2009年7月 6日 (月)

気が重い、ため息ばかりだ!

最近、ブログが進まない。
気が重い。
軽い話題に手が出せない

自分自身のこともあるけれど
最近の世間の事件に心痛む。

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今、半藤一利の「昭和史」がよく読まれているらしい

私も、図書館で借りて通勤電車で読んでいる。
500ページもあって重くかばんがずっしりだ

戦後生まれにとって戦前、戦中という昭和という時代は
学校では教えないし、歴史というには生なましすぎる

明治、大正から引きずってきた中国、満州での事件や
時の政治、軍部、マスコミ、国民がどう発言しどう動いたか

今まで避けてきた昭和史が大変分かりやすいので
通史として理解できるし教科書的でない読み物というか
講演会で聞かされているようであきない

しかし、内容はとても重い
そしてとても憂鬱な気分にさせる
そういう時代があったというだけの単なる過去ではないのだ

軍人や政治家のあきれるくらいの無責任な態度、言動は
読んでいても腹が立ってくる。
数万の戦死者が出ていてなおも自己保身に走る
反省のかけらもない。

そして、本当にあった事実を隠す。
戦争体験をインタビューしても
多分、多くは語らず、あいまいに忘れたように
ウソを言い通す。
真実は墓場まで持って行く


今の政治家でも官僚、経営者のどれをとっても
当時とあまり変わっていないように思えるのだ

指示していない、やってない、覚えはない
見たこともない、知らなかった、関係ない

無責任のカタマリだ

将来のことなど考えず目先のことばかりでやっきになって
小手先の人気とりのバラマキだし

マスコミも確たる信念がない

テレビのニュースもほとんど演芸番組化して
その場限りの怒りや非難のポーズに終始。

ああ、本当に気が重いよ

半藤さんの「昭和史」はかばんが重いし気も重いけど
読むだけの価値はあると思う

イライラは体に良くないけどネ

また、今夜も眠れないヨ。トホホ。

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2009年6月27日 (土)

見つめる家

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ドライブ中、信号待ちをしていたとき
何か変な視線を感じて
ヒョイ、と右向いたらこの家があった

2階の壁のふたつの飾り?が目に見えません?

ひょうきんな顔で
物思いにふけっているらしい

でも、りりしさも感じられて
なかなかキリッとした男気が秘められて
いいお顔です

こうして、家々には個性的な顔を
持っているんですね

          (大垣市内)

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2009年6月23日 (火)

昭和残影?でもやってますよ!

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昭和の歌姫といえば美空ひばりだ
平成元年6月24日に52歳の若さで亡くなった
明日でちょうど20年だ
戦後の昭和に
ひばりの歌声が響き、昭和天皇とともにこの世から去った
昭和という時代の名残がどんどん消え去っていく
商店街を歩いていたらここにも懐かしい昭和があった
066 
紳士用品を売るお店らしいが「看板」が風前のともし火だ
もっともこれは文字を切り抜いて貼り付けたようなものだから
剥がれるのは仕方ないか

店主は看板を直す気もないらしい
でもまだまだ店は閉めませんぞ
若いもんに負けられません

明治製菓も、大正製薬もがんばってるじゃないか
昭和も負けていられない

ガンバレ!
声援したくなりました

                   (多治見市内)

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2009年6月19日 (金)

海を見たくて蒲郡に行った!

急に海が見たくなった
JR東海道線の上り快速電車に乗った
名古屋まではおなじみの車窓
通勤でイヤというほど見ている

金山を過ぎ、共和、大府、刈谷、安城、岡崎へと続く

三河の広い平野には新しい建売住宅が多く
西濃地方独特の農家は少ない
トヨタ系の会社が並び高層マンションもある

幸田を過ぎると始めて海が見えてきた
蒲郡だ
下車する

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駅が立て替えられ駅前広場が整備されている
最近はどこの駅も同じ風景になり個性がない
まるで金太郎飴だ

