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2006年8月 5日 (土)

大垣駅は東西回廊の接点

Jpg

毎朝。6時53分、東海道線・大垣駅1番ホ-ムに「ムーンライト長良」が滑り込んでくる(左の電車)

ドアが開くと同時に大勢の男女が我先にドヤドヤ走りながら陸橋を渡って2番線ホームに流れていく。
7時発加古川行きに乗り換える(右の電車)
JR西日本の車両が大垣まで入るのは珍しいケースだ。

7分の接続時間で、トイレや歯磨きをするもの、売店でパンや飲み物を買ったり慌ただしい。

18切符を使う若者が大半である。
Tシャツにジーンズ、バッグを担いでいる。
色とりどりでカラフルな集団。

昨夜23時43分に東京を出発。今は全席が指定だ。
京都、大阪など関西方面へ旅する人、家に帰る学生。中にはリタイア組みの夫婦の姿もある。

大垣で下車して観光するものはまずいない。
水の都と言われ、芭蕉「奥の細道」結びの地でもあるが、単なる乗換駅として記憶されているだけ。

「水まんじゅう」も「味噌せんべい」も「柿羊羹」もうまいのに。
それに自噴水から湧き出る冷たい水は体を生き返らせる。

知ってか知らずか
旅人は、無関心。
少々哀しい。

ここから西に進むと垂井、関ヶ原と旧・中仙道ルートを東海道線が通っている。
406年も前に天下分け目の戦があった。ここ大垣もその前哨戦では歴史の舞台。
三成は大垣城で、家康は勝山でお互いにらみ合った。
心理作戦。
そして家康の作戦に三成が動いた。舞台は関ヶ原に移った。

大垣は、
今も昔も東西を結ぶ結節点であることは間違いない。
7時ジャストに発車のベルが鳴り、眠そうな集団を乗せて加古川行きが出て行った。
静けさがまた戻った。

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