び語り継ぎ、日本全国の関係団体と交流し、新たな輪を広げます。

宮本常一を語る会ブログ

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