観光案内所で地図をもらう
ツッケンドンで事務的なオバさんの応対に腹がたつ

知らない街を歩くときはまず地図を見て
主なポイントを頭に叩き込んでおく
そうすれば誤差はすくない

民俗学者の宮本常一は、
「村でも町でも新しく訪ねていったところでは
まず高いところへ上がってみよ、
方向を知り、目立つものを見よ」と言っている

今度の目的はズバリ海を見ることだ

008

まずは有名な「竹島」をめざす

単調な道を歩く

それにしてもなんて殺風景なところだろう
まるで生活感がない
生きている臭いがない

道路の南には、かつての防波堤がある
しかし、その先には埋め立てられた雑草が生い茂る
広大な土地が海を遠くへ追いやり
ますますツマラナイ風景にしている

011

約15分ほど歩く

竹島水族館などがある公園に着く
老朽化してるが頑張っているようす
今日はここへは入らない

とにかく海にごあいさつだ
目の前に竹島が浮かぶ
ふんわりした丸い形の独立した島だ

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汐風が吹いてくる
顔に当たる
やっと海の臭いがしてくる
6月でも太陽の光はきつい
すこしひんやりした海風が心地よい
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無粋な看板が集まっている
アサリがうんぬんなんてことばかりだ
本日の潮干狩りはありません?
そうでしょうね
こんなに潮があっては無理だろう!

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竹島橋を渡る

橋の長さ387m
まっすぐに伸びている
海の中に浮かぶ島
森が全体を包む神秘のエリア

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まるで異次元空間に突入していくような気分
海の上に鳥居が建っている
八百富神社という
島全体が神域である
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竹島八百富神社社叢は天然記念物に指定されている
木々が鬱蒼として昼なお暗いところだ
不思議なことに
この島は対岸と林相が違い暖帯原始林だとか
やはり、異次元だな
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これが八百富神社の本殿
祭神は市杵島姫命で
平安末期頃、藤原俊成という人が
近江琵琶湖の竹生島から勧請したものだという
いわゆる竹島弁財天という
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福種銭というのがあった
お金がたまるらしい
さっそく初穂料100円納めた
貯まる前に散在してしまったようだ(笑)

絵馬があった
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父ちゃん思いのやさしい子だ
ホロッとしますな

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よい教え子をお持ちです
親しまれているんですね
絵もユーモアがあっていいですね
羨ましいです

面白い、というか
自分のことより他人を気遣う内容がけっこうあったのは
ここに来ると、何かが優しい気分にさせるのですかね

本殿横を抜けるとパッと明るくなった
展望が開けた
急な石段を下りる

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龍神岬といういかつい名がついている
雨風をよぶのはやはり伝説上の動物・龍だ

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眺めが素晴らしい
向こうに見えるのは三河大島かな
055
石柱が真ん中で真っ二つに割れたのがつないであった
強風に折れたとは思えないし
なにかあったのだろう
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映画のロケに使われそうな風景だ
三河湾内だから波は比較的穏やかだ

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島が遊歩道になっている
岩肌をゆっくりゆっくり歩いても良し
すわって遠くの海を眺めて
日がな一日過ごしてもよし

あ~、気持ちいいな~
海はやっぱりいいよな

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竹島から竹島橋をみる
山の上にあるホテルは蒲郡プリンスホテルだ
以前は蒲郡ホテルで昭和9年に名古屋の繊維商社の
滝信四郎らが建てたものとか
ちなみのこの竹島橋も昭和7年に始めて架けられた
それまでは、船で渡っていたとか

また、弁天様の特別な御開帳の時だけ
仮橋がつくられたとか
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橋の東にある「海辺の文学記念館 」
この地に常磐館という料理旅館があったが
老朽化して壊された
その跡地に建てられたのがこの記念館

菊池寛、川端康成、与謝野晶子、三島由紀夫、
谷崎潤一郎など多彩な文人がこの旅館を訪れた

小説の舞台にもなったし、エッセイにも出てくる
それほど昭和の景勝地でも有名だったようだ

吉田初三郎の描いたパノラマ観光図が展示されていた
その絵にはやはり竹島橋は描かれていなかった

今訪れる若い人はこんなこと知らない
それほど感動もしないかもね
まあ観光地としては古い部類に入るだろう

西美濃地方の養老の滝といったところかな

思いつきでやってきた蒲郡
海を見たさに、潮風を感じるために来た

どこに行ってもやはり過去と切り離しができない
単なる海の風景でも歴史はある

帰途の快速電車では心地よい疲れと振動で爆睡した




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2009年6月 7日 (日)

