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2006年8月29日 (火)

周防大島の旅(9)

久賀歴史民俗資料館 

雨が降り続く中、ハワイ移民資料館を出て屋代という地区を走る。
古い民家や商店などがたち並んだ街道で、天気がよければ歩きたくなる街だ。
しかし人がいない。

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周防大島でもこの地区は比較的発展しているように見える。
深くえぐられた湾には養魚場が造られ少しは活気がみられる。
町役場ではいま「地産地消」運動を起こしている。新鮮で安全な地元産の野菜や鮮魚をできるだけ地元で消費するというものだ。
今や全国的に大型スーパーがこうした地域の経済を破壊する元凶になっている。
便利な生活は確かに魅力だが、このままでは安全を脅かされることになる。
 横殴りの強い雨がフロントにたたきつける。時間はお昼を過ぎている。
食堂やレストランは見当たらない。
国道に戻り昨日の道を再び走る。
西三蒲というところにコンビにがあった。「7イレブン」である。
おにぎりを買って車で軽い食事をとる。

再び車をスタートさせ、とにかく久賀町まで行ってみることにした。

宮本は6歳の頃、祖父に三蒲の日限地蔵に連れられていったことがある。
家のある西方から16キロもあるところを歩いたのである。
途中、久賀を通ったがこんな大きな町を見たのは初めてだった。
菓子もみやげも買ってもらえなったが、弁当や水を飲んだことは覚えている。
長い道を一人の幼児をたのしませながら歩かせた祖父は素晴らしい人だった。

その久賀には歴史民俗資料館がある。
雨にずぶぬれになりながら資料館に行くと、戸が閉まっている。
ブザーを押すとどこからか若い職員がやってきた。
こんな台風のなか来る人もいるんだ、というような顔をされた。
まあ、そうだろう。
入館料400円を払う。
いきなり民具がずらりと並び圧倒される。
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宮本が10歳くらいのとき、父・善十郎に連れられ久賀へ大相撲を見に行ったことがある。
久賀には伊藤という旧家があり、造り酒屋であった。この家の主人が相撲興行をした。
ひいきの横綱が常陸山で酒も常陸山だったという。
上の写真にも相撲取りの手形が展示されていたりして、かつて久賀が発展していたのがよく分かる。

ところで、この資料館は、宮本の指導を受けながら久賀町が町民に呼びかけ収集し整備保存展示したものである。
とくに優れているのは石工、鍛冶屋、傘、提灯屋、醤油屋、瓦屋など9職種の用具類2700点あまりが国の重要有形民俗文化財に指定されていることだ。
別棟の用具収蔵庫にある、背丈をはるかに越す、醤油屋の六尺桶が十数個も並んでいるのは圧巻だ。
これらをひとつひとつ見ていると、人の道具に対する改良、創意工夫がどうしてこれほど湧き上がってくるのか不思議でならない。
職人という庶民が成した技術・技能を営々と引き継がれて、こうした素晴らしい道具が生まれたのだろう。

まさしく、パンフにうたうように「町衆文化の薫る郷」であり、『明日へ造り育てる生活の知恵袋』でもある。
これこそ宮本常一が故郷の人々に伝えたかったことではないか。
(以下 次号)

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