名鉄谷汲線の廃線跡を訪ねて(2)

さて、北野畑駅跡を出て北に向かう
線路は山肌に沿うようにして走り
大きく左にカーブしていく

清流・根尾川が眼下に見える

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夏には鮎釣りの人やキャンプの家族連れが多く見られる
このあたりの景観は四季を通じて素晴らしい

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道路に沿って一段高いところに線路があった
それだけに眺めも抜群に良い
ラッキーなときは
根尾川向こうの山沿いに
樽見鉄道のレールバスが見えるはずだ

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赤石駅付近から北(谷汲方面)に続く線路跡


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赤石駅前跡には自転車置き場が今なお残っている
綱が張られ中へは入れない
後ろの山は石灰岩の山である
今でもダンプが行き来している

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左に根尾川を見る
線路はこの堤防道路右下を走っていた
山の間に水田が広がる

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線路は右から左へとこの道路を横断していた
踏み切りもあったが撤去されている
鮎料理を食べさせてくれる料理屋が右にある
左が根尾川だ

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谷汲方面から見た線路跡で
その先には根尾川支流を渡る
鉄橋があった
橋を渡って真っ直ぐ山の肌に沿うように線路があった

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管瀬橋が見える
この橋の手前を横断していた

やがて根尾川とも別れ西にカーブして進む
終着駅・谷汲駅は近い

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谷汲方面からみた線路跡
右の県道40号線と並行していた

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谷汲線の終着駅・谷汲駅跡である
ホームも当時のままで残されている

そして何より懐かしい電車が常設展示されている

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丸窓で白赤のツートンカラー「モ513」型
鉄道ファンなら大喜びの電車だ

本当に時代を感じさせる電車だ

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そしてこちらは「モ755」型
最も私にはサッパリわかりませんがね

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でもとても古い電車で平成の時代まで現役だったこと
このほうが驚きです

旧谷汲駅舎に来れば
いつでもこの2台の電車を見ることができる

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谷汲の人はこの電車が好きだったのだ
いやのんびり走っている光景が良かったのかもしれない
自然の風景とうまく溶け合っていたのだ

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アリャ、これ何だ?
あの電車のそっくりさんだ!
じつはバスなんです
愛惜の情がとうとうこんなものまで作っちゃたんです

だったら何で廃線になったんだ
ズバリ赤字路線だからです

今、沿線の人たちどうしているんだろう
バスかマイカーに頼るしかない

車を持たない人はどうしてるの?

Dscf4688
谷汲さんへ参拝する人はやはりマイカーかバスだろうか

ローカル線の赤字による廃止は全国に及んでいる
地方切り捨ての政策といわざるをえない

郵便局がなくなり、電車が来なくなり、いっそう不便になった
それでも生きていかなければならない

廃線の影響は目に見えぬところでもある
心理的にも大きな柱を失った
町がのっぺらぼうになった

久しぶりに谷汲線廃線跡を訪ねて
複雑な思いであった







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2009年6月 6日 (土)

名鉄谷汲線の廃線跡を訪ねて(1)

名鉄・谷汲線が廃止されたのは
平成13年10月1日だ
あれから7年半過ぎた
今、どうなっているのだろう
久しぶりに訪ねてみることにした

谷汲線は揖斐線の黒野駅から分岐して谷汲まで11.2キロ
まずは、起点の「黒野駅」から
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黒野駅前の道もひっそりとしている
時折、車が通り抜ける
線路跡が妙に虚しい

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当時のホームはそのまま残されている

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ホームの先には線路が少し残っていた
真っ直ぐに揖斐線、右に大きくカーブしていくのが谷汲線だ
いずれも平成13年10月1日に廃止された
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ポイント施設もまだ残っている

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岐阜方面をみたところだ

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駅舎とホームを結ぶ通路跡
サラリーマンや高校生で賑わったことだろう
賑わいが聞こえてきそうだ

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駅舎もシャッターが閉まりパン屋も廃業した

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「黒野~岐阜・忠節」間も平成17年4月1日に廃止された
これで黒野駅の使命はすべて終わった
あれからずっと時がたっていないようだ

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駅舎横にある「大野町観光案内図」も
揖斐線・谷汲線がバッチリ書かれて当時のままだ。

これまでの大野町の玄関口が消えて
ノッペラボウな町になってしまった
代替バスの停留所では玄関とはなりにくい

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「黒野北口」駅付近の踏み切り跡
トラ柵が線路跡を塞いでいる

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左の駐車場が駅のホーム跡だろうか
線路跡はレールは撤去され
雑草が生い茂っている

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まだ、こうした看板がずっとそのままであれば
鉄道の記憶が風化せずに生きていくだろうが

しかし、いずれは跡かたなく取り外され
整備されたりすると
いよいよ人々の記憶はきれいに消滅するだろうなあ

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「稲富」駅跡付近の線路跡だ
砂利が敷かれている
静かな住宅、田畑に囲まれた周辺は
のんびりした風景だ

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濃尾平野から山あいに入る
上り坂になり、かつては電車がゴーゴーと
苦しそうに走っていった

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線路すぐ西にあるのが真言宗・来振寺(きぶりじ)だ
715年創建というから古い
線路をはさんで東には来振神社がある
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元々は寺と神社は一つのものだったのだろう

このあたり
もはや電車の行き交う賑わいも消えて
いまでは、ダンプトラックが砂利を運ぶ
騒々しい風景になってしまった

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県道255号線に沿って
山肌には線路跡が残っている

道幅も狭く時折地元の車が通り抜ける

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東には揖斐川の支流・根尾川が流れている
その向こうに
住友大阪セメント岐阜工場が見える
このあたりの車窓は眺望がなかなか素晴らしい

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谷汲線のほぼ中間点「北野畑」駅跡
この駅は上り下りの行き違いができる駅であった

平成13年9月30日の最終日も
上り「黒野行」下り「谷汲行」のお互いの列車が
タブレットを交換し分かれていった
まるで戦友同士がこれまでの労苦を称えるように


Dsc00530
(平成13年9月30日北野畑駅にて写す)

大勢の人に見送られて引退する老兵
「ごくろうさん」
私もここでにわかテツオさんのような顔して
夕陽に照らされた赤い電車をいつまでも
見続けていた‥‥

ホームの跡も雑草の中に残っている
何か大切なものが消えてしまったような
切ない気持ちが沸いてくる

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駅舎も取り壊され線路も撤去されたが
まだ枕木が少し残って積まれていた
ほのかな鉄路の記憶がさみしく思われた


            後半は(その2)に続きます






 

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2009年5月31日 (日)

さすらいの愛煙家、どこへ?

雨が降ったり、パ~と晴れたり
今年はあまり素晴らしい5月晴れってなかったな!

001

明日から6月だ
JR東海の在来線特急やホームライナーも
明日から全面禁煙らしいぞ

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すでに
この3月14日から
JR東海の在来線ホームは禁煙になっている

どこでたばこ吸える?
喫煙ルームはどこ?

これからは
どこで煙草が吸えます、
という案内が必要になりますね(笑)

先週、メイエキの地下街で喫茶店に入った
席に座ったんだが、どうもタバコ臭い!
そこで「ここ、喫煙席ですか?」
女性店員に聞いたら
「特に禁煙席はございませんが」
だって、さ
ほ~

今どき、全面喫煙OKなんて、超珍しい店だ!
でも、私みたいにタバコ吸わない人には困る

注文しないで店出ようかと思ったけど
お昼になったばかりで空いていたので
ランチを大急ぎで食べてすぐ店を出た

タバコ吸わない派にとって
吸えるお店は全体にタバコ臭いし
背広にもタバコのにおいが染みて臭くなるのだ

わが家に変えるとすぐ「ア!タバコ臭い!」と言われる
002
どこ歩いても「禁煙」「No Smoking」の文字
愛煙家にとってはつらい字だ

でもね、マナーが問題だ
012
路上にはこんな光景が一杯だ!
どこでもポイ!と捨てる
車からでも投げ捨て!
とにかくタバコ吸う人のマナーが悪い!

JR東海のホームライナーは
愛煙家にとって天国のような場所だった?
缶コーヒー買って
のんびり日経新聞読みながら
タバコポカリ吹かして座って通勤なんて最高
350円なんて安い安い!

でも、明日からどうすりゃいいの?
さすらいの愛煙家、いったいどこに行くの?

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2009年5月24日 (日)

アクアが大垣駅に直結されるよ!

大垣駅北口が工事中である

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 南北自由通路「水都ブリッジ」も線路を跨ぐ最大のヤマバを
無事すぎて、いまは内装関係?の工事が進行している
今年の夏にはこの案内のように完成予定とか

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自由通路は想像していたより長い
樽見鉄道や待避線を跨いでいるせいかな

さて、コレとは別の工事が始まっている

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はて?なんだろう?
アクアの駐車場内での工事と駅北口の西側にはフェンスが設置された
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新たな工事の箱番も駅の西に組み上がって
掘削工事が始まった
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看板は「アクアウォーク大垣連絡通路新築工事」とあり
発注者はユニーだ

そうか、あのアクアウォークが大垣駅と直結される!ってこと
ナルホド!そうだろうな

当初「駅から2分」は近い!と思った。

しかし、実際、信号待ちなど含めると5分くらいはかかる
これ、ケッコウ遠く感じるのだ

特に、雨の日や冬の伊吹おろしの寒い時期は
若い人さえ二の足を踏む
なかなか行きずらいんだ

眼の前に見えているのに、遠い!

001 
コレが駅から観たアクアだ
見た感じ、遠いよね

どうやら、連絡橋は右の自由通路に接続して西から真っ直ぐ北に
延長してアクアの敷地に入り左に折れるとアクアの2階入り口に行くことができるらしい

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2階南に位置する書店「アカデミア」の横につながるんだ

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「みなさまの便利をつくります」だって!

でもこの意味分かっているのかな?

今は不況のせいもあって人がなかなか来ない
アクア側からすれば「来てもらえない」

で、自前で作ろう、てことだろう

あれから1年半たったが今の状況はどうか
特に平日など活況とはいえない

これが起爆剤にはたしてなるのか!
完成が待たれる!

ともかく便利になるには違いない

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2009年5月14日 (木)

早く帰ってコ

510_002
じゃがいもの花が咲き始めた
もう5月の14日だからね

最近、急に暑くなりだし一気に真夏日だ
そして、今夜はまたちょっとひんやりしている

ついこの間まで朝など石油ストーブを焚いていたというのに
昨日、あわてて仕舞ってあった扇風機を持ってきた
そしてストーブと扇風機が同居している奇妙な状態だ

わが体もこの季節の変化になかなかついていけず
けだるいやら、感覚系統がまともじゃない

体を動かす意欲が落ちて
夕食後ぼんやりテレビを観たりすることが増えた

それにしても、どのチャンネルもつまらない
単なる時間つぶしに過ぎず観ても観なくてもどうでもいい

急激な景気の悪化は4月のテレビ番組改変にも大影響で
金のかからぬ、お馬鹿が売りのお笑いタレント大集合で
グルメ、旅、クイズ番組ばかりが目立つ

でもさすがNHKだけはお金持ち


月曜の「つるべの家族に乾杯」
火曜の「歌謡コンサート」は良く観ている

今週の「歌謡コンサート」は作曲家・船村徹特集だった

懐かしい歌手が出ていた
青木光一だ

「柿木坂の家」を熱唱していた

『ハルには~柿の花が咲きィ~
 アキには柿の実が熟れる
 柿ノ木坂は駅まで三里 思い出すなぁ
 ふるさとのよ~乗合いバスの悲しい別れ~』
1956年(昭和31年)のヒット曲だ

ほっとするような風景が浮かぶ

この青木光一の「早く帰ってコ」も昭和32年?の大ヒット曲になった
私の親父の大好きな歌だったナ

『おふくろも、親父も皆達者だよ~
 炉端囲んでいつかいつしか東京のお前達ふたりの話に
 昨夜もふけたよ 早くコ~早ッコ~田舎へ帰ってコ
 東京ばかりがなんでいいものか~』

当時はラジオの時代であった
親父は別に歌ったりはしなかったけど
ラジオからこの曲が流れると嬉しそうに聞いていた

かつて、お袋の在所に囲炉裏があった風景や
昔の曲がりくねった農道、小川など思い出させるのだ

田舎に老いた父母を残し、都会へ出て行くのは
今も昔もそれほど変わっていない

でも、決定的に変わったのは田舎の風景の荒廃であり
そこで暮らす人々の心身の老いである

金、金の経済優先と効率化ばかりの社会で
ゆとりのない毎日の暮らしが先行き不安をあおっている

NHKの「つるべの家族に乾杯」が人気なのは
そうした中でも元気で田舎に暮らす人々の笑顔なのだ

青木光一の活躍した昭和30年代は生活こそ貧しかったが
家族の素朴な温もりがあったし、純情な日本人が多かった

まだまだ善悪の区別や礼儀、正義感といったものが
残っていたような気がする

今、みんな疲れてしまっている

大切な何かをどこかに置き忘れてしまい、
「今この瞬間だけ愉しければいいサ」主義がはびこってしまった

私自身、こんなことを書いている自分を情けないと思う

それとも5月は憂鬱な季節なのかナ

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2009年5月 6日 (水)

羽島のトマソン的散歩

昨日の続きで羽島市内の竹鼻商店街を歩いている

「こりゃ、ナンジャらホイ!」にまたまた突き当たる

「壁の超芸術」以外にもいろいろありましたネ

その1(ひょうきんな目で歓迎?されている)
017
シャッターが降りた店先に「四角おにぎりマン」がいた!
ポケ~とした表情が間が抜けている
けど憎めない
「どこへ行くの?」なんて野暮なこと聞かないでしょうね

しかし、これって一体何なの
テーブルのようなものかな?
確かめるのが人権じゃない物件侵害の恐れもあり
チラリと見て通り過ぎました

その2(肩車した三角コーン)
003
車庫の前で睨みをきかす肩車した三角コーン
上に乗った弟?は紅白の縞模様で元気元気

可哀想なのは下になってる兄貴だ
もはや目はうつろ、口もポッカリ空いてガタガタ状態

そろそろアニキに隠居してもらってはどうかな!

その3(はみ出し庭木集団)
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いや~びっくり!
金網フェンスなんて怖くない
枝が道路に飛び出してしまった
それも集団で!

こうなると誰も止められません
国境を突破し、道路側では厳戒状態

と思いきや、何のおとがめもなく
この家の御主人も黙認してます

でも、そのうち事件が勃発しないかと
思わずシャッター切ってました

その4(究極の屋上ミニ庭園)
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アルミ製のはしごが何気なく目に付きました
何か屋根の修理でもしてるのかな?

しかし、よく見ると小さなプレハブ小屋の屋上には
ギッシリの盆栽と言うのか花や木々で 満杯状態

ワオ~

それにしても毎日
このはしごを使って水遣りやってるのでしょうか

とすると、これは絶対この家主の趣味だ、と断定できる
鑑賞よりもやっぱ育てたいのでしょう

だけど場所がない
で、ここに決めた

ともかくアイデアだけは凄いぞ(拍手!)

その5(老齢化!自立できない石灯籠)
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トホホ、情けないことになってます

ホント肩身狭いんですヨ

あのアネハ事件以来、耐震構造が問題となって
こんな姿に落ちぶれてしまいました。

石灯籠は、どうみたって頭でっかちのアンバランス物体
でも石工の名人にかかればびくともしない安定感がある

こんな醜態見せるくらいなら、隠居したほうがマシだよ

子供が登って遊ぶと危険だから、ていう奴もいるし
安全性ばかり叫んだって可笑しいと思うよ

どこか濃尾地震の後遺症を今に引きずってるんだよ。

羽島市の中心・竹鼻商店街を少しだけ歩いただけで
こんなにオモシロ物件がありました。

GW期間、高速千円乗り放題で遠くばかりへ行かないで
近郊の街を歩いてみよう

きっと、面白いところが見つかるよ。